55話。【イリーナSIDE】ナマケル、王都を破壊し、王女にイキりまくる
ナマケルという男について、ひとつ見誤っていたことがあるわ。
それはこの男が単なるバカでなく、大バカであったということよ。
「おい、イリーナ! さっそく王宮に行くぞ、用意しろ!」
庭に居並んだ5体の魔竜たちを前にして、ナマケルは得意顔で叫んだ。
魔竜を早くお披露目したいらしい。
「はい。では、まず先触れの使者を出して……」
「そんな、まどろっこしいことをしていられるか。今からコイツらを連れて、王宮に乗り込んでやるんだよ。クソアマ王女のアンナが慌てふためく様が目に浮かぶぜ、ギャハハハッ!」
はっ……?
私は呆気に取られた。
「事前の知らせもなく、魔竜など連れて行っては、王宮どころか王都が大騒ぎになってしまいますが?」
「だから、おもしれぇじゃねえかよ!」
どうやら、ナマケルは魔竜の威容を人々に見せつけて悦に入りたいらしい。
本来なら王宮と冒険者ギルドに魔竜5体を支配下に入れたこと。魔竜が今後、王都に出現しても危険はないことを知らせるのが先決のハズだ。
それを怠って魔竜を闊歩させれば、王都の人々を無駄に怖がらせることになる。
下手をすれば冒険者ギルドが急遽、討伐隊を組むかも知れないし、騎士団が出動する騒ぎとなるだろう。
それに王女をクソアマ呼ばわりとは……
「よし! お前ら行くぞ! 邪魔する奴がいたら、踏み潰せ!」
私が止める間もなく、ナマケルは魔竜たちに出発を命じた。
いったい彼は、どんな教育を受けて来たのかしら? ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)という言葉は、ナマケルの頭にはないらしい。
まあ、私の計画に狂いが生じなければ、別に構わないのだけど……
◇
「ド、ドラゴンの群れが攻めてきたぞ!」
案の定、王都は大パニックになった。
人々は他人を押しのけ突き飛ばして、逃げ惑う。親とはぐれた幼子が、大声で泣いていた。
上位竜種である魔竜をテイムして歩いてる者がいるなど、人々は想像もつかない。この世の終わりのような騒ぎになった。
魔竜に体当たりを食らわされた建物が、積み木細工のように崩れる。舗装された石畳は、ひび割れ穴だらけになった。
せめて魔竜に空を飛ばせれば、こんな惨事は防げたのだろうけど……
「ギャハハハ! さすがはオレっちの魔竜。すげぇパワーだぜ!」
ナマケルは魔竜が家屋を壊しても、バカ笑いして喜んでいた。
王都を破壊して回っている張本人が、魔族の私ではなく。王国を守護する王宮テイマーだというのだから、皮肉なモノだわ。
「ウォオオオ──ッ! 止まれ魔竜ども!」
中には勇猛果敢に、魔竜に挑んでくる冒険者たちもいたが、魔竜は尻尾で跳ね飛ばす。
魔法をぶつけられようが、剣で叩かれようが魔竜たちは、傷一つ負わなかった。
この魔竜たちは、私のテイマースキルで強化されているため、通常種よりずっと強力なのよ。ご愁傷様。
「ガハハハハッ! 蛆虫ども、これがオレっちの力だ! これが【ドラゴン・テイマー】だ!」
ナマケルはよほどおもしろいのか、冒険者たちを蹴散らして、腹を抱えて笑っていた。
悪趣味もここまでくると、いっそ清々しいわ。
「おおっ! 役立たずの近衛騎士団のみなさま、ご苦労様だぜ!」
王宮の前には、近衛騎士団が布陣し、決死の覚悟で剣を構えていた。
その中央には、凛として佇む少女がいる。エルフ王国の使者として昨日、面会させてもらったアンナ王女だ。
「そこまでよ。王都を侵す不埒な魔竜ども! 宮廷魔導師団、撃ち方用意!」
アンナ王女が号令を発する。
どうやら正規軍を動員して、迎え撃つ準備をしていたらしい。
ここで魔竜たちを倒されては、計画が狂ってしまうわ。
ナマケルの乱痴気騒ぎに付き合うのは、もう終わり。場を収めなくては。
私は魔竜たちに停止を命じ、アンナ王女の前に進み出た。
「お騒がせして申し訳ございません、アンナ王女殿下。この魔竜たちは、ナマケル伯爵がテイムしたモンスターです。
危険はございません。なにとぞ、鉾をお収めください」
「エルフ王国の使者イリーナ殿? 何をおっしゃっているの? この魔竜たちが
王都を破壊して回ったことは、紛れもない事実です!」
「それについては弁解のしようもありませんが、ナマケル伯爵に王宮を攻撃しようという意図はなく……」
「ギャハハハ! イリーナの言っていることは事実だぜ、お姫様よぉー! オレっちこそ歴代最強の王宮テイマーだって、これでわかっただろう?」
ナマケルが口を挟んできた。
こ、この男、下手をすればこの場で処刑されるかも知れないことが、わからないのかしら?
どうやらナマケルのバカさ加減について、まだ甘く見積もっていたらしい。
アンナ王女を相手に、ナマケルは意気揚々と続ける。
「この魔竜どもは、オレっちの言うことなら、何でも聞くんだぜ!
近衛騎士団と、宮廷魔導師団? おもしれぇ! オレっちはクソアマのアンナ姫様に身ぐるみ剥がされて、ムカついていたわけよ! ここでオレっちの魔竜軍団と、本気で殺し合ってみるか? おおっ!?」
反逆罪に問われるだろう致命的な発言だった。
殺し合いが始まったら、私はこの愚か者を守ってやらなくてはならないわ。
密かに頭を抱える私を無視して、ナマケルは続ける。
「アンナ姫様よぉ! あんたが、オレっちの女になるってんなら、この場は引いてやってもイイぜ!
アルトの兄貴を婚約者候補にするとか抜かしてやがったが。オレっちの方がよほど優れた英雄だって、これで理解できただろう? ええっ!? 男に媚を売るしか能のないクソアマビッチのドブス姫、アンナちゃんよぉおおっ!」
そ、そこまで言うか……
アンナ王女は身体を怒りに震わせていた。やがて、怖いくらい晴れやかな笑顔になった。
「素敵なご提案ですわね、ナマケル殿。あなたをわたくしの夫とするお話。お父様とも協議して、前向きに検討させていただきます。なので、ここは引いてくださらない?」
「ギャハハハ! いいぜ! クソアマ姫様には特別に! これからオレっちのことを、ナマケル様と呼ぶことを許してやるぜ! ああっ、そうそう。オレっちの屋敷の家財道具も全部、明日中には返しやがれよ!?
じゃねえと、王都を火の海に変えてやるぜ!」
なんとこの男、王国に宣戦布告したわ。自分が何を言っているのか、理解しているのかしら……?
いえ、していないのでしょうね。
アンナ王女を脅迫して、自分の結婚相手にできると本気で考えているのだわ。
す、スゴイ。ここまで超弩級のバカだとは……
「はい。ナマケル様。では明日、お屋敷にうかがわせていただきますわね」
「よし! その時はオレっちが、たっぷりかわいがってやるからな! ギャハハハッ! 楽しみにしてやがれよアンナ! これから一生、オレっちに仕える栄光と喜びを与えてやるぜ!
ああっ、そうそう。オレっちは、てめぇと結婚してやるが、妾は100人は欲しい。国中から選りすぐりの美女を集めて献上しろ!
ぐふふふっ! 今日は最高だったな。イリーナ、帰るぞ! これから宴だ!」
私を召使いのように呼んで、ナマケルは踵を返した。
近衛騎士団は、全員、悔しそうに歯軋りしている。
「突撃をご命令ください!」
騎士隊長と思わしき男が叫ぶが、アンナ王女は手で制している。
アンナ王女は大人だわ。プライドよりも、実利を取ってこの場を収めた。
今晩、暗殺者がナマケルの元に送られてくるでしょうから、こちらも早めに手を打つとしましょう。
はぁ。もう、このバカに付き合うのは、耐え難いわ。
◇
「ぎゃぁああああっ!」
その夜、オースティン伯爵家の屋敷に、ナマケルの無様な悲鳴が響いた。
「どうしたの? 魔竜に言うことを聞かせてみなさいな、ドラゴン・テイマーさん?」
私は魔竜に命令して、ナマケルにデコピンを食らわせた。ナマケルは吹っ飛んでいて、壁にめり込み血を流している。
気絶しないように、回復魔法をかけてあげていた。
ちなみに私の足元には、アンナ王女が差し向けたと思われる暗殺者たちが倒れていた。
まったく、めんどうな仕事を増やしてくれたものね。
でも、もう侵入者はいないようだし。
これで心置きなく調教タイムに入れるわ。
「イリーナ! て、てめぇ何しやがる!?」
「どちらが主人なのか調教よ。知能の低いモンスターに言うことを聞かせるのに、一番手っ取り早いのは、痛みを与えることでしょう?
ブタ並の脳ミソしか持たないあなたにも、これで良く理解できたのではないかしら?」
鼻で笑って、今度は極小のファイヤーボールをナマケルにぶつけてやる。
恥も外聞もなく、ナマケルは泣き叫んだ。
「魔竜ども! オレっちを、オレっちを守れ! この女を殺せ! 挽肉にしろ!」
無論、魔竜たちは微動だにしない。
この魔竜たちは魔王の寝所を守るモンスターであり、私の忠実なる下僕だ。
私から魔竜の支配権を奪うことなど、アルト・オースティンにだって無理だろう。
「本当は魔竜をテイムできていないことがアンナ王女に知られれば……あなたは、ありとあらゆる拷問を受けてから、火あぶりの刑になること間違いなしよ。
伯爵家も反逆罪で、即刻お取り潰し。
借り物の力で、よくもまあ、あそこまで大見得を切れるわね。感心してしまったわ」
「あう、あう……っ」
ようやく自分が、どれほどバカなことをしたのか多少は理解できたようだ。
ナマケルは口をパクパクさせる。
「魔竜たちの真の主人は私よ。今後は私が指示したこと以外は、一切しないでちょうだい。
ほら、オレっちはイリーナ様の奴隷だって言ってごらんなさいな?」
「は、はい! オレっちはイリーナ様の卑しい奴隷です!」
ひとしきりなぶってやると、ナマケルはようやく従順になった。
媚びへつらうような笑みを浮かべてくる。
「そ、それで、オレっちは何をすれば良いのでしょうか?」
「魔王ベルフェゴールの復活。そのためにすべてを捧げるのよ」
私は満面の笑みを浮かべた。
さあ、準備は整ったわ。
私を捨てたお父様と、何も知らずにのうのうと生きてきた妹のティオへの復讐を開始しましょう。
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