60話。【イリーナSIDE】。魔王の意思、ガチャを許すな

 私──イリーナは空間転移の魔法で、シレジアのアルト村までやって来ていた。


「大勝利とシレジアのますますの発展を祝って、かんぱーい!」


 今晩はやや遅れての戦勝の宴が開かれていた。篝火が焚かれる中で、ゴブリンと冒険者たちが肩を組んで、酒を浴びるように飲んでいる。


「牧場建設を記念してのボクたちの奢りだワン! いっぱい食べて欲しいワン!」


 小型犬獣人イヌイヌ族たちが、荷馬車に酒と燻製肉を大量に積んでやってくると歓声があがった。


「ダークエルフの脅威がなくなって、安心して商売ができるワン!」


「おおっ! イヌイヌ族ども気が利くじゃねぇかよ! 大将に献上する前に、このガイン様が酒の吟味をしてやるぜ!」


 粗野な冒険者風の男が、先頭きって酒樽を担ぎ出す。


 村人たちは、さっそく肉をバーベキューにして焼きだした。

 食欲をそそる香りが、村中に広がる。


 エルフが楽器を掻き鳴らして、アルトを讃える詩を歌っていた。

 モンスターたちにも盛大にモンスターフードが振る舞われ、村人たちと晩餐を共にしている。


 なというか、想像以上のカオスワールドだわ。こんな多種多様な種族が共存しているなんて、信じられない。


 ダークエルフは余所者や、私のような肌の色が違う者にはことさら冷たかった。

 ここは活気があって楽しそうね。

 

「イ、イリーナ様よぅ……オレっち、腹が減ったんで、飯を貰ってきたいんだがよ」


 フードを目深に被らせて、面が割れないようにしたナマケルが、ふざけたことをぬかした。


「あなたには選択権がふたつあるわ。私の指示を無視して、殺されるか。私の指示に従って生き延びるかよ」


「ひぃっ……! じょ、冗談だってばよ」


「あなたの価値は、アルト・オースティンと同じ顔であることよ。その価値を無駄に消費することのないようにね」


 まっ。魔王が降臨するための器というのが、ナマケルの真の価値なのだけど。

 正直に伝えて抵抗されても厄介なので、それは秘密にしていた。


 ナマケルには、エルフの王女ティオを手に入れるために、アルトのフリをしてもらう手筈よ。

 宴でシレジアの者たちが、勝利の美酒に酔っているこのタイミングこそ、千載一遇のチャンス。


 私はまず、ダークエルフたちが囚われている捕虜収容所に直行した。彼らに計画を手伝ってもらうためよ。

 

 使い魔の鳥を放って、捕虜の居場所は調べておいたわ。

 階段を降りて地下牢に出ると、牢番が鋭い声を浴びせてきた。


「何者だ!? なんだエルフか……驚かすなよ」


 私をエルフだと誤解した牢番は、警戒を解く。エルフがダークエルフを助けにくるなんて、あり得ないものね。


「お勤めご苦労様です。ティオ王女からの差し入れのお酒です」


 私は柔和に微笑んで、睡眠薬入りの酒を入れた小型水筒(スキットル)を差し出す。


「こ、これはありがたいが。まだ、交代の時間では……」


「今日はおめでたい日ですもの。ちょっとくらい羽目を外しても罰は当たらないのではありませんか?」


「やっ、ま、まぁ。そうだな。それにエルフの姫様からの贈り物を受け取らないなんて、失礼だしな」


 牢番は誘惑に負けて、酒を口にした。そのまま倒れて夢の国の住人となる。

 私は牢番のポケットを探って、牢屋の鍵を取り出した。


「ま、まさかイリーナ様!?」


 牢に近づくとダークエルフたちが、素っ頓狂な声を上げた。

 意外なことにみな血色が良く、怪我をした様子もない。拷問などは受けていないようだわ。


「……あなたたち、元気そうね」


「はっ。エルフのティオ王女が、我らを人道的に扱えと命じてくれました」


「ティオが?」


 ふん、なるほど。捕虜は下手に虐待すると、敵の結束と逆襲の決意を高めるわ。

 割と知恵が回る娘のようね。


「驚いたことに、ティオ王女は我らダークエルフと和解したいとのことです」


「はぁっ? 和解?」


 一瞬、言われたことが理解できず、私は立ち尽くした。


「誠にもって信じられませんが、女神ルディアがこの地に降臨しており……ティオ王女と共に我らの前に姿を見せました。

 ルディアの話によると、シレジアの領主アルトは、前世において七大魔王の筆頭ルシファー様だったというのです」


 私は【神様ガチャ】が、神々をこの世に復活させるスキルであることは知っていた。

 豊饒の女神ルディアが、この地にいることについては不思議はないわ。


 でも魔王ルシファー様? 魔王ベルフェゴール様の兄君である最強の魔王様が、アルトの前世というのは初耳だった。

 そんなことはベルフェゴール様はおっしゃっていなかった。


「アルトも我らとの和平を望んでいるようです。あまりにとんでもない話で……

 我らではアルトの正体の真偽も含めて、まるで判断がつきません。いかがいたしましょうか?」


「決まっているわ。我らダークエルフの悲願は魔王ベルフェゴール様の復活。それより優先すべきことは他にないわ。

 例え筆頭魔王様が介入してきたのだとしても。ベルフェゴール様の復活とそのご意思が、すべてに優先されるわ」


「はっ」


 なにより、魔王ルシファー様は女神ルディアの伴侶となった裏切り者よ。

 この世のすべてを支配しようとして、神々はおろか魔王様たちとも争った『傲慢』の権化。

 そんな方に介入されて、かき回されてはたまったものではないわ。


「それにもう一つ。私は魔王ベルフェゴール様から命令されていることがあるわ。

 それは『ガチャを許すな』よ。アルト・オースティンのスキル【神様ガチャ】は、この世にあってはならないモノだわ」


「はっ、ガチャですか? ガ、ガチャとは一体?」


 ダークエルフたちは、魔王様が警戒する力に動揺したようだった。


「ガチャとは、私たち魔族を生み出した極限の闇にして、創造神の力の根源であるらしいけれど……

 私にも、その詳細はわからないわ。

 ベルフェゴール様によると、古代世界はガチャによって繁栄の絶頂を極め、ガチャによって滅びたそうよ」


「なんと。そ、そのようなことが……

【神様ガチャ】の使い手であるアルトとの和平など、決して有り得ぬということですな」


「そうよ。そして、エルフどもともね。『ガチャ』もエルフも、この世からすべて消し去ってしまいましょう」


 私の言葉にダークエルフたちは、深く頷いた。

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