41話。【ダークエルフSIDE】魔王の巫女
王座に腰掛けたダークエルフの王ゲオルグは、部下からの報告に歯軋りした。
「ナウムの族長が討たれ。生け贄として捕らえていた娘たちを全員、奪われただと? 大失態ではないか……!」
王の怒りに、その場に居並んだダークエルフたちは、震え上がっている。
唯一、平然としているのはダークエルフの上位種へと進化した3人の族長たちだけだった。
「ゲオルグ陛下、ヤツめは独断専行が過ぎておりました。効率を重視してアルト村の近くに拠点を移し、村を訪れた者を拉致していたのです。いずれこのような目に合っていたでしょう」
「左様。ヤツめは、さらなる力を手に入れようと躍起になっておりましたからな。
やがて我が君に取って代わろうなどと、よからぬ野心を燃やしていたに違いありませぬ。
むしろ、死んでくれてよかったかと」
「それに……くっくっく。ヤツは我ら五部族長の中でも最弱。人間ごときに敗れるとは、ダークエルフのとんだ面汚しよ」
「まったく。魔王様から力を下賜される器では、無かったということですな」
ダークエルフたちは5つの部族から成り立っている。
族長たちは、それぞれの部族の首長だ。他の族長は仲間であると同時に、自分の部族の利益を奪うライバルだった。
ナウムの族長が倒れたことは、他の族長たちにとっては、喜ばしいことでもあった。
その分、自分の部族が優位に立てると思って、彼らは愚かしくもほくそ笑んでいるのだ。
「魔王ベルフェゴール様から絶大な力を授けられたハイ・ダークエルフが、倒さたのだぞ! 笑っている場合か!?
シレジアの領主アルト・オースティンは、神竜バハムートを召喚したという信じがたい報告があったが……事実であったか!」
ゲオルグは、込み上げてくる怒りに我を忘れそうになる。
族長たちは倒されたナウムの族長を格下と見ているが、ゲオルグに言わせれば彼らの実力に大差はない。
「しかも、アルトは魔王様のダンジョンに大量の冒険者を送り込んでおる!
聞けばアルト村には、浸かるだけで全能力値を2倍にする神がかった温泉があるとか……本来なら魔王様の寝所に入り込んだ愚か者は、すべからく魔王様への供物となり果てるハズだが。
冒険者どもの良いレベルアップと、財産稼ぎの場所となっておる! こんなことは許されない!」
魔王のダンジョンとは恐怖の象徴であるハズなのだが、今では『世界最速でレベルアップできるダンジョン』などと呼ばれだしていた。
ゲオルグや族長が出撃すれば冒険者たちを蹴散らせるが、そうそう手が回らない。
「アルトは元王宮テイマーであり、飛竜やサンダーライオンなどの強力なモンスターを多数、従えているとの報告もございます」
ゲオルグは頭痛を覚えた。
「だとしたらヤツは、最強のテイマーであると同時に、究極の召喚士だ。ナウムの族長を倒したこといい、その実力は本物と見るべきだ」
個人的武勇だけでなく、アルトは単なる辺境の領主とは、とうてい思えない戦力を備えている。
エルフ王国の残党だけでなく、Sランク級の冒険者を複数、配下に加えているという報告もあった。
生け贄の娘たちを捕らえていた地下牢を、どうやって探り当てたのかも気になる。
「ここのままにはしておけん。エルフの王女ティオを手に入れるためにも、我らの総力をあげて叩き潰さねばならん!」
「さすがは、我が君でございます」
賛同の声を上げたのは、たった今、王座の間にやってきた最後の族長イリーナだった。
腰まで届く銀髪、赤い瞳。年の頃、15歳くらいの儚げな美少女だ。ダークエルフは褐色の肌が特徴だが、この娘は白い肌をしていた。
エルフの血が混じっているためだ。
「『白混じりのイリーナ』今頃、遅れてやって来おって……」
他の族長たちが、苦々しい視線を向ける。
イリーナは、それを涼しげに受け流した。
「まずはご報告を。魔王ベルフェゴール様の依り代にふさわしき人間を見つけましたわ」
「なに? まさかご託宣があったのか!?」
「はい。魔王様より、お言葉を賜りました。魔王様のご寝所に、偶然その者が近づいて来たと……」
イリーナは封印された魔王と唯一、対話することができる巫女だった。
どよめきがダークエルフたちから湧き上がった。
「その者とは?」
「シレジアの領主アルト・オースティンの弟ナマケルです。
かの者の歪んだ怠惰の精神は、魔王様の極上の糧となりましょう」
「アルトの弟だと? それはまた何という偶然か……」
優秀な兄とは比べモノにならない、駄目な弟のようだ。
魔王の依り代となる人間とは、業が深い者でなければならない。
「私はこれよりナマケルに接触いたします。かの者は、兄アルトに異常なコンプレックスを抱いているようです。
そこを刺激してやれば、簡単に操り人形にできると思いますわ。できれば自発的に依り代になってもらえた方が、めんどうがありません」
「なるほど。では依り代の確保は、お前に任せる」
「はっ」
ゲオルグの命令に、イリーナはうやうやしく頷いた。
「くうっ……おのれ。魔王様の巫女だからと調子に乗りおって」
他の族長が、吐き捨てるかのように呟く。
イリーナもまた上位種へと進化した存在であり、『魔王の巫女』としてダークエルフの中で王に次ぐ地位にあった。
族長たちにとって『白混じり』が自分たちの上に立つなど、腹立たしいことこの上ないようだった。
ゲオルグは、イリーナが使える配下であるなら、エルフの混血児だろうと何だろうと構わない。
魔王ベルフェゴールを復活させ、その庇護の元で、ダークエルフの王として絶大な権勢が振るえれば、それで良いのだ。
「我が君は、その間にアルトを倒し、エルフの王女ティオの身柄を確保していただけないでしょうか?
アルトの元に、有能な者たちが集まりつつあるようです。これ以上、かの者に力をつけさせるのは得策ではありませんわ。
我らが総勢3万の兵力をすべて動員して、決着をつけましょう」
「良かろう」
ゲオルグは二つ返事で頷いた。
ダークエルフは魔王のダンジョンに生息する凶悪なモンスターたちをテイムしている。
本来なら、テイマーレベル的に無理であるが、魔王に生け贄を捧げ、その加護を得たおかげだ。
数で押し切れば、どうとでもなるだろう。
◇
この時、ゲオルグはまだ気付いていなかった。
アルトを慕って、王国の王宮で飼われていたモンスターたち。近隣諸国から最強と恐れられる『獣魔旅団』が、アルト村に押し寄せてきていることを……
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