56話。村を大きく拡張する

 巨神兵の腕から回転するノコギリのような物が出現し、樹海の木々を伐採していく。


「ガガガガガッ! 巨神兵、土木工事モードです」 


 ダークエルフとの戦争に勝利したのは良いけれど、村の物見櫓や丸太塀が壊された。

 仲間のモンスターたちが、いきなり3000匹も増えて、もう村は手狭になってしまった。


 そこで周りの木々を切り倒して、村の領域を広げることにしたのだ。


「はーい。木のお家よ。入ってみてちょうだい?」


「がぉおお!(やったぁ!)」


 ルディアが手をかざすと、苗木が見上げるような大樹へと急成長する。大樹の根元には空洞ができており、モンスターたちの住処にピッタリだった。


 モンスターたちは、喜んで中に入っていく。


「これはスゴイな……手を加えれば人間が住む家にも使えそうだ」


 僕も中に入ってみたが、大樹が吸い上げた水が貯まる水飲み場もあり、なかなか快適だった。

 モンスターたちは横になるなどして、思い思いにくつろいでいる。


「これをあと、50軒近くね。ふぅ〜」


「ルディア助かるよ。ここらで休憩にしようか」


 ルディアは、さすがに疲れたのか額の汗を拭っている。植物を操る力は、無尽蔵に使える訳ではないようだ。


「ありがとう。でも、私たちを助けてくれた、この子たちのためだもの。やりがいがあるわよ」


 ルディアは切り株に腰掛けると、僕からハチミツドリンクを受け取った。

 疲労回復にはハチミツが一番だ。


 ゴブリンたちが、巨神兵が切り倒した木々を運んでいる。後で建築用木材や燃料として利用するためだ。

 イヌイヌ族が牧場を建設したいと言っていたし、そちらの資材にもしようと思う。


 先程から聞こえてくる重低音は、力自慢のモンスターたちが、石材を積み上げて城壁を築いている音だった。

 防御力の高い城壁で、村を囲うことにしたのだ。

 

 丸太塀のような貧弱な防壁では、簡単に突破されてしまうからね。


 ダークエルフに勝利した今、シレジアに僕たちを脅かすような勢力はいないけど。

 危険なモンスターが生息している以上、用心しておくに越したことはない。


「アルト様、女神様、お疲れ様です! 甘い物をお持ちしました!」


 エルフの王女ティオが、ソフトクリームを手にしてやって来る。


「ああっ。ティオ、ありがとう」


「うわっ。これこれ! 最高の献上品だわ!」


 ルディアはさっそく、ソフトクリームにパクついている。


「アルト様、私たちを守っていただき、本当にありがとうございました。

 ダークエルフの王も討たれ、これで憂いなくエルフ王国の再興ができそうです!」


 ティオは深く頭を下げた。


「アルト様のご活躍は、エルフの吟遊詩人たちが、英雄伝説(サーガ)として語り継ぎたいと申しているのですが。よろしいでしょうか?」


「もちろん、良いけど……こっ恥ずかしいな。僕ひとりの力で、勝った訳じゃないからね」


「ご謙遜なさらないでください。アルト様のご人望があればこそ、冒険者さんたちもモンスターたちも力を貸してくれたのだと思います」


「うんうん、その通りよ!」


 ソフトクリームをたいらげたルディアが頷いている。もう食べたのか、早いな。


「でも、まだダークエルフの族長のひとりが残っているそうじゃないか。大丈夫か?」


 エルフ王国の再建がティオの悲願だが、ダークエルフが完全に壊滅した訳ではない。

 奴らが魔王ベルフェゴールを信奉している以上、ティオをまた付け狙ってくるだろう。


「それなのですが……最後に残った族長はイリーナ・レーナと申しまして。

 実は私の腹違いの姉なのです」


「えっ? まさかエルフ王とダークエルフの混血児?」


 ダークエルフはエルフを敵視している。本来、両者が結ばれるなど、絶対にありえないことだ。


「はい。お父様は私を逃がす際に、手紙を渡してくれました。そこに書いてあったことです。

 万が一、私がダークエルフの手に落ちるようなことがあれば。姉の慈悲にすがってみるようにとのことでした。

 お父様はお母様と夫婦となる前に、ダークエルフの女性と恋に落ちていたそうなんです」


「げほ、げほ! そ、それはまたスゴイ、ロマンスね」


 ハチミツドリンクを喉に流し込んでいたルディアがむせた。


 僕も驚いたが、エルフ王はティオを生き延びさせるために、あらゆる可能性を試すつもりだったんだな。

 ティオはそれだけ、父親に愛されていたんだと思う。


「申し訳ございません。ルディア様、本来、許されざることなのですが……」


「いいわよ。別に私は、エルフにダークエルフと戦争しろって、命令している訳じゃないからね。あっちが一方的にケンカを吹っかけてくるから、争っている訳で」


「魔王ベルフェゴールとルディアは仲が悪いんだったよな」


 魔王と仲良しの神様は、まずいないが。魔王ベルフェゴールは、ルディアに兄を奪われたと思って、彼女を格別に敵視しているらしい。


「そうなのよ。ベルフェゴールは、アルトの前世の弟なんだけど。私のことをお姉さんと呼んでいいわ、とフレンドリーに伝えたら激怒しちゃってね」


 ルディアはため息をついた。

 うん。何か、激怒されても仕方のない感じがする。

 

「はい。そこで……私はイリーナお姉様と和解できないかと考えております。

 お姉様がダークエルフの女王となり、私がエルフの女王となるのなら。

 私たちが手を取り合えば、2000年以上続いてきた両種族の争いに終止符を打つことができると思うのです」


 ティオの目には確固たる決意が宿っていた。

 ダークエルフと和解するとなれば、エルフたちからも、反対意見が噴出するだろう。

 それでも腹違いの姉と争うのは、避けたいということか……


「よし、わかった。姉妹で殺し合うのは、嫌だものな。ダークエルフと和解できるように、僕も協力するよ。

 まずは捕虜の返還をしたいと申し出てみるか」


 シレジアの領主としても、ダークエルフと無駄な小競り合いは避けたいところだ。ゲリラ戦など仕掛けられては厄介だしね。


 イリーナには、僕たち人間とも不戦協定を結んでもらうとしよう。


 先の戦いで捕虜にしたダークエルフたちがいる。彼らを使って、イリーナに接触できないか試してみるか。

 捕虜を返したいと言えば、まず拒まれることはないだろう。


「あ、ありがとうございます! アルト様!」


「お姉さんと、仲良くできると良いなティオ」


「はい! アルト様には何とお礼を申し上げたら良いか、わかりません!」


 エルフの王女は屈託のない笑顔を見せた。

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