59話。【アンナ王女SIDE】王女、アルトに本気で惚れる
私──アルビオン王国第一王女アンナは賭けに勝てて、内心、胸をなでおろしていた。
シレジアの領主アルト・オースティン殿が理想的な英雄であることが、わかったからよ。
シレジアに調査に派遣したシリウスたちの正体が、そうそうに露見してしまったのには、頭を痛めたわ。
まさかアルト殿の部下に、変身魔法を見破るほどの技量の持ち主がいるとは思わなかった。かなりの手練を防諜に雇っているようね。
アルト殿はダークエルフの軍団に、わずかな兵だけで勝ってしまう偉業を成し遂げた。
シリウスの報告によると、アルト殿は神竜バハムート以外にも、巨神兵という強大な召喚獣を使役しているようね……
これはもうアルト殿と直接話してみるしかないと思ったわ。
そこで驚いたのが、王宮のモンスターたちが暴走したことに責任を感じ、義援金を贈りたいと申し出たこと。モンスターたちを罰することのないよう、懇願してきたことよ。
なんて清廉な人物なのだろうと、不覚にも感銘を受けてしまったわ。
自らの手柄についても自慢することなく、謙虚であることも好感が持てる。
でも、もしかすると、私に好印象を与えるための演技かも知れない。
貴族は腹芸ができなければ務まらないもの。油断はできないわ。
アルト殿の腹の内を探るため、私の婚約者となるように告げてみた。
その反応によって、彼が野心的な人物か? 王国に忠誠を誓う気があるのか、ある程度、わかるわ。
すぐに飛びついてきたり。あのナマケルのように、私を見下す態度を取ってきたら、即アウトね。
果たして、アルト殿は私の求婚を断った。
王になれるチャンスを自らフイにするとは、権力志向の人間ではないということ。
理由は婚約者がいるとのことだけど。私の元には、アルト殿が婚約したという情報は入っていない。
……多分、嘘だと思うわ。
シリウスからアルト殿の夢は、辺境にモンスターと人間が共存共栄できる楽園を作ることだと聞いている。
そのために国王の地位は固辞したいということね。
どうやらアルト殿は、野心から王国に牙を剥くことはなさそうだわ。
態度や口上からも、アルト殿が王家に敬意を払っていることがわかる。増長している様子は見られなかった。
これがわかっただけでも、かなりの収穫よ。
続けて、ナマケルが起こした問題について話してみたけど。アルト殿は真相究明に協力的だった。
「それでアンナ王女殿下。折り入って、お願いしたいことがあるのですが……」
「あら、何でしょうか?」
私は興味を引かれて身を乗り出した。アルト殿の欲しいモノは何かしら?
地位、名誉、金、美女、だいたい俗物はこれらを欲しがるモノよ。
「姿を消したナマケルと魔竜たちの捕獲は、僕が行います。見事、成し遂げたあかつきにはナマケルの助命をお願いできないでしょうか?」
「あなたはナマケル殿に含むところは、ないのですか?」
私は驚嘆して尋ねた。
「ナマケルがしでかしたこと。王国を守護する王宮テイマーとして、あってはならないことだと思います。
ただ、弟が処刑となると寝覚めが悪いものですから。王女殿下のご心配ごとを解決した褒美として、ナマケルの減刑を賜わればと……」
アルト殿は、かなり緊張した面持ちだった。
国家反逆罪は例外なく死刑ですもの。それを私情から覆すとなれば、それなりの覚悟を持って言っているのでしょうね。
弟想いの良い兄だわ。
「5体の魔竜については、騎士団と宮廷魔導師団を動員しても討伐は困難ですもの。それを解決していただけるなら、ナマケル殿については終身刑で済ましても良いですわ」
「はっ。ありがとうございます」
バカな弟を踏み台にして、さらに上の爵位や領地を得ることもできたでしょうに。
アルト殿は本当に無欲ですのね。信じられないくらいのお人好しだわ。
そんな彼のことを、私はますます好きになった。
「ナマケルの行動の裏には、ダークエルフがいると思いますが。僕はダークエルフの族長イリーナと不戦協定を結べないかと考えています」
アルト殿は、さらに私を驚かせることを言ってきた。
族長イリーナは、エルフの王女ティオの腹違いの姉だそうだ。おそらく王都にエルフの使者と偽ってやって来たのは、そのイリーナである可能性が高いこと。
ティオ王女は姉との和解を望んでいることなど、衝撃的な事実が語られた。
「ダークエルフは地下に潜む侮れない魔族です。下手に全滅させようとして恨みを買うより、和平を結んだ方が王国の利益となると考えます」
「その意見には賛成です。そちらもお任せしてしまって、よろしいかしら?」
魔族であるダークエルフと不戦協定を結ぶ。荒唐無稽なことに思えるけど、アルト殿はエルフやゴブリンたちすら、味方にしてしまっているわ。
敵を滅ぼすよりも、味方にする方が何倍も困難で、利益が大きい。
まずは不戦協定を結び、その後にダークエルフと交易が可能となるなら、我が国はさらに発展するわ。
ダークエルフの呪術系の魔法技術も、エルフのそれと同じく貴重なモノよ。
もし可能であるなら、ぜひとも成し遂げてもらいたいわ。
「はい。お任せください」
アルト殿は力強く頷く。
なんとも頼もしい。彼こそ、お世辞抜きで真の英雄だわ。
私は頬が緩むのを感じた。
「シリウス。アルト殿に全面的に協力なさい」
「はっ!」
シリウスが胸に手を当てて敬礼する。
「アルト殿。わたくしにできることなら、なんでも協力しますので、遠慮なくおっしゃってください。
魔竜から王都を守る必要があるため、残念ながら兵をお貸しすることはできませんが。できる限りのことをはさせていただきたいと思います」
「ありがとうございます。アンナ王女殿下」
アルト殿に見つめられて、不覚にも胸が高鳴ってしまったわ。カッと身体の芯が熱くなる。
私はアルト殿に、求婚を断られてしまったけど。
今回、伯爵位を授けて、私と身分的に釣り合いが取れるようにしたわ。これは布石よ。
婚約者だという娘には、いずれ身を引いてもらうとしましょう。
魔竜が王都を闊歩し、魔王が復活するなんて噂が出回るご時世ですもの。
民を安んじるため、なにより王家の権威を保つためには、清廉な英雄を我が夫として迎える必要があるのよ。
ふふっ、楽しくなってきた。
こう見て、私は狩りが得意ですの。アルト殿はいずれ、私のモノにしてみせるわ。
アルト殿と結婚したら。そうね、私が女王として即位し、アルト殿には辺境開拓にいそしんでもらうのも悪くないわ。
背後から他の貴族たちに睨みをきかせることもできますしね。
そのためには、今回の会見を通して、アルト殿の性格や価値観などを、より良く知っておかなくては。
「そうそう。実は王宮にイヌイヌ族が、まったく新しい氷菓子を献上しにやってきましたわ。アルト殿たちが、エルフの魔法技術を使って完成させたものだとか。それがとてもおいしくて……」
私はアルト殿と会話するのが楽しいこともあって。他愛もない雑談を始めて、彼をその場に引き止め続けた。
外からは、宴の喧騒が聞こえてきていた。
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