58話。アンナ王女から結婚を申し込まれる

 地下牢から出てくると、もう日が落ちかけていた。ちょっと早いけど、パーティー会場に向かおうとすると、近衛騎士のシリウスが声をかけてきた。


「アルト殿! こちらにおられましたか。実はアンナ王女殿下が、アルト殿と通信魔法で話がしたいと、おっしゃっておられます。至急、私たちの部屋まで、お越し願えないでしょうか?」


「アンナ王女殿下が、直々に?」


 僕はたまげた。

 もしかして、魔王復活を阻止するための支援をして欲しいという要望の回答だろうか?

 ダークエルフに勝利して、ほぼ解決できてしまったが、それならありがたいことだ。


「はい! 国家機密に関する話ゆえ、他の方々は席を外していただきたく思います。ティオ姫様、申し訳ございません」


「もちろん構いません。ではアルト様、また後ほど」


「難しい話? 私は疲れたんで温泉に入ってくるわ」


 ティオは気品ある所作でお辞儀し、ルディアは気怠げに手を振って去っていった。

 ルディアは政治とか財務とか、頭を使うことが苦手なんだよな。アンナ王女に粗相があっては困るので丁度良いかも知れないが。


「こちらです」


 シリウスに案内されて、近衛騎士が逗留する温泉宿の一室に入った。

 他の近衛騎士たちが待機しており、僕の顔を見ると、全員が立ち上がって敬礼する。


「アルト様。ご足労いただき、感謝いたします」


 テーブルには通信魔法の媒介となる大きな水晶玉が置かれていた。王国でも数個とない貴重な魔導具だ。


「いえ、王女殿下をお待たせする訳にはいきませんから」


「はっ。では、さっそく……」


 近衛騎士のひとりが、キーワードとなる呪文を呟く。

 すると水晶玉に、アンナ王女の美貌が映し出された。彼女は天使のような微笑みをたたえて告げる。


「ごきげんよう。我が国の誉れ高き英雄、アルト・オースティン伯爵殿。

 アルビオン王国第一王女。アンナ=ミレーヌ=アルビオン。突然の呼び出しにもかかわらず、お顔を見せていただき感謝いたしますわ」


「アンナ王女殿下、お久しぶりでございます。お召しとあらば、いつなりと参上いたしますが……

 僕を英雄などとは、何のご冗談でしょうか? それに爵位は弟が継ぎましたので、僕は伯爵ではありませんが?」


 僕は当惑して問い返す。

 アンナ王女は、少しやつれた様子だった。もしかすると王宮のモンスターたちが暴走して出ていったせいかも知れないと、思い当たる。


 彼らのおかげでダークエルフに勝てたが、アンナ王女にとっては災難だっただろう。そのことについて、ご立腹かも知れない。

 シレジアの財政に余裕があるとは言えないが、元王宮テイマーとして王宮の修繕費を寄付すべきじゃないだろうか。


「ご謙遜を。アルト殿がダークエルフ2万5000の大軍に寡兵にて勝利し、敵将をことごとく討ち取ったこと、聞き及んでおります。

 我が国を脅かす魔族の勢力を大きく削いだアルト殿は、英雄と呼ぶにふさわしい方ですわ。

 見事な勝利を上げたアルト殿に、伯爵位を授与したいと思います。どうか受け取ってください」


「これは身に余る光栄です。ありがたく、承ります」


 僕が腰を折ると、アンナ王女は満足そうに微笑んだ。


 まさか伯爵家を追放されながら、伯爵位を賜ることになるとは思わなかった。急展開に、頭がついていけない。

 だが伝えるべきことは、伝えなくてはならない。


「アンナ王女殿下。王宮のモンスターたちが暴走して、王宮が壊されてしまったこと、誠に申し訳ございませんでした。

 彼らは現在、シレジアに来ており、ダークエルフとの戦争の勝利に大きく貢献してくれました。些少ながら、シレジアから王宮を修繕するための費用を出させていただきたく存じます。

 なにとぞモンスターたちにはお咎めなきよう、お願いしたいのですが……」


「まあ。モンスターにそこまで心を配られるアルト殿は、まさしくテイマーの鑑ですね。

 ご心配には及びません。わたくしは、モンスターたちを罰するつもりはありませんわ。モンスターたちの暴走を招いたのも、アルト殿を放逐したことが、そもそもの原因です。

 お申し出はありがたいですが、シレジアも戦の被害で大変でしょう? それには及びませんわ」


 アンナ王女は瞳を輝かせて、感じ入ったように告げた。

 僕はほっとするも、続く姫の言葉に再度、緊張する。


「さて、ここからが本題なのですが……」


 今までのは、前置きだったのか?

 何を言われるのかと、僕はゴクリと唾を飲み込む。

 アンナ王女は、力を持ちすぎた僕を警戒しているんだったよな……


 王宮のモンスターたちも、ここにやって来てしまったし。シレジアの戦力は拡大の一途をたどっている。


 いきなり領主を解任されたら、どうしようかと僕は身構えた。

 

「アルト殿には、わたくしの婚約者となっていただきたく思います。

 我が夫として、王国を支えてはいけただけませんか?」


「はっ……?」


 あまりに意外な申し出に、言葉の意味をすぐに飲み込めなかった。

 近衛騎士たちも知らされていなかったのか、うろたえている。


「お父様もアルト殿のような強い英雄を、次期国王にしたいとお考えです。どうか我が国のために、お引き受けください」


 爵位どころか、僕を次期、国王にだって?

 アンナ王女は吟遊詩人たちがこぞって褒めたたえる程の美少女だ。そんな彼女からの求婚には、胸が高鳴った。

 だが。


 僕はシレジアに、僕の理想郷を作りたいんだ。

 王様になってしまったら、その夢が実現できない。


「非才なる身に過分なるお申しで。誠にありがたく存じます。ですが、すでに僕には婚約者がおります。その儀については辞退すること、なにとぞお許しいただけますよう。

 僕は根っからのテイマーでして、とても国王の器ではございません。辺境を開拓し、モンスターをテイムすることで、王女殿下と王国に貢献させていただきたく存じます」


 僕は必死に頭を回転させて、どうすればアンナ王女からの求婚を角を立てずに断れるか考えた。

 すでに婚約者がいることにしてしまうのが一番良いと、とっさに思いついた。


「まあ。これは失礼いたしましたわ。アルト殿ほどの英雄であれば、言い寄る女性は星の数ほどいらっしゃいますでしょう。

 今から名乗りを上げたのでは、到底、遅かったと事前に気づくべきでしたわ」


 アンナ王女は機嫌を損なうことなく、むしろその目の輝きを増した。


「よろしれば、お相手の名前をうかがっても?」


「はっ。ルディアと言います。貴族ではないのですが、女神です」


 とっさにルディアの名前が出てきた。

 彼女はあちこちで「アルトは私の恋人」「私の旦那」と言って回っている。調べられても大丈夫なハズだ。


「婚約者を女神だなんて。アルト殿は、よっぽどその方を愛してらっしゃいますのね」


「はい。いろいろと助けられています」


 村の発展だけでなく、ダークエルフとの戦いでもルディアに助けられた。彼女の存在は僕の支えになっている。


 そう思うと、ルディアのことを意識してしまうな。彼女は裏表がないので、気が許せる相手だった。

 ホントに結婚するかどうかは、まだわからないけれど。


「では、アルト殿には残念な知らせですが、もう一つ。

 双子の弟、ナマケル殿なのですが、国家反逆罪で爵位を剥奪。逮捕状が出ることになりました」


「はっ!? え、いや、ナマケルは何をしたのですか?」


 王宮のモンスターたちを暴走させてしまったからには、ナマケルは罪に問われると思っていた。でも国家反逆罪というのは、予想外だ。


「ナマケル殿はテイムした魔竜5体を引き連れて王都を破壊して回った挙げ句。わたくしがナマケル殿の妻とならなければ、王都を火の海にすると脅迫してきたのです。

 ふふふっ……わたくし、ここまで直接的にケンカを売られたのは、初めてですわ」


 アンナ王女から一瞬、強い怒気が膨れ上がった。


 えっ、ナマケルのヤツ、一体どうしてしまったんだ。

 そういえば、アンナ王女と結婚したいとか言っていたが……


「正直に言いますね。わたくしはその日のうちに、手練の暗殺者たちを放ってナマケル殿の首を取ろうとしたのですが……

 暗殺者は全員、返り討ちとなりました。さらにナマケル殿と魔竜たちは、忽然と姿を消してしまったのです。

 いろいろと腑に落ちない点が多くて。アルト殿なら、なにかご存知ではないかと」


「ナマケルの行き先きについて、ですか? さすがに心当たりは……」


 魔竜をテイムしたというのも驚きだった。【ドラゴン・テイマー】は、やはりすごいスキルだな。


 あれ? でも、それなら、なぜモンスターを暴走させるなんて事態を招いたのだろう。

 ドラゴンを使って、モンスターたちを恐怖で押さえつけると、ナマケルは言っていたハズだ。


「不可解なことが他にも。オースティン伯爵家の執事によると。エルフ王国の使者イリーナ殿が、魔竜をナマケル殿に与えたというのです。

 エルフ王国の使者が、なぜそんなことをしたのか、まったく理解できません。そもそも魔竜をテイムすることなど、エルフと言えど不可能ではないかと」


「えっ。エルフが王都に使者を出したというのは、初耳です……それにイリーナ?」


 イリーナとはティオ王女の腹違いの姉の名前だ。偶然にしては、出来すぎている。


 それにダークエルフはテイマーとしての才能を生まれ持つ。ダークエルフの上位種である族長イリーナなら、魔竜をテイムできたとしても不思議ではない。


「まさか何者かが、エルフの使者を偽ったとおっしゃるの?」


「はい。魔竜を使役できる可能性があるとしたら、ダークエルフ以外には考えられません」


「しかし、イリーナ殿の外見的特徴は、紛れもなくエルフのものでしたが……雪のように白い肌をしていました」


「ダークエルフにはエルフとの混血児がいます。その外見はエルフとほぼ同じらしいです。その者が、何らかの計略を仕掛けて来たのではないかと」


 イリーナは最後の族長であり、ダークエルフの女王となるであろう存在だ。

 だが、忌み嫌われるエルフとの混血児であるため、女王となるためには大きな手柄が必要なのではないか。

 そのために、暗躍している可能性がある。


「なるほど。アルト殿、もっと詳しくお話を聞かせてください」


「はっ。わかりました」


 戦勝の宴の時間が、近づいてきていたが。僕はアンナ王女との会話に夢中になった。


 もし王都に現れたのが、ティオの姉イリーナであるなら。ナマケルをそそのかして、一体、何をたくらんでいるのだろうか?

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