31話。【弟SIDE】ナマケル、かつてパワハラした冒険者にボコボコにされる

 ナマケルは禍々しいオーラを発するダンジョンの入り口を見て、生唾を飲み込んだ。


「へっ! こっ、ここが魔王ベルフェゴールが眠るダンジョンかよ。やっぱヤバそうだな…」


 彼は宮廷魔導師の大魔法【空間転移】によって、この地までワープしてきていた。


 シレジアで魔王のダンジョンが発見されたこと。そこには、凶悪なモンスターがひしめいており、魔竜などの上位ドラゴンも生息していると聞いたのだ。


 魔竜をテイムできれば、ゴミを見るかのような目を向けてきたアンナ王女を見返すことができる。

 王宮テイマーの地位も守れるだろう。


 その時、ふとナマケルはダンジョンから自分を呼ぶ声が聞こえた気がして、ギクリとした。


 背中に冷たい汗が流れる。


「クククッ、ご安心。ナマケル様、我ら闇鴉(やみがらす)が、お守りします故……!」


 ナマケルの背後には、黒いローブを頭からすっぽり被った不気味な男たちが付き従っていた。


 王国に昔から巣食っている最強の暗殺組織『闇鴉』の連中である。

 ナマケルが大金を叩いて護衛に雇ったのだ。


「グランドマスター! この魔王のダンジョンは推定危険度Sランク以上……

 やはり全ステータスを2倍にするというアルト村の温泉に浸かった方が良いのでは?」


 魔王のダンジョンを目の当たりにして、怖気づいた男が進言した。

 その瞬間、男は目を見開いて倒れる。


 グランドマスターと呼ばれたリーダー格の男が静かに動き、配下の首に針のようなモノを突き刺したのだ。


「アルト村を拠点には使わない。そういう契約だと、何度も説明しましたでしょう?

 クラアントの信頼を損なうようなことを言うバカは、部下には必要ありませんね」


「はっ……!」


 他の男たちは、恐怖に一斉に頭を下げる。


 恐怖をさらなる恐怖で塗り潰して従わせる。それがこの暗殺組織のやり方だった。


「わかってんじゃねぇか。大金を積んだかいがあったぜ。そうだ。アルトの兄貴の世話になるなんざ、オレっちは死んでもごめんなんだ!

 魔竜をテイムして、オレっちこそオースティンの当主にふさわしいと証明するんだ!」


「クククッ、ご安心を。例え、どのようなモンスターが現れようと、瞬殺してご覧に入れます。ナマケル様は、ドラゴンのテイムに集中ください」

 

 安心したナマケルは、上機嫌で魔王のダンジョンに足を踏み入れようとした。

 さきほどの不気味な声は聴こえなくなっていた。


「ところでよ、さっき変な声がしなかっか?」


「はて? 声っ?」


 グランドマスターが首をひねったその時……


「待たれよ。失礼だが、あなた方は、ご領主殿にダンジョン探索許可をいただいて、おられるか?」


 ふいに声をかけて来る者がいた。


「おまえは……あの役立たずの魔剣士エルンスト!」


 茂みから現れたのは、かつてナマケルが神竜バハムートをテイムするために雇ったSランク冒険者パーティのリーダーだった。


 権力を使って仕事を干してやったハズだったが、こんなところにいたのか。


「これはまさか、伯爵閣下でありましたか」


 エルンストも驚いたようで、眉間にシワを寄せる。


「おまえらが冒険者ギルドにオレっちの苦情を言い立てたせいで、オレっちは冒険者ギルドを出禁になったんだぞ!

 おかげで、苦労するはめになっただろうが!」


「それは伯爵閣下の自業自得というものです。冒険者ギルドは、立場の弱い冒険者を不当に扱うことを許しておりません。

 特に私の妹の身体にむやみに触れようとしたことは、許しがたいことです」


 エルンストの身体から、怒気が立ち昇った。


「はっ! ちょっと、かわいがってやろうとしただけじゃねぇか!? そういや、あのリーンって娘もいっしょにいるのか?

 あの娘を差し出せば、今、この場でお前の命だけは助けてやってもイイぜ! ギャハハハッ!」


 ナマケルは美少女リーンのことを思い出して、舌舐めずりした。

 最強の暗殺者集団を率いたことで、ナマケルは気が大きくなっていた。


「残念ですが伯爵閣下。リーンは大事な妹。あなたのようなゲスにくれてやるわけにはまいりませんな。

 それにリーンは今、アルト様に従者としてお仕えしています。

 兄君に逆らうおつもりですか?」


「なんだと!? そうかお前ら兄妹は、 今、兄貴に雇われているのか!?」


「雇われているのではありません。アルト様に忠誠を誓っているのです。

 さて、魔王のダンジョンに許可なく入ろうとした者は、ひとり罰金5万ゴールド。さらにシレジアの外への強制退場。これがアルト様が新たに定められた法です。

 従っていただきましょうか?」


 エルンストが凄みのある目で、ナマケルを睨んだ。


「バカが! 誰が兄貴の作ったド田舎領地の法なんかに従うもんかよ! おい、闇鴉。コイツを血祭りにあげろ!」


「クククッ、かの有名なSランク冒険者、魔剣士エルンストですか。これは楽しめそうですね」


 グランドマスターが手を上げると、エルンストを包囲した暗殺者たちが、一斉に襲いかかった。

 風のような素早い動きだ。

 

 エルンストの手が腰の剣に伸びた。

 その瞬間。銀光が閃き、暗殺者たちは全員その場に崩れ落ちた。


「バ、バカな!? この我が見えなかっただと!?」


 グランドマスターが愕然としている。


「私の全ステータスは、クズハ殿の温泉バフによって、2倍にアップしているのでな。例え魔竜であっても、今の私の敵ではない」


「お、おい。グランドマスター、勝てるんだろうな!?」


 ナマケルは心配になって尋ねた。


「き、きぇええっ!」


 グランドマスターは奇声を発すると、ナマケルの胸倉を掴んだ。

 ナマケルは声を上げる暇も無く、エルンストに向かって投げつけられる。エルンストは、それをひょいとかわした。


「ぐぇっ!?」


 ナマケルは木に顔面から激突して、鼻血がブッシャーと吹き出す。


 グランドマスターは脇目も振らずに逃げ出していった。


「……疾風剣!」


 エルンストが剣を振り下ろすと、発生した衝撃波がグランドマスターの背中を貫いた。

 グランドマスターは、悲鳴を上げてぶっ倒れる。


 なんと、数秒もしないうちにエルンストは、闇鴉を全滅させてしまった。


「それにしても伯爵閣下。【ドラゴン・テイマー】のスキルを得たと言いながら。未だにドラゴンを一匹も連れておられないのですね」


 剣を収めたエルンストが、哀れみの視線をナマケルに向けてきた。


「い、いてぇ……! そ、それがどうした!? 

 ドラゴンなんて、そう簡単に見つからねぇんだから仕方がねぇんだよ! 何か文句でもあんのか!?」


「左様でありますか。アルト様はすでに飛竜を5匹もテイムしてしまっておりますが」


「あ、兄貴が飛竜をすでに5匹も!?」


 飛竜は下位の竜族とはいえは、テイムするのは至難の技だ。

 それを成し遂げてしまったというのか?


「くそう! くそう! オレっちは究極のテイマー【ドラゴン・テイマー】! 本当は兄貴よりずっと格上なんだぞ!」


 エルンストが邪魔しなければ、魔竜をテイムして、アルトより優秀であることを証明できたのだ。


「なんと無様な……」


 エルンストは深いため息を吐いた。


「さて、伯爵閣下。しめて50万ゴールドの罰金を払っていただきましょうか?

 持ち合わせがないようでしたら、そうですね。その高価そうな服と装飾品をすべてお渡ししていただきましょうか?」


「こ、こんな樹海の中で裸になれって言うのか!?」


 こんな場所で身ぐるみ剥がされたら、モンスターの格好の餌になってしまう。

 ナマケルは恐怖に後ずさった。

 

「なに、ご安心を。樹海の外まで、丁重に叩き出して差し上げますので。

 いただいたお金は、アルト様がガチャの課金に使うのです。兄君のお役に立てるのですから、伯爵閣下としても本望でしょう?」


「ひぃいいい! やめろぉおおお!」


 いつの間にか、エルンストの背後にゴブリンたちが付き従うように現れていた。

 ゴブリンたちはナマケルに、一斉に襲いかかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る