37話。進化したダークエルフ

「うん? ひさしぶりだな、とは……マスターお知り合いですか?」


 鍛冶の女神ヴェルンドが小首を傾げる。


「うおっ! な、なんだ、その水着みたいな服を着た、うらやまけしからん娘は!?

 い、いや、この美しさ……

 ク、クハハハッ。こやつもまた魔王ベルフェゴール様の生け贄にふさわしい!」


 ダークエルフの族長の身体が、内側から大きく膨れ上がった。

 筋肉が盛り上がり、額から角のような物が生えて体格が2倍近くになる。


 僕は驚きに息を呑んだ。


「どうなっている!?」


 僕はモンスターや魔族についての知識は、人一倍あると自負している。

 子どもの頃は、実家の魔物図鑑を片っ端しから読んで、日がな一日過ごしていた。


 だが、変身した族長の姿は、僕が知るどんな魔物にも該当しなかった。そもそもダークエルフにこんな能力はないハズだ。


「ハーッハッハッハ! これぞ魔王様に娘たちを生け贄に捧げることによって得た力。

 この俺はハイ・ダークエルフに進化したのだ!」


 族長が右手を掲げると、あたりの床が一気に凍結した。牢獄に囚われた娘たちが、凍傷を負って悲鳴を上げる。


「【氷槍(アイスジャベリン)】!」


 凍えた床から、何十本もの氷の槍が僕に向かって伸びた。


「【神炎】!」


 僕は【神炎】のスキルで、それらをまとめて破壊する。

 一瞬でも遅れていたら、抱えたリリーナごと串刺しにされていただろう。


「ア、アルト様! いつの間にこんなスゴイ魔法を!?」


 リリーナが驚きに目を瞬く。


「ほぅ! ギリギリ防いだか。そうでなくては、おもしろくない。あの時の屈辱、晴らさせてもらうぞ!」


「ヴェルンド、リリーナを頼む!」


「了解です」


 リリーナをヴェルンドに預けて、僕は族長に向かって突進した。

 同時にクズハのスキル【薬効の湯けむり】で、僕たちの全ステータスを2倍に引き上げる。


「ぉおおおおおお──っ!」


 この狭い地下室では、巨大なバハムートや巨神兵を召喚しては戦えない。僕自身の力でケリをつける必要がある。


 なによりヤツに魔法を使うスキを与えてはダメだ。

 下手をすれば今のように、捕らわれた女の子たちに危害が及ぶ。彼女たちの身も守らねばならない。


 僕はヴェルンドの鍛えた剣を、族長の胴体に叩き込んだ。

 だが、それは硬い手応えと共に跳ね返される。


「なにぃっ!?」


「ぬぅっ。この俺に痛みを与えるとは、信じがたい剣と力だが、残念だったな!

 進化した俺の肉体は、究極の金属『神鉄(アダマンタイト)』並みの強度となっているのだ!」


 族長が猛烈な勢いで、槍を突いてくる。

 僕はそれを剣でガードしたが、大きく弾き飛ばされた。


「ぐぅううううっ!?」


 壁に叩きつけられ、一瞬、意識が飛んだ。

 族長は肉体の強度だけでなく、パワーも尋常でないレベルまでアップしている。


「アルト様ぁ!?」


 リリーナが悲痛な声を上げた。 


「クハハハハッ! 何人ものエルフや人間の娘を生け贄に捧げてきたかいがあったな。すばらしい力だ!

 俺は古竜にも匹敵する戦闘能力を手に入れたぞ!」


 この部屋に入って気づいたが、ここにはいくつもの拷問器具が並んでいた。


 この男はきっとこれで、罪も無い女の子たちを痛めつけて、魔王への生け贄に捧げてきたのだろう。


 リリーナも僕の到着が遅れていたら、何をされていたかわからない。

 こいつは、ここで必ず倒さねばならない。


 僕は痛みをこらえて、歯を食いしばって立ち上がった。


「クハハハハッ! 良いことを教えてやろう。

 我らダークエルフの王は、この俺をも含めて、すでに6人ものハイ・ダークエルフを誕生させている。

 この力があればエルフの王女を手に入れるなど、造作もないことだ!

 我らに逆らった、お前の村も滅ぼしてくれるわぁ!」


 族長は尊大な笑い声を上げた。

  

「マスター。私の力を!」


「ああっ。使わせてもらうぞ【神剣の工房】!」


 鍛冶の女神ヴェルンドから継承したスキル【神剣の工房】を発動させる。これは指定した武器の攻撃力を5倍にアップするスキルだ。

 僕はこれで手にした鉄の剣を強化した。


 剣が赤い輝きに覆われ、刀身が熱を帯びる。


「【神剣の工房】は、この世の始まりの炎で武器を鍛える。我が工房より生まれ出た剣に断てぬモノ無し!」


「ふんっ! こけおどしを。始まりの炎だと?」


 族長が鼻で笑って、槍を振るってきた。


「俺はもっともっと力を手に入れるのだ!

 やがてダークエルフの王の座さえ、掴み取ってみせる! 貴様はここで消えろ!」


「はぁあああああ──ッ!」


 ヤツの槍と僕の剣が真っ向から激突した。爆ぜる火花の明滅。


「なにぃいいっ!? バカなぁっ!? 竜の牙より作られし魔槍が!」


 族長の槍が、真っ二つになって宙を舞う。


「終わりだぁああっ!」


 僕は渾身の斬撃を族長に叩き込んだ。

 神の力を宿した剣は、その身体をあっさりと断ち切る。


「お見事です。マスター!」


「あっ、アルト様。まさか、こ、こんなにお強くなっておられるなんて……っ!」


 リリーナが感激の涙を流し、僕に抱き着いてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る