29話。クズハの温泉宿経営計画

次の日──


 僕は朝風呂を浴びて、牛乳を飲むという最高に贅沢な時間を過ごしていた。


 クズハの温泉宿が営業を開始したんで、お客に混じって、そのサービスを堪能しているんだ。


 領主として、ずっと気を張り詰めてばかりでは疲れてしまう。

 ここでは、王都のように時間に追われることもない。たまにはスローライフを楽しまなくちゃな。


 宿はすでに多数の冒険者で賑わっている。


「リーンちゃん! ソフトクリームひとつ!」


「は、はい。ただいま!」


「きゃぁああ、コレコレ! まさに極上の味だわ!」


「お、おい、めちゃくちゃ可愛いエルフの女の子が働いてるんだけど……どうなってんだよ。この店?」


「『エルフのお姫様の手作りソフトクリーム』って……えっ、マジかよ」


 僕たちが開発したソフトクリームも飛ぶように売れている。


 特に女性冒険者からの支持がすさまじく、宿内に設けた売り場では、行列ができていた。


 売り場では、リーンとティオが接客とソフトクリーム作りをこなしている。


 もっともイヌイヌ族のように、ソフトクリームに高額な値段はつけておらず、湯上がりに手軽に食べられるようにした。


「師匠! モンスターの餌やり終わったス!」


 僕の元に報告に来た若者は、シロのご主人様だったテイマーだ。

 彼は僕を師匠と呼んで慕い、アルト村に移住して来ていた。


「お疲れ。じゃあ、温泉で休んで良いよ。また夕方になったら、餌やりと掃除を頼む」


「マジッすか! めっちゃホワイトな職場でありがてぇっす!」


 若者は顔を輝かせた。

 彼はモンスターの世話係だが、四六時中、モンスターに張り付いてもらう必要はない。


 モウモウバファローなどは、むしろ人間にずっと近くにいられるとストレスになる。


 このあたりを勘違いして、ずっとテイマーにモンスターを監視させているギルドなどがあるが、僕に言わせれば間違いだ。


 僕の飼育方法が正しいことは、モウモウバファローから搾れるミルクが、最高品質であることが証明している。


 のんびり、ゆっくりで結果的にモンスターも人間も幸せになれるんだ。


「さてと、今日の昼ご飯は何かな?」

 

 宿の日替わりランチメニューに目をやった。

 今日の日替わりランチは、畑で採れたカボチャとニンジンを使ったスープだ。村娘たちが、腕によりをかけて作ってくれている。


 ルディアの豊穣の力で、大きく育った野菜は、どれもうまいんだよな。


 ああっ、早く昼ご飯にならないかな。


 それまでは横になって、ゆっくり過ごそう……


 温泉宿には休憩所として、昼寝スペースも設けられていた。


 見れば先客のルディアが、お腹を出しながらグーグー寝ている。

 おいっ、ヘソが見えているんだが大丈夫か? 


「うう~んアルト、やったわ……またSSRよ……っ」


 何か心地よい夢を見ているようだが、男の視線を集めている。

 ルディアは、外見はとんでもない美少女だからな。


「まったく、風邪ひくぞ」


 休憩所で無料貸し出しているブランケットを取ってきて、ルディアの上にかけてやった。


「むにゃむにゃ、アルト大好き……」


 ルディアはモゴモゴ、寝言を言っていた。


「マスター! 『温泉宿担当大臣』として、大事な話がありますの! 集客についてですの!」


 すると温泉の女神クズハが声をかけてきた。『女将』と書かれた浴衣姿のかわいい格好をしている。


「集客なら、新ダンジョンの噂を聞いた冒険者たちが集まって来ているから。問題なさそうだけど?」


 王都から腕自慢の冒険者たちが、続々とやって来るようになっていた。


 魔王ベルフェゴールが封印された新ダンジョンを攻略するための拠点として、アルト村は重宝されているのだ。


「それだけじゃダメですの! 一般人のお客さんも呼びますの! お金をガンガン稼いで、クズハの温泉宿をもっと広くて立派にしますの。

 卓球台やマッサージ施設、ゲームコーナー、和風庭園、一流の料理人なんかも欲しいですの!」


 ルディアはお金があったらガチャに課金したい派だが、クズハはなにより温泉宿の設備とサービスに投資したい派だった。


「いや、しかし、そんな豪華設備や従業員を雇えるだけの余裕はないよ。

 お金があったら、ガチャへの課金が優先だし」


「やぁー! クズハの温泉は1日の利用者数が300人を超えたら、レベルアップしますの。ステータス上昇効果が、2倍から3倍に上がりますのよ」


「えっ! それはすごいな」


 この村の人口はエルフたちも加えて220人くらいになっていた。この村が気に入って定住を申し出てくれた冒険者もいる。

 全員がほぼ毎日、温泉に入るので、あと100人ほど外から集客すればイイ。


「神は人間から信仰され、敬われれば敬われるほど、その力を増しますの!

 クズハの場合は温泉のお客が増えたら、温泉のバフ効果が上がりますのよ。えっへん!」


 初耳だった。

 それじゃ、ルディアも信仰するエルフや人間が増えたら、力が増したりするんだろうか。


「なるほど。それなら、ぜひとも集客したいところだけど……

 ここは危険な樹海の中だし、どうやって一般人のお客さんに来てもらうんだ?

 他にはイヌイヌ族くらいしか、ここにはやって来ないんだけど」


 数名のイヌイヌ族が、ソフトクリームの大量生産のためにモウモウバファロー牧場を作るんだと、アルト村に住み始めていた。

 そのための資材などを運び込もうとしている。テイマーなども雇うようだ。


「むふふふっ! マスター。この前、テイムした飛竜が五匹もいるんじゃ、ありませんの? 空飛ぶ送迎サービスを行って、近隣の街から人を連れて来ますの! 日帰り温泉ですの!」


「ああっ、なるほど……!」


 それは良いアディアだ。

 飛竜をテイムしたのは良いけれど。予想以上に食べるんで、餌代が他のモンスターの3倍はかかっているだよな。


 飛竜を使ってお金を稼げるなら、願ってもない。


「これはクズハが作った温泉宿のチラシですの! まずはこれを近隣の村や街に撒いて、宣伝しますの!」


 そう言ってクズハは、チラシを取り出した。


『浸かるだけでお肌がスベスベ! 美容の温泉! ここに入れば、あなたも女神のような美しさに!』


 かなり過激な煽り文句と一緒に、笑顔のクズハのイラストが書かれていた。


「外見だけは良いルディアお姉様にチラシを撒いてもらえれば、説得力がありますの!

 ぐふふふっ! 湯上がりにはお客さんにソフトクリームを召し上がってもらうという戦略で、女性層を狙い撃ちしますのよ」


「かなり緻密な集客計画を立てているんだな」


 クズハ、恐るべし。商魂のたくましさは、イヌイヌ族に勝るとも劣らない気がした。


「でも、それにはマスターの協力が必要不可欠ですの。飛竜たちに命令して、送迎サービスを行って欲しいの!」


「わかった。空を飛ぶなら、安全性にはかなり配慮が必要だな。命綱を用意するとか……

 そのあたりもちゃんと考えよう」


「やったぁ! マスター、大好きなの!」


 クズハは大はしゃぎで、僕に抱きついた。

 クズハはやっぱり、かわいい。その頭を撫でてやる。


「マスターっ……なでなで気持ちイイの。もっと、もっとなの」


 うっとりと目を細めて、クズハは気持ち良さそうにしていた。


 よし、昼ご飯を食べたら、さっそく行動するか。それまでは、ゆっくりと昼寝しよう。

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