32話。【弟SIDE】ナマケル、兄の威を借りて窮地を脱しようとする

 ナマケルはゴブリンたちによって、武器も防具も装飾品もすべて奪われた。


「ちくしょおおお……! 兄貴がゴブリンどもまで従えているって話は、ホントだったのかよ!」


 パンツ一丁の情けない姿で、ナマケルは叫んだ。


「よせ! やめろ! オレっちを離せぇええ!」


 ナマケルは縄でグルグル巻きに拘束される。そのままゴブリンたちに担がれ、樹海の外に叩き出された。


「げはっ!」


 ポイッとナマケルは、ゴミのように地面に投げ出される。

 帰ろうとするゴブリンをナマケルは必死に呼び止めた。


「おい、オレっちを置いていくな! モンスターに喰われちまったら、どう責任を取るんだ!」


「エルンストさんを殺そうとしておいて、よく言うゴブ」


 呆れたような答えが返ってきた。

 

(ヤバい……このままだとマジで死ぬ!)


 これだけは言うまいかと思っていたが、ナマケルは破れかぶれで叫んだ。


「オレっちはアルト・オースティンの弟だぞ!」


 兄の威を借りることは、兄の力を認めるということ。ナマケルにとっては、屈辱以外の何物でもなかった。

 ナマケルは激しく歯切りした。


「どうするゴブ?」


 ゴブリンたちは、足を止めて顔を見合わせる。


「コイツ、ご主人様の弟らしいぞゴブ」


「顔は似ているゴブが。こんな弱っちくて情けないヤツがアルト様の弟、ゴブか?」


「モンスターに喰われるって。自分の身も守れないヤツが、魔王のダンジョンに入ろうとするなんて頭がおかしいゴブ」


「ご主人様は実家から追放されたというし。弟と言っても関係無いじゃないかゴブ?」


「ご主人様を追放するようなヤツは、どうなっても知らんゴブ」


「でも見殺しにして、後で問題になっても困るゴブ」


「じゃあ、近くの街まで連れて行くか? ゴブ」


「多数決を取るゴブ!」


 ゴブリンたちは、なにやらワイワイ話し合いをはじめた。

 やがて結論が出たのか、ナマケルに向き直った。


「特別に近くの街まで連れて行ってやるゴブ。アルト様に感謝するゴブ」


「はん! お前らクズどもが、オレっちを助けるのは当然だぜ」


「……やっぱり助けるのはやめるゴブ。大人しく、モンスターの餌になれゴブ」


 冷たく突き放した口調で言うと、ゴブリンたちは回れ右した。


「ま、待ったぁ! 今のは冗談だっつうの!」


「笑えない冗談ゴブ」


「お前、笑いのセンス無いゴブ」


 ゴブリンたちから貶されたが、ナマケルは懸念に愛想笑いを浮かべて、機嫌を取ろうとする。

 ここで見捨てられたら、死は確定だ。


「次に舐めたことを言ったら、ご主人様の弟でもブチのめすゴブ。わかったかゴブ?」


「は、はいっ!」


 ナマケルは必死に頭を下げた。



「これはアルト様の使いのゴブリン殿たちではありませんか?」


 近くの街に到着すると、守備兵たちがゴブリンを丁重に迎えた。


「して、その者は? うん、もしや……」


 守備隊長が、ナマケルの顔をマジマジと見つめる。


「アルト様の定めた法を破って、許可無く魔王のダンジョンに入ろうとした愚か者だゴブ」


「オレっちは、王宮テイマーのナマケル・オースティン様だぞ!」


 ようやく自分の権力が通用する場所にやってこられて、ナマケルは尊大に言い放った。


「オレっちにふさわしい豪勢な服と食事を用意しろ! それから酒と女だ! このゴブリンどもはオレっちに無礼を働いたゴミどもだ、今すぐ殺せ!」


「コイツは、ご主人様を辺境に追放したバカの弟だゴブ」


「ああっ、なるほど……」


 ゴブリンの言葉に、守備隊長は蔑んだ目をナマケルに向けた。


「残念ですが、ナマケル様。シレジアの法を破った犯罪者を丁重に扱うことは、できません」


「はっ!? なんだとっ!?」


 予想外の言葉に、ナマケルは耳を疑った。


「この街はモンスターに襲われていたところを、シレジアの領主アルト様に助けていただきました。

 アルト様は魔王ベルフェゴールの復活を阻止するために、魔王のダンジョンを厳重に管理するとのことです。

 我らもこれに賛同し、協力する所存なのですよ」


 守備隊長は、ナマケルの要求を平然と突っぱねる。


「服と食事はご用意いたしますが、それ以上の要求についてはお断りします。おい、作業着を貸してやれ」


「はっ」

 

 ナマケルは、あ然とした。

 兵が差し出した薄汚れた服を見て、怒りが爆発する。


「伯爵であるオレっちの命令を無視するってのか!?

 なんだ、このボロ服は! こんな物を着ろって言うのか!? お前、死刑にされたいのか!?」


「今すぐ用意できる服はこれだけです。

 それに、このゴブリン殿らはアルト様の配下。彼らを殺せなどという命令には、とても従えません。

 我らはこの街の英雄アルト様に、大きな恩義を感じております。

 不服とあらば。私を死刑にしたいとおっしゃるなら、どうぞ王宮に掛け合ってください」


 例え王宮に話を持っていっても、第一王位継承者のアンナ王女は、アルトを婚約者候補に考えるほどの期待を寄せている。


 ナマケルはアルトの定めた領内法を破り、アルトの配下を殺せと命じたのだ。

 とてもナマケルの主張の正統性が認められるとは思えなかった。


「よう。また会ったな伯爵様よ」


 その時、冒険者風の男たちがやって来て、ナマケルを取り囲んだ。


「なんだお前ら……って、まさか!?」


 彼らの顔には見覚えがあった。王都の冒険者ギルドの前で、ナマケルをボコボコにした冒険者たちだ。


 確か侍女のリリーナが、ヤツらは王都から出て行ったと言っていた。こんなところにいたのか。


「あんたとケンカして、王都に居られなくなちまったから、辺境までやって来たんだが。あんたも懲りねえな。まさに害虫って感じだぜ」


「俺たちは、お前みたいな威張りくさった貴族様が大嫌いでよ。また、ボコらせてもらうぜ」


 冒険者たちは、拳をボキボキと鳴らした。


「ま、待て! オレっちは、この街の英雄アルト・オースティンの弟……っ!」


「それしか自慢することがねーのかよ!」


 冒険者たちは、一斉にナマケルをボコボコにした。


「ごばぁっ!」


 数分後……

 地面に倒れ伏したナマケルが、身体をピクピクと痙攣させていた。



 ナマケルは町長のはからいで馬車を用意されて、王都に戻ることになった。

 ナマケルは今回も、何の成果も得られなかった。


 そして、いよいよタイムリミットの時が……

 テイムの切れた王宮のモンスターたちが、暴れ出すその日が間近に迫って来ていたのである。

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