42話。【王宮の使者SIDE】近衛騎士、アルト村の戦力に驚く
私の名はシリウス。王家を守護する近衛騎士団の若き副団長です。
私は映えある騎士の家系に生まれ、幼少より剣を磨き、王家に忠誠を誓ってきました。
私はアンナ王女からの密命を受け、3人の部下と共に、辺境のシレジアに向かっていました。
全員が冒険者風の出で立ちに変装し、身分を隠しています。私は変身魔法で、顔も変えていました。
すべてはシレジアの領主アルト・オースティン殿について調査するためです。
アルト殿は神竜バハムートを召喚獣とし、エルフの姫君を助けてエルフと同盟を結んだという、信じがたい報告を上げてきました。
前者が事実なら、人間離れした力の持ち主であり、後者が事実なら歴史的偉業です。
これらの事実確認が、私の任務のひとつです。
そして、報告に嘘偽りが無いのであれば、より重要な任務を遂行しなければなりません。
辺境に強大な武力を持ち、他種族と強い繋がりを持つ領主がいるというのは、王国にとって不安要素なのです。
歴史を紐解けば、内乱などで中央が乱れた際、辺境領主が治安維持を名目に武力介入してきて、国を乗っ取った例があります。
もしアルト殿が野心を持っているのであれば、これ以上、力をつける前に早急に始末する必要があります。
そのために、私が派遣されました。
暗殺など騎士の道に反する行いなれど、王国に忠誠を誓った身ならば、是非もなし。
逆にアルト殿に逆心がなく、かつ統治者としての器量を備えているのであれば、アンナ王女の婚約者になっていただく。
私はアンナ王女より、そのような命令を受けました。
強く気高い英雄の血を王家に取り込む。王国の繁栄のために必要なことです。
元王宮テイマーのアルト殿とは、顔を合わせたことがありますが、深い付き合いはありませんでした。
モンスターを大事にする方で、野心的な人物ではなかったように思えましたが……
環境は人を変えます。
強大な力を得れば、よからぬ野望に目覚めてもおかしくありません。
それを見極めるのが、私の使命です。
「アルト村への道を教えて欲しい? ハハハハッ! あんたら、魔王のダンジョンに挑戦したくて来たクチかい?」
「はい。我が剣にかけて不埒な魔物どもを討伐すべく、参りました」
「不埒な魔物って……騎士様みたいな物言いをする兄ちゃんだな」
早朝に尋ねた冒険者ギルドのマスターは、不審そうな目をしました。
「副団長、副団長っ。もっと下品に振る舞わないと、怪しまれますよ」
部下の少女騎士が、小声で私の袖を引っ張ります。
「あっ、もしかて、元騎士様ってかい?
まあイイ。余計な詮索をしないのが、俺たち冒険者の流儀だ。
アルト村に行くなら、この街から3時間に1本の割合で、飛竜の無料送迎サービスが出ているから、それに乗っていくと良いぜ」
「ひ、飛竜の無料送迎サービスですか?」
一瞬、何のことかわからず、私たちはポッカーンとしました。
「ああっ。シレジアの領主アルト様がテイムした5匹の飛竜がやって来て、アルト村まで安全に連れて行ってくれるんだよ。
樹海には恐ろしいモンスターの他に、ダークエルフなんかもいて、若い娘をさらっているって噂もあるしな。そこのカワイコちゃんなんかは、絶対に樹海を歩かねぇ方がイイぜ」
「カワイコちゃんとは、私のことですか? もうお上手なんだから!」
紅一点の少女騎士は、お世辞に浮かれた様子でした。
「温泉に日帰りで行けて便利! 魔王のダンジョンまでの道もショートカットできるってんで。
開始された飛竜の送迎サービスの話題で、このあたりはもちきりになってるぜ」
「し、信じられません!」
私も部下たちも、呆気に取られました。
飛竜をテイムして言うことを聞かせるなど、例え元王宮テイマーだとしても難しいハズです。
それを5匹も……
おそらくアルト殿は王宮テイマーをクビになってからもテイマースキルを磨き続けているのですね。
並ならぬ努力家であることが、うかがえます。私も騎士として見習わねば……
私たちは、礼を言って冒険者ギルドを後にしました。
「それにしても5匹の飛竜だなんて……下手をしたら、それだけでも我が騎士団に匹敵しうる戦力ですね」
少女騎士が身をすくめました。
「そうですね。アルト殿のテイマースキルで強化されていることを考慮に入れると。とても戦いたくはない相手です」
「辺境の危険なモンスターどもから領地を防衛するためでしょうが。侮れぬ戦力を持っていることは間違いありませんな」
「それを村への一般人の送迎に使うというのは、驚きの発想だわ。しかも無料だなんて。シレジアを観光地化するつもりなのかしら?」
「あの村には浸かるだけで、全ステータスが2倍になる温泉があると言います。美しくなれるとも宣伝されていますし……
何から何まで規格外ですね」
「副団長! 美容の温泉には絶対に入るつもりなんで、よろしくね!」
私たちは、街の城門前まで移動しました。飛竜の定期便は、城門前の広場から発着しているらしいのです。
「アルト様について知りたいってかい? あの方は、数日前にこの街をモンスターの襲撃から救ってくれてね。もう足を向けて寝られないさね」
道中、人々にアルト殿について尋ねると、街を救った英雄らしく、大変な人気でした。
「どうやら、アルト殿は騎士道精神に溢れた立派な御仁のようだ」
「そうですね。他領の街まで助けるなんて、ふつうはリスクを負ってまでしないものです。まして、領主自らが先頭に立って戦うなんて……」
私の部下たちも、アルト殿の活躍に感じ入っていました。
「快適な空の旅を楽しみながら、お菓子や飲み物など、いかがでしょうかワン!」
城門前広場では、犬型獣人イヌイヌ族の商人たちが、屋台で食べ物などを売っていました。
周りの人に話を聞くと、どうやら彼らは、シレジアの領主アルト殿の御用商人であるらしいです。
屋台に目を向けると、目玉商品として『エルフのお姫様の手作りソフトクリーム』なる氷菓子があるようでした。
しかも、3万ゴールドという高値です。
私は仰天して尋ねました。
「聞いたこともないお菓子ですが、本当にエルフの姫君がお作りになったのですか?」
「はい、もちろんですワン! でも申し訳ございませんワン。
ティオ姫様が真心を込めて、一つ一つていねいにお作りなられているので。毎日、限定5個しかお売りすることがでませんワン」
「残念ですが、本日の分は、すでに売り切れてしまいましたワン! 王都でも売り出す予定ですので、ぜひ、ぜひ、ごひいきにしていただきたいですワン」
「キーッ! くやしいっ! もう売り切れなんて信じられませんわ! お母様、今日はクズハ温泉まで行って、直接ソフトクリームを買いましてよ!」
「ええっ! もちろんよ!」
金持ちの母娘と思われる華美な服を着た女性らが、悔しがっていました。
エルフの姫君が本当にお作りになったというなら、私もぜひ、ひとつ頂いてみたいものです。
3万ゴールドというのは、かなり痛い出費ですが……
しばらくすると5匹の飛竜が、天空に雄大な姿を見せました。
馬車の客室のような大型の箱を、4匹の飛竜がそれぞれロープで吊り下げて運んでいます。
もう1匹の飛竜は、仲間を先導しています。どうやら飛行型モンスターが襲ってこないか、周囲を警戒にしているようです。
「本当に飛竜がやってくるとは……」
私たちは、衝撃に言葉を失いました。
周りの人々は待ってましたと、歓声を上げます。
「はーい! みなさん! 温泉宿の女将クズハですの! 一列に並んで乗車してくださいの!」
飛竜に乗っていた少女が飛び降りて、元気良く告げました。狐耳とモフモフの尻尾を持つ、かわいらしい獣人です。
「温泉宿の女将? こんな小さな娘が宿を経営しているというのですか?」
私は首を捻りました。
「むっー! そこの人、クズハはこう見えても年齢は2000歳を軽く突破していますの! 人を見た目で判断しないでくださいの!」
「こ、これは失礼しましたレディ」
私は慌てて頭を下げました。獣人は見た目と年齢が一致しない種族です。
さすがに2000歳というのは冗談でしょうが、騎士としてレディに対する気遣いを欠いていたと反省します。
「お兄さんたちは、冒険者ですのよね? それなら、うれしいお知らせがありますの!
クズハの温泉は、ついに1日の利用者数が300人を突破! 全ステータスの上昇効果が3倍になりましたのよ!」
バンザイして喜ぶクズハという少女に、私は卒倒しそうになりました。
「それは誠でありましょうか?」
「もちろんですの! クズハはお客さんに嘘をついたりしませんの。
これで魔王のダンジョンの探索がより安全にできるようになりましたの。
お兄さんたちも『世界最速レベルアップ』したくて、シレジアに来たのではありませんの?
今まではCランク以下の冒険者さんは、ダンジョンへの入場お断りでしたが、温泉に浸かっていただければ、こちらも解禁ですの!」
「は、はあっ。街で耳にした時は、ステータスの上昇効果は2倍だと……」
初めて聞いた時も、冗談みたいな効果だと腰を抜かしました。
それをさらに上回るとなると……
「くふふふっ! クズハの温泉はお客さんが集まれば集まるほど、進化しますのよ。
今度は利用者1日1000人突破で、ステータスの上昇効果が3.5倍になりますの!」
何というか開いた口が塞がりませんでした。
いったいアルト殿の領地では、何が起こっているのでしょうか?
私は部下たちと一緒に、恐る恐る飛竜の空中送迎サービスの客室に乗り込みました。
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