3章。ダークエルフとの対決編
40話。【弟SIDE】王宮のモンスターたちが暴走。アルトの元に向かう
やっとの思いで、辺境から帰ってきたナマケルが、自室でくつろごうとした時。ついに恐れていた悪夢が現実となった。
「た、大変でございます! 今、王宮より知らせが届きまして……王宮のモンスターたちが暴走しているそうです!」
執事がノックもせずに部屋に飛び込んで来る。
「なんだとっ!?」
ナマケルは頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
「アンナ王女殿下から、すぐに王宮に来るようにとのお達しです。来なければ、ナマケル様を公開処刑にすると!」
王宮に行ったところで、ナマケルにできることは何もない。
いっそ逃げようかと思ったが、逃げ道も塞がれた。
「ちくしょおおおっ! あのクソ王女! オースティン伯爵家が、今までどれだけ王国に貢献してきたと思っていやがるんだよ! 公開処刑だと!?」
頭を抱えながらも、ナマケルは馬車を用意するように執事に言いつけた。
◇
「ああっ! アルト様が……我らが王宮テイマー、アルト様がやってこられたぞ! 助かったあ!」
ナマケルの顔を見た衛兵が、喜びの声を上げた。
衛兵たちは城門前で、巨大スライムにのしかかられて、身動きができなくなっていた。
「アルト様! お助け下さい! この事態をなんとかできるのは、あなた様をおいて他におりません!
クソォオオ! あの無能のナマケルが、アルト様を追放なんてするから!」
「誰が兄貴だぁ! オレっちはナマケル様だぞ!」
顔が同じために、アルトと間違えられたナマケルは怒鳴り返した。
「なっ!? この事態を招いたアホの弟の方かよ!」
衛兵たちは、激しく落胆する。
門をくぐったナマケルは、血の気の引く思いとなった。
王宮に到着したは良いが、どこもかしこも手がつけられない状態になっていた。
「きゃぁあああああ──っ!?」
メイドたちが猫型モンスター、トラトラキャットに追いかけ回されて悲鳴を上げている。
貴族の男性が熊型モンスター、スモウベアーに襲われて、無理やり相撲を取らされている。
「ああっ、やめてくれ! それは姫様が大事にされている花壇……っ!」
うさぎ型モンスター、ビックラビットの群れが、花壇の花々をムシャムシャ食べていた。
「クソっ、やべぇな……」
王宮のロビーに入ると、飾られた国王夫妻の肖像画に猿型モンスター、モンキッキーが落書きをしていた。
王家を完全にコケにした所業だった。
鎮圧に当たったと思われる兵士たちが、そこらじゅうに倒れている。
壮麗な王宮が荒らされ放題で、花瓶などの調度品や窓が割られ、壁に穴が開いていた。
もうムチャクチャである。
「ナマケル殿! 王宮テイマーなら、なんとかして下され!」
「あなたが、まともに仕事をしないから、こんな事態に!」
右往左往する人々は、口々にナマケルをののしった。
「うるせぇえ! って……こ、こいつはもう弁償できる被害じゃねぇ……」
ナマケルは自分へのダメージを減らす方法を必死に考える。
一番良いのは部下に責任を押し付けることだ。
「そうだオレっちは悪くない! 全部、モンスターの世話をしきれなかった下っ端のテイマーと世話係どもが悪いんだ!」
王宮テイマーは多種多様なモンスターの状態を把握し、適切なケアや世話の指示をするのが役目だ。
ナマケルはしっかり指示を出していたが、部下が無能で対応できなかったことにすれば、傷は多少なりとも浅くなる。
とにかく部下たちを見つけ出して、口裏を合わせなければならない。部下とは失敗の責任を取らせるために存在しているのだ。
しかし、そこでナマケルは気づいた。
(あれっ? オレっちの部下の顔と名前がわからねぇぞ……)
まったく王宮テイマーの仕事をしてこなかったためだ。
血筋にあぐらをかいて、怠惰に過ごして来たツケが、一気に回ってきた。
「はぅああああっ!? やめろ、キサマら命令を聞け!」
王宮内を駆け回っていると、ナマケルの父の悲痛な声が響いた。
見れば父がゴリラ型モンスター、ベースボールゴリラの群れに捕まり、キャッチボールの球にされていた。
父の身体がゴリラの間で、空中を行ったり来たりしている。
これにはナマケルもあ然とした。
ベースボールゴリラは、野球を趣味とする変わった性質を持つ。しかも、彼らは人間をボールに見立てて遊ぶ、危険極まりないモンスターだった。
一度野球を始めた彼らを止めることは、上位テイマーでも難しい。
「巨乳メイドハーレムを作って暮らす、ワシの夢がぁあああっ!?」
「ホームラン、うほ!」
父はバットを持ったゴリラに、かっ飛ばされて庭園の池に落ちた。
「オースティン卿がやられたぞ!」
「駄目だ! 元王宮テイマーのあの人がどうにかできないなら、もうどうにもできん!」
「オースティン卿、しっかり! か、完全に気絶している!?」
ナマケルの父は、兵士に助け出されていたが、もう戦力としては期待できそうになかった。
「うほ! うほ!」
ベースボールゴリラが、手を叩いて喜んでいる。
標的にされる前に、ナマケルは逃げ出すことにした。
「近衛騎士団は!? 宮廷魔導師団は何をやっているか!」
「近衛騎士団はすでに全員ノックアウトされています! 宮廷魔導師団は、城内で魔法を使うと城に損害が出るが良いかと……」
対応に追われる武官たちの怒声が響く。
まさか近衛騎士団が、すでに負けてしまっているとは……
王宮のモンスターたちは、王国最強の独立遊撃隊『獣魔旅団』と呼ばれている。その力は、すさまじかった。
だが、不思議なことに、モンスターたちは人間に致命的な怪我を負わせたりはしていなかった。
じゃれて遊んで、ストレスを発散させているようだった。
「くううううっ……! これは人間を傷つけるなというアルト殿の教育が行き届いていたおかげね。不幸中の幸いだわ」
アンナ王女が触手モンスターに両手両足を拘束されて、うめいていた。ドレスが破れて、あられもない姿になっている。
彼女の周りには、護衛の騎士たちが倒れていた。
「ああっ! お、王女殿下っ!?」
ヤバい場面に出くわした。
ナマケルは王女に怒られないうちに、その場を離れようとした。
だが、伸びた触手に絡め取られて身体の自由を奪われた。
「げぇ!? なんだこりゃ、気持ち悪りぃ!」
「ナマケル! ホントに役立たずな男ね! なんとかできないの!?」
「無理ッス! こいつらアルトの兄貴に訓練されて、野生種よりもずっと強くなってやがりますからね。
並のテイマーじゃ、言うことを聞かせるのは……」
「他人事みたいに言わないで頂戴! あなたの責任でしょ!? 市中引き回しの上で公開処刑にされたいのかしら!?」
「そ、それだけはご勘弁を!」
アンナ王女に氷のような目を向けられて、ナマケルは危うく失禁しそうになった。
「こんなことなら、あなたをさっさと更迭して、アルト殿を無理にでもシレジアから呼び戻せば良かったわ!
あなたなんかにチャンスを与えたのが、間違いだったのよ!」
アンナ王女が憤激に身を震わせた時だった。
「アルト、シレジアにいる! アルト、シレジアにいる! 向かえ、シレジアに!」
人語がしゃべれるオウム型モンスターが、城内を飛び回って叫んだ。
すると好き勝手に暴れていたモンスターたちが、ピタリと動きを止めた。
「な、何……っ?」
アンナ王女を触手で締め付けていたモンスターも、興味を失ったように彼女を解放した。
アンナ王女が、怪訝な面持ちになる。
そのまま、すべてのモンスターたちが、怒涛の勢いで城内から立ち去って行った。
ドドドドドドッ!
アンナ王女と、ナマケルはそれを呆然と見送った。
後には、さんざんに荒らされ汚れきった王宮が残った。
目もくらむほどの美しさを誇った王宮は、もはや見る影もなかった。
「……ナマケル殿。王宮の修繕費、及び人的被害の補償は、すべてあなたに請求させていただきますわね。
私財のすべてを投げ売って、身売りしてでも、この不始末の責任はとっていただきますわ。
公開処刑にするなどと言いましたが。ごめんなさい、撤回いたします。そう簡単に死ねるとは思わないことね」
アンナ王女が、底冷えするような酷薄な目で告げた。
ナマケルにとって、これはさらなる地獄の入り口に過ぎなかったのである。
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