43話。暗殺者集団『闇鴉』が配下に加わり、温泉宿で働く

 久しぶりにルディアと一緒に、ホワイトウルフのシロのグルーミング(毛づくろい)をした。


「わぉーん!(気持ちいい!)」


「ひゃあっ、もうくすぐったいわよシロ!」


 ふわふわの毛並に、ブラシをかけてやると、シロは喜んで尻尾を振る。

 ルディアはシロに顔を舐められて、黄色い声をあげた。


 顔を舐めてくるのは、ホワイトウルフにとっての愛情表現だ。

 

 最近は何かと忙しかっんだけど、たまにはグルーミングを通して、シロの体調をチェックしなくちゃな。


「うーん! シロはいい子ね!」


 ルディアも一生懸命、シロにブラシをかけてあげている。


 さきほどハチミツベアーと、サンダーライオンたちにもグルーミングをしてあげたが、彼らは大喜びだった。


「わんわんっ!(ご主人様、最近かまってくれなくて、ちょっとさびしかった)」


「そっかぁ。ごめんよ」


 最近は領主の仕事が増えてきたからな。

 でもモンスターたちとの楽園を作る以上、彼らとのスキンシップをおろそかにしては本末転倒だ。


 なにより、モンスターたちの喜ぶ姿を見るのは楽しい。

 

「失礼、アルト様。重要なお話があるのですが……」


 『シレジア探索大臣』魔剣士エルンストが、神妙な面持ちで声をかけてきた。

 エルンストの背後には、黒いローブを被った8人の怪しげな男たちが並んでいる。その姿は、さながら死神のようで、不吉と死を予感させる。


「誰、その人たち……?」


 ルディアとシロも面食らっていた。


「実はこの者らは、魔王のダンジョンに許可なく入ろうとした罪人なのですが。

 任務に失敗し、王都に帰れなくなったのでアルト様の元で働きたいと申しているのです」


「我らは暗殺組織『闇鴉(やみがらす)』にて暗殺術を極めし者。なれどグランドマスターを討たれ……組織の顔に泥を塗ってしまった以上、王都に戻っても組織に消される運命でございます。

 どうかシレジアの『暗殺担当大臣』として、アルト様のお側に置いてはいただけませぬでしょうか?」


 先頭の男がそう言うとローブの男たちは、一斉に僕にひざまずいた。


 『闇鴉』。

 そう言えば、王国の闇を司る暗殺組織がそんな名前だったような……

 なんで、そんな人たちがこんな辺境にいるのか、わからない。


「キミたちは暗殺者か? 悪いけれど、『暗殺担当大臣』なんて物騒な役職を作る気はないぞ」


「そ、そこをどうにか……っ!?」


「このままでは、我らは組織に、組織に消されます!」


「どうか庇護して下さい! ご領主様!」


 不気味な黒ローブの集団が、僕の足元にひれ伏して懇願する。若干、怖かった。


「うーん。何かよくわからないけど、かわいそうだから、雇ってあげたら?」


 ルディアが適当なことを言ってきた。


「いや。誰かを暗殺するなんて、そんなヤバいことする気は毛頭ないんで」


 僕はこの辺境で、権力闘争なんかとは無縁に過ごすつもりだ。

 暗殺者など必要ない。


「アルト様。暗殺ではなく、暗殺や諜報から御身を守るために、この者らを雇われてはいかがでしょうか? 隠密行動や気配察知、罠回避などのシーフ系のコモンスキルを、この者らは習得しております。

 私のシレジア探索、ダンジョン探索にも役立ちますので、私の部下にしていただけないかと考えております」


「エルンスト殿! ご推挙ありがとうございます!」


 黒ローブ集団が、歓喜の声を上げた。


「この人たちを雇ったら『闇鴉』と対立するハメになったりしないかな?」


 できれば、敵を作るのは避けたい。

 しかも、相手は相当に物騒な組織だ。


「『闇鴉』は金で動く犯罪組織です。

 失態を犯した構成員に制裁を加えることはあっても。利益にならないことは基本的にいたしません。

 この者らを雇っても、闇鴉がアルト様に牙を剥いてくることはないでしょう。

 むしろ、メリットの方が多いかと存じます。蛇の道は蛇ですので」


 エルンストは僕が、暗殺者に狙われることを警戒しているようだ。僕のような一辺境領主を殺したい者がいるとは思えないけど……


 暗闇での活動を得意とするダークエルフの中にも、暗殺技術に長けた者がいる可能性がある。

 防衛策を講じておく必要はあるか。


「わかった。用心のために彼らを雇うことにするよ」


「あっああ……ありがたき幸せでございます!」


「我ら一同、命に代えてもアルト様を守護することを誓います!」


「御身に刃を向けし者に死をっ!」


 僕が承諾すると、元『闇鴉』のメンバーたちは、感涙にむせんだ。


「よかったわね、みんな! アルト、クズハが温泉宿の従業員が足らないってボヤいていたんで。この人たちは、一旦、そっちの応援にも回してもらえる?」


「わかった。クズハの温泉はお客さんが殺到してきて、手が足りなくなっているからね」


 ルディアの提案を、僕は承諾する。


「フフフッ……なるほど。我ら普段は温泉宿の従業員に身を扮し。怪しい者が村に泊まっていれば即時、ご報告申し上げる。場合によっては消すと、そういう訳ですな?」


 黒ローブの男が、ほくそ笑んだ。


「いや、消すとかしないから……」


 考えてみたら、この村の宿泊施設はクズハ温泉しかないので、不審者を見つけ出すには好都合かも知れない。

 もっとも目前の彼ら以上の不審者というのは、そうそういないかも知れないが……


「ご安心ください。魔法の中には、顔の造形を変えて他人に成りすますモノもございますが。我らはそれを見破る術を持っております。

 どのような不埒者が近づいて参りましても、たちどころに見つけ出してご覧に入れましょう」


「わかった。よろしく頼むよ」


 なんとなく物騒な感じがするので、上司となるエルンストには、ちゃんと彼らの手綱を握ってもらわなくちゃな。

 

「それと、この者らが魔王のダンジョンに無許可で踏み入った罰として、持ち物を押収したのですが。

 イヌイヌ族を通して、それらの換金が終わりました。

 しめて50万ゴールドほど、入っております」


 エルンストが、ズッシリと大きく膨らんだ革袋を差し出してきた。


「えっ? こんなに……」


「やった! ダークエルフの地下牢で見つけたお金と合わされば100万ゴールドよ! ねっ、ねっ! アルト、さっそくガチャに課金してみない?」


 ルディアが躍り上がるように膝頭を叩いた。

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