4章。魔王との対決編

54話。【イリーナSIDE】ナマケル、魔王の器となるべく、踊らされる

 私──イリーナは『白混じり』などとダークエルフの仲間たちから愚弄されるエルフとの混血児だ。


 祖父の跡を継いで族長にまで上り詰め、魔王の巫女に選ばれても、この烙印は永遠に消えない。

 

 そんな私は使い魔からの報告を受け取っていた。

 予想通り、ダークエルフの王と族長たちは敗北したらしい。


「2万5000もの軍団を繰り出しておきながら壊滅だなんて。まったく無様ね」


 おかしくて、吹き出してしまう。

 窓辺に止まった鳥型の使い魔は、伝言を終えると空に飛び立った。


 エルフの血が混じった私の肌は、雪のように白く、外見はエルフと全く見分けがつかない。

 コンプレックスでしかなったこの容姿を利用して、私はエルフの王女ティオからの親善大使と偽って、人間の王都にやってきていた。


 人間たちはエルフの魔法技術が欲しくて、エルフと親交を持ちたいと考えていた。

 だから、諸手を上げて歓迎された。


 アルト・オースティンが、エルフと盟を結んだこともあって、私が偽物だとは疑いもされなかった。


 シレジアは戦禍で、しばらく混乱状態だ。エルフから本物の外交使節が派遣されてくる可能性も低い。


 王宮で飼われていたモンスターたちが暴走して、王宮はめちゃくちゃになってしまったため、王宮に逗留することはできなかった。

 

 私は王都でも最上級の宿をあてがわられ、ここにしばらく滞在することになった。

 できれば、後学のために王宮に泊まってみたかったのだけど。カビ臭いダークエルフの地下住居と比べたら、天国のような場所だわ。


「邪魔な王と族長たちが、残らず死んでくれたのは、本当に運が良かったわ。おかげで、私が手を下す必要がなくなったもの」


 魔王ベルフェゴールの声が聞ける私は、アルトのスキル【神様ガチャ】が、いかに恐ろしいモノであるか知っていた。


 ガチャとは創造神の力の根源にして、魔王たちをして「この世にあってはならない」と言わしめた危険な力だ。

 古代世界はガチャによって繁栄し、ガチャによって滅びたという。


 【神様ガチャ】は、その反省を踏まえた上で作られた。神々を復活させる究極のスキルだ。

 そんなスキルを持った相手と、まともに戦って勝てる訳がない。


 これで唯一残った族長である私は、ダークエルフの女王となる資格を得た。

 もっとも『白混じり』である私が、女王となることに忌避感を覚える者は多いだろう。


 そんな者たちを黙らせるために、魔王を復活させる必要がある。

 

 私の実父は、エルフ王だ。

 エルフ王が、捕らえたダークエルフの族長の娘に懸想し、産ませた不義の子が私だ。

 

 父はそんな私を娘だとは、決して認めてくれなかった。

 なら私は父が愛した娘、私の妹であるティオを生贄に捧げて、魔王を復活させてみせる。

 それで私の復讐は完成する。


「そう、私は誰よりも幸せになる権利があるのよ」


 私は黒いドレスで着飾って、馬車を呼んだ。エルフの姫として、ティオと同じように育てられていたら、こんなキレイな格好がいくらでもできただろう。

 そう思うと、腹立たしく呪わしい。私は腹違いの妹が大嫌いだ。


 私は馬車に乗り込むと、オースティン伯爵家に向かうように告げた。



 オースティン伯爵家を継いで、王宮テイマーとなったナマケルは、モンスターたちを暴走させる大失態を犯した。

 その被害は甚大だ。


 馬車の御者の話によると、伯爵家の屋敷は、王宮の修繕費のために競売に出されることが決まったらしい。


 召使いたちも、執事ひとりだけを残して全員解雇させられたようだ。

 オースティン伯爵家はもうダメで、付き合う価値など無いと教えられた。


「エルフの王女殿下の使者様ですか……! どうぞお入りください。応接間まで、ご案内いたします」


 私が訪問すると、執事は恐縮した様子で頭を下げた。


 屋敷は家財道具も売り払ってしまったようだ。ガランとして、ひどく殺風景だった。

 元は栄華を誇っていた名残だけが、感じられる。


「イリーナ様はシレジアから来られたと、おっしゃられましたが。

 アルト坊ちゃまにはお会いされましたでしょうか? 私めは坊ちゃまが辺境で元気にお過ごしであられるか、心配で心配で……」


「はい。アルト様はご健在です。そのご活躍の噂は、王都にも及んでいると存じます。

 今朝の知らせで、今度はダークエルフの王まで討伐されてしまったようです。まさに英雄と呼ぶにふさわしい方ですわ」


「なんとっ! 屋敷まで競売にかけられて気が滅入っておりましたが……アルト坊ちゃまがおられれば、オースティン伯爵家には、まだ再興の希望がございますな」


 執事は晴れ晴れとした顔になった。

 私は笑顔を浮かべて適当に合わせておく。


 残念だけど、この家が再興することなんて、未来永劫あり得ないわ。


 応接間に通されてしばらく待つと、憔悴しきった様子の男がやってきた。

 伯爵とは思えない、ヨレヨレのみすぼらしい格好をしている。彼がナマケルのようだ。


「初めまして。ナマケル・オースティン伯爵閣下。エルフの王女ティオの親善大使として参りましたイリーナと申します。以後、お見知りおきください」


 私はドレスの裾を摘んで、優雅にあいさつする。


「……はぁ、オレっちに何の用だ? 田舎者のエルフにしちゃ、礼儀を知っているようだが」


 仮にも一国の使者に対する態度ではない。

 はぁ、なるほど。これは器が知れるというものだわ。


「まずはお近づきの印に、ナマケル様に贈り物をご用意いたしました。受け取っていただけますか?」


 贈り物と聞いて、ナマケルの目の色が変わった。


「なんだ? 金目の物か? おっ、よく見れば、お前……いいオンナじゃないか?」


「では……」


 嫌悪感を覚えながらも、私は指を鳴らす。

 すると中庭に光が満ち、真っ黒い鱗をした巨大なドラゴンが出現した。その威風堂々たる姿は、モンスターの頂点に立つにふさわしい。


「ハァアアアア!? こ、こいつは……ッ!?」


 ドラゴンに窓の外から睨まれて、ナマケルは腰を抜かした。


「魔王ベルフェゴールのダンジョンに生息する最強のモンスター、魔竜でございますわ。ナマケル様のご所望の品だと聞いてご用意いたしましたの。

 お気に召しまして?」

 

「おっ、お……お前が召喚したのか!?」


 壁ぎわまでゴキブリのように後退して、ナマケルは質問してくる。


「はい。そんなに怖がらなくても危険はありませんわ。

 この子は、私の言うことなら何でも聞くように躾けてあります。

 すでにナマケル様を、主と仰げと命じてあります。目の前にいるのは、あなた様の忠実な下僕ですわ。

 これなら大手を振るって王宮テイマーの地位に返り咲くことが、できるのではありませんか?」


 ナマケルはゴクリと喉を鳴らした。

 それは彼は一番望んでいることのハズだ。


「ホントか!? ホントにコイツは、オレっちの言うことを何でも聞くのか?」


「はい。よろしければ、逆立ちしろとでもご命じになってください」


 私がにっこり微笑んで頷くと、ナマケルはさっそく、逆立ちを命じた。

 誇り高きドラゴンが、矮小な人間の戯れに付き合うなど、あり得ないことだけど。

 魔竜は素直にナマケルの言葉に従った。


「うぉおおおおっ! す、すげぇ! オレっちはついにドラゴンをテイムしたぞぉ! ガハハハハッ、そうだ! これがオレっちの本来の力だ!」


 ナマケルは興奮に打ち震える。

 別にナマケルがテイムに成功した訳ではないのだけど。相変わらず、魔竜の支配権は私にある。


「どうでしょう? これと同じ魔竜をあと4体、ご用意できますわ。すべてナマケル様の従順な下僕です」


「マ、マジか!? イリーナとか言ったか、お前、マジですげぇぞ! これであのクソ王女も兄貴も、どいつもコイツも見返してやれるぞ! ギャハハハッ! オレっちこそ最強のテイマーだ!」


 まさかここまで調子に乗るなんて、滑稽だわ。

 不快ではあるけど、仕込みのために私は優雅に腰を折った。


「はい。すべてはナマケル様の御心のままに」


 ナマケルは魔王の器、依り代となる者。魔王が復活したら、彼は魔王に肉体を乗っ取られ、この世から消滅するわ。


 それまで、せいぜい束の間の栄華に酔うのね。


 私の腹の底などつゆ知らず、ナマケルはバカ笑いを続けた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る