61話。ティオとルディアを間一髪で救う

 宴が始まっていたが、僕はアンナ王女からなかなか解放してもらえなかった。

 アンナ王女には冷酷な一面があることを知っていたので、緊張しっぱなしだ。


 求婚を断ったり、ナマケルの減刑をお願いしたり、かなり危ない橋を渡った。

 アンナ王女は機嫌が良さそうだが、内心、どう思われているかわからない。

 

 アンナ王女は王都で流行りのお菓子の話をしている。正直、よくわからないので愛想笑いで乗り切る。


 権力者の胸三寸で、僕のような辺境領主など、どうにでもなってしまうからな……


「ナマケルの行き先については、その背後にいるのがイリーナなら、ダークエルフの本拠地である可能性が高いと思います。

 さっそく明日、捕虜の返還のために向かってみようと思います。そのための準備がありますので……」


 そろそろ宴に参加したいので、僕は会見の終わりを匂わせた。


「捕虜の返還? なるほど関係改善のための一歩としては、良い手ですね。

 長くお引き留めして、申し訳ございませんでしたわ。

 それにしても、ナマケル殿の助命をお願いされたのには、心底驚きました。あまり兄弟仲はよろしくないと思っておりましたので」


「確かにそうかも知れませんが……僕はテイマーですので。昔から、いろいろなモンスターを飼ってきました。

 ちょっとした不注意で、卵からかえしたコカトリスの雛を死なせてしまったこともあります。

 死んでしまった命は戻りませんが、心の中にはいつまでも残り続けます。そういった重しをなるべく背負いたくないのです」


 大事にしていたモンスターの死の記憶は、後悔と共にときどき蘇ってくる。


 ナマケルについても見殺しにすれば、苦い記憶となるだろう。死刑ではなく終身刑となって、罪を償ってもらいたい。


「……おやさしいのですね。アルト殿は罪人でも、罪を償った者は要職につけていると聞きました。

 わたくしなら、自分に一度でも逆らった者には決して容赦はしませんけどね。

 寛容もまた王者の資質です。アルト殿を慕ってモンスターだけでなく、多種多様な者たちが集まってきているのも、わかりますわ」


「ありがたいお言葉です。実は今夜は、みんなと戦勝の宴を開いておりまして……」


 アンナ王女との会見は、地雷を踏むことなく、なんとか切り抜けることができたようだ。

 そろそろ緊張状態に耐えられなくなってきたので、細心の注意を払いながら締めくくろうとした。


 身分の低い者から会見を終わりにすることはできないので、アンナ王女の口から言ってもらわなければならない。


「エルフの王女ティオです。本日は、みなさんに大事なお知らせがあります」


 その時、ティオの凛とした美声が聞こえてきた。どうやら音声拡大魔法を使って、大勢に聞こえるように話しているらしい。


 チラッと窓の外に視線を移すと、村の中央に設置された演壇にティオが登っていた。


「エルフの王女様ですか? お顔を見ておきたいわ。シリウス、水晶玉を窓の外に向けてちょうだい」


「はっ」


 アンナ王女がティオに興味を持ったようだ。

 こ、困ったな。まだ、しばらくアンナ王女にお付き合いしなくてはならないようだ。

 本当なら、僕も演壇に登ってティオと一緒に話すつもりだったのだけど。


 みんなが酒に酔ってしまうと、まともに話を聞いてもらえなくなると思って、ティオはひとりで演説を開始したのだろうな。


 『ティオ。すなまい、がんばってくれ』と、心の中でエールを送る。


「シレジアの領主アルト様とも話し合って、私はダークエルフと和解することにしました。ダークエルフの最後の族長は、私の腹違いの姉、イリーナお姉様なんです」


 意外な言葉に村人たち、特にエルフたちがショックを受けたのが伝わってきた。

 エルフの吟遊詩人たちが軽快に掻き鳴らしていた音楽が止まる。


「ティオ姫様、いくらなんでもそれは……!」


「国王様や王妃様をはじめ、多くの同胞がダークエルフどもに殺されたのですぞ!」


 エルフたちから大反発の声が上がった。 これはマズイな……


「女神ルディア様も、これには賛成してくださっています。これ以上、憎しみに任せて血を流すべきではありません」


「そうよ、そうよ。ティオの言う通りよ!」


 演壇にルディアが上がって、ティオを擁護した。


「ダークエルフは元はエルフだった者たちが、創造神様への憎しみで魔族に墜ちた存在なのよ。

 くだらない近親憎悪を、いつまで続けるつもりなの!?」


「女神ルディア様……っ!?」


「ダークエルフどもが、元は我らの同胞だったですと!?」


 エルフたちは、声を震わせている。


「そうよ! ダークエルフは本来は、私たちの仲間だったハズなのよ!」


 鍛冶の女神ヴェルンドの話によると。ダークエルフとは、太古においてガチャに廃課金してしまったエルフの成れの果てらしい。

 

「ルディア様もこうおっしゃっています。困難な道であることは重々承知していますが、私は和平に向かって行きたいと思うのです」


 強い決意をみなぎらせたティオに、エルフたちは大きくざわめきだした。

 国を滅ぼされた彼らには、なかなか受け入れ難い話だろう。「ダークエルフなど信用できるか」といった声が上がっている。


「ル、ルディア? もしかして、あの方がアルト殿の婚約者ですか? しかし、エルフたちの態度は……女神っ?」


 水晶玉の中のアンナ王女が、困惑顔になっている。

 アンナ王女はエルフたちが、ルディアを女神と呼んで敬うところをバッチリ目撃した。


「はい、その通りです。ええっと……ルディアはエルフたちが信仰する豊饒の女神なんです」


 僕は正直に告げた。


「シリウス、どういうことなの?」


「はっ! まだ調査の途中でありまして。確信が持てない故に、ご報告しておりませんでしたが……

 アルト殿のスキル【神様ガチャ】は、神や神獣を呼び出して使い魔にできる、という召喚系スキルのようです。

 バハムート、巨神兵という神獣の他に。温泉の女神クズハ殿、豊饒の女神ルディア殿、鍛冶の女神ヴェルンド殿、剣神の娘アルフィン殿といった女神たちが、この村で暮らしております」


「そ、そんなことが……」


 アンナ王女は茫然自失となった。


「アルフィン殿、ヴェルンド殿は今回の戦で、雲霞のごとく押し寄せる大軍を蹴散らして敵将を討ち取っております。神獣クラスの戦闘能力の持ち主です。

 ルディア殿は、ダークエルフの王が仕掛けた呪いを一瞬で、解いています。クズハ殿が湧き出させたという温泉も全ステータスを3倍にするという神がかったモノです。

 いずれのお方も、ふつうの人間とは隔絶した力を持っています」


「ア、アルト殿、それは誠ですか? 神竜バハムートどころか、か、神を使い魔に? わたくしの恋敵は、本当に女神? いや、それ以前に、そんなとんでもないスキルは前代未聞! 創造神様の地上の代理人とも言うべき力ではないですか!?」


 アンナ王女は混乱の極地にいるようで、髪を振り乱した。

 僕が口を開こうとした時、ティオのいる演壇の近くで、強い光が炸裂した。

 

 ドォオオオオオン!


 爆音と共に出現したのは、真っ黒い鱗をした巨大な5体のドラゴンだ。


「あれは王都に出現した魔竜!?」


 アンナ王女が絶叫を上げる。


「バハムートよ! 来い!」


 僕はバハムートを召喚すると同時に、窓から飛び出した。

 バハムートが、演壇にかぎ爪を振り下ろそうとした魔竜に飛びかかる。


 ティオとルディアは、悲鳴を上げて腰を抜かした。間一髪、彼女らを守ることができた。


「アルト殿!?」


「アンナ王女、また後ほど! シリウス殿、村人の避難を!」


「心得ました!」


 魔竜の出現に、村は大パニックになった。

 その喧騒の中を、僕は魔竜たち目指して突撃した。

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