62話。イリーナとの対決。魔王のスキルを継承する者

 魔竜の一体が、ドラゴンブレスを放つべく、口腔を大きく開けた。収束する絶大な魔力に大気が震える。

 一発でもブレスを放つのを許せば、大勢の死人がでる。


「バハムート、阻止しろぉおお─ッ!」


「承知!」


 バハムートが体当たりを仕掛ける。魔竜は村の外まで弾き飛ばされ、大量の樹木をなぎ倒して転がった。


 出現した5体の魔竜は、王都に現れたのと同じ個体のようだ。つまり、イリーナがこの場にやって来ている。


 イリーナは異母妹のティオの話を聞いていただろうに、差し伸べられた手を拒絶したのだ。


 魔竜はティオを狙ってきた。

 圧倒的なパワーで暴れる魔竜のために建物が倒壊し、村人やエルフたちが吹っ飛ばされて怪我人が続出している。


 領民たちを守るために、一刻も早く魔竜をすべて倒さなくてはならない。


「みんな! 包囲して目を狙えッ!」


 僕は怒号を上げて、右往左往していた冒険者たちを指揮する。

 上位ドラゴンには、剣も魔法も通じない。唯一、通常攻撃でダメージを与えられるのは鱗に覆われていない目だ。


「よしゃあああッ! さすがは最強テイマーのアルトの大将だ! 野郎ども、ビビるじゃねぇぞ!」


「がってんです!」


 ガインを中心とした冒険者たちが、魔竜を包囲してダガーなどの飛び道具を投げつける。魔竜たちは目を守ろうと反射的に瞼を閉じて、明らかに動きが鈍った。

 冒険者たちを振り払おうと、魔竜は闇雲に鉤爪を振り回す。

   

 よし。こちらの攻撃が通用しなくとも、これなら領民たちが逃げる時間稼ぎができるぞ。


「アルト様! もしやダークエルフの手の者が!?」


 エルンストが、魔竜の脚に剣撃を叩き込みながら叫ぶ。

 エルンストの剣は、鍛冶の女神ヴェルンドが鍛えたモノであり、鱗を断ち切って刃を深く届かせた。


「さすがはエルンストさんだ!」


 冒険者たちから歓声が上がる。

 だが、魔竜の傷口の肉があっという間に盛り上がって、流血が止まってしまった。


「なんだこの再生能力は!? 通常種とは異なるぞ!」


 エルンストは魔竜の鉤爪をバックステップでかわしながら、警告を発する。


「ダークエルフの族長イリーナが来ている! 恐らくこの魔竜たちはイリーナのテイマースキルやバフ魔法で強化されているんだ!」


 僕も魔竜の一体に、無数の斬撃を放った。

 剣神の娘アルフィンのスキル【剣神見習いLv385】で強化された攻撃だ。

 僕は魔竜の尻尾を斬り飛ばし、胴体を深く切り刻むが……


 与えた傷がすべて、瞬きする間に再生してしまった。

 魔竜は何ごともなかったように、僕を蹴り飛ばそうとする。


「くぅっ……これならどうだ!」


 僕はしゃがんで攻撃をかわして【神炎】のスキルを放った。

 黄金の炎に巻かれた魔竜は、断末魔の叫びを上げながら暴れまくる。


 【神炎】は邪悪な者に有効な攻撃だ。強化されているとはいえ、邪悪な属性を帯びる魔竜には効果てきめんだった。


「マスター、私も加勢するわ! 超絶再生能力を持った敵、しかも竜殺しなんて燃えるぅううう──ッ!」


 アルフィンが大太刀を引きずりながら、魔竜の一体に突撃していった。


「ドラゴンは武器素材の宝庫です! 爪も角も牙も鱗も、ああっ、その身のすべてが愛おしいぃいいいッ!」


 ヴェルンドもハンマーで魔竜をぶん殴った。どういう膂力をしているのか、魔竜の巨体が宙に飛ぶ。

 バハムートが神炎のブレスで、村の外に弾き出した魔竜にトドメを刺した。

 敵は強いが、これならすぐに討伐できそうだ。


 その時、村の家々が次々に燃え上がった。


「クソ! 捕虜にしていたダークエルフどもだ!」


 ガインが怒声を上げる。その指摘通り、ダークエルフたちが火の魔法で、放火して回っていた。

 噴煙と悲鳴が立ち上り、村はさらなる混乱に包まれた。


「姫さんが良くしてやった恩を仇で返しやがって! 構わねぇ、野郎どもぶっ殺せ!」


「おおうッ!」


 冒険者たちが気炎をあげる。


「やはり、ダークエルフと手を結ぶなど不可能だったのだ!」


「姫様の気持ちを踏みにじった、こやつらを許すな!」


 エルフたちも手にした弓をダークエルフに向けた。


「駄目だ。ダークエルフは、生かして捕らえるんだ!」


 僕は号令を発する。

 残念だがこうなった以上は、戦うより他に無いが。

 ダークエルフと和解したいというティオの願いを、簡単にあきらめる訳にはいかなかった。


 彼らを殺せばイリーナに、エルフの王女は捕虜を殺害したと吹聴される恐れがある。そうなったら、和平などできなくなるだろう。


「しかし、アルト様……ッ!」


 反対の声を上げようとしたエルフたちを突然の落雷が襲った。

 これは雷撃の魔法か。


「これが私の返答よ。夢から覚めまして?」


 嘲笑を浮かべて、ダークエルフたちの前に立ったのは、ティオに良く似た銀髪の美少女だった。

 白皙の美貌はエルフのようだが、赤い瞳だけが他のエルフたちとは異なる。エルフは青い瞳をしていた。


「エルフとダークエルフの特徴を兼ね備える……キミがイリーナか?」


「お初にお目にかかるわ。あなたがアルトね。世界を滅ぼした忌むべきガチャの力を受け継ぐ者。あなたは創造神の駒にされているという自覚はあるのかしら?」


「僕は自分の意思で行動している。誰かの駒になったつもりはないな。それに、まだ夢の途中だ」


「私たちとの和解が成立すると、未だに考えているということ? おめでたいわね。

 それとも、さすがの『傲慢』さと言うべきかしら。誰も彼もがあなたにかしずくと思ったら大間違いよ。筆頭魔王様」


 イリーナは自信ありげに、鼻で笑う。


「あまり女の子に手荒なマネはしたくないんだけが。あくまで、僕たちと戦うつもりなら、キミには捕虜となってもらう。ナマケルの居場所についても教えてもらおうか」


 イリーナが魔王の巫女にして、女王に近い地位にいるのなら。彼女を捕らえれば、ダークエルフたちの大半は大人しくなるハズだ。


 相手が聞く耳を持たないなら、仕方がない。話を聞いてもらえる状態にするまでだ。

 僕は剣を構えた。


「あら、耳が早いのね。残念だけどナマケルには大事な役目があるの。それが終わるまで、帰す訳にはいかないわ。

 それと私を殺さずに捕らようなんて『傲慢』がすぎるわよ?」


「ハンッ! 余裕かましすぎだぜ、お姫さんよぉ!」


 イリーナのセリフが終わる前に、彼女の背後に忍び寄っていたガインが襲いかかった。


 ガインは僕の意を汲んで、刃のついていない剣の腹でイリーナを峰打ちにしようとする。

 これなら命を奪うことはない。これを狙って僕はイリーナの注意を自分に引き付けていた。


「おぐぅッ!?」


 完全な不意打ちだったハズだが、ガインは隆起した地面に突き上げられて、宙を舞った。土魔法による迎撃だ。

 さらに出現したいくつものファイヤーボールに滅多打ちにされる。

 ガインはその場に倒れた。


「リーン! ガインの回復を! イリーナは手強い。僕がひとりで相手をする!」


「は、はい!」


 僕の背後に駆け寄ってきていたリーンが、ガインの救護に向かった。


 今のは? イリーナはガインにまったく気づいておらず、魔法の詠唱もしていないように見えたのだが……


「あなたが神々のスキルを継承しているように。私も魔王ベルフェゴール様のスキルを継承しているの。そう簡単に勝てるとは思わないことね?」


 ガインを倒したイリーナは、にっこりと微笑んだ。どうやら、ダークエルフの王より数段手強そうだ。


 だが、ガインのおかげで、イリーナの攻略法は見えた。

 ティオのためにも、イリーナを殺さずに勝利してみせる。

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