22話。僕の前世は最強の魔王だったらしい

 エルフたちは、両手を縄で縛られて温泉の前に集められた。

 彼らの意識は戻っているが【スタンボルト】による身体の麻痺が、まだ残っている。


「わ、我々をどうするつもりだ!?」


「いい質問ね! あなたたちは、これからこの煮立った温泉の中に入れられ、この世のモノとは思えない快楽を味合わされた挙げ句……

 哀れにも牛乳を一気飲みさせられるのよ! ハーッハッハッハ! さあ、恐怖して許しを請いなさい!」


 ルディアが腕組みして、ふんぞり返る。


「おおっ、女神ルディア様! 我らを救いたまえ! って……あれ?」


 エルフの男が天を仰ぐが、思いの外、ヒドイことをされないことに気づいたようだ。キョトンとしている。


「この温泉に浸かれば、みなさんの身体の傷と麻痺は完全に癒えます。その後、お疲れでしょうから、食事を取っていただきます」


 僕は悪ノリするルディアを押し退けて説明する。


「僕は、あなた方と争うつもりはありません。食事をしながら、話し合いの機会を持ちたいのですが、いかがでしょうか?

 ハチミツベアーの蜂蜜をかけていただく焼き立てパンは絶品ですよ」


 想像したのか、エルフの少女がゴクリと喉を鳴らした。

 国を失ったエルフたちは、やはりろくな物を食べていないらしい。

 うまい物で懐柔する作戦は成功だな。


「みなさん。アルト様はダークエルフに襲われていた私を助けてくださいました。

 信じられないかも知れませんが、神々を従える力を持ったお方です。

 アルト様の神獣の力は、みなさんが体験した通りです。

 アルト様のお力を借りれば、魔王の復活を阻止できるだけでなく、エルフ王国の再興も叶うと思います!」


 ティオ王女もエルフたちを説得する。


「ティオ姫様……っ。姫様は女神ルディア様の豊穣の力を受け継ぐお方。あなた様の元で、王国を再建することは我らの理想、悲願でありますが」


「女神ルディア様を騙るようなバカ者を重用しているというのは……」


 エルフたちは、ルディアをうさん臭そうな目で見た。


「へっ!? なに、あなた達。まだ、私が女神だって、わかっていないわけ!?」


「まあ、ルディアは威厳がゼロだからな……」


「ちょっとアルトまでそんなこと言うの!? この溢れ出る神々しい気品のオーラが見えないのかしら!?」


「見えない」


 黙っていればルディアは美少女だし、神秘的に見えなくもないのだが。

 僕に断言されて、ルディアは頭を抱えた。


「私はアルト様が、死者を復活されるところをこの目で見ました。

 これはまさに神話に登場する女神ルディア様のお力。【世界樹の雫】の奇跡です!」


「そ、それは誠でありますか!?」


 エルフたちが騒然となる。


「本当です。私はルディア様の加護を受け、エルフたちに豊穣を約束する王家の者。

 その私が、アルト様が使われたのは【世界樹の雫】だと断言します」


 凛とした態度でティオ王女が告げる。エルフたちは、驚きに顔を見合わせた。


「僕の【世界樹の雫】は、このルディアから受け継いだスキルです。彼女も同じスキルが使えます。

 なので……信じられない。いや、信じたくないかも知れませんが。この娘は本当に、豊穣の女神ルディアなんです」


「そういうことよ。まったく、もう!」


 プンプン怒るルディアを、エルフたちは目を丸くして見つめた。

 ルディアは咳払いすると、厳かに告げる。


「コホンッ! エルフたち。私の与えた使命に従い、魔王ベルフェゴールの封印を守るのは立派です。しかし、神々も手をこまねいている訳ではありません。

 【神様ガチャ】による課金。もといお布施によって力を取り戻し、再び地上に降臨しようとしているのです。

 ガチャに課金し、アルトと共に世界を救うのです!」


 ルディアが、まるで女神のような雰囲気を醸し出した。


「……あなた様は本当に女神ルディア様?」


「だとしたら……と、とんだご無礼をいたしました!」


 エルフたちが一斉に平伏する。


「いいのよ。いいのよ。

 ……まあ正直。バカ者扱いされて、かな~りぃ、ショックだけど」


 ルディアは肩を落して、へこんだ様子だった。しかし、すぐに気を取り直して告げる。


「あなたたち、魔王ベルフェゴールの復活を阻止したいのなら、ティオの命を狙うんじゃなくて。

 ベルフェゴールの依り代となる人間を封印の地に近づけないようにした方が良いじゃない?」


「さすがは魔王を封印された女神ルディア様! そのようなことまでご存知とは……!」


 ティオ王女が感心していた。


「その依り代というのはなんだ?」


「魔王の肉体の器となる者よ。ベルフェゴールは人間の悪徳のひとつ『怠惰』をエネルギー源とする魔王。

 努力もしない怠け者のクセに、他人をうらやんで憎悪するようなバカが大好きね。そういう人間に取り憑いて復活するの」


「はっ、しかし、今の我らの戦力では……そこまで手が回らず」


 エルフの戦士が渋面を作る。

 僕はエルフたちの前に出て告げた。


「魔王ベルフェゴールの復活を阻止するには、ティオを生け贄にしないこと。依り代となる人間を封印の地に近づけないこと。

 このふたつが重要ということですね?

 それなら、僕が協力します。領主権限で、魔王ベルフェゴールのダンジョンを探索するには、僕の許可が必要ということにしましょう。

 ティオも配下の者たちに守らせます」


「誠でありますか!? かたじけのうございます。ほ、本来なら、我らエルフの役目でありますところを……」


「いえ。僕はここに僕の理想郷を作るつもりです。魔王の復活とか冗談じゃありませんから」


 本当にカンベンしてもらいたいものだ。


「女神ルディア様、改めて謝罪と感謝を! ティオ王女殿下をお救いいただき、ありがとうございました。

 やはりルディア様は我らが守護神!

 我ら一同、喜んでガチャの課金に協力いたします!」


 エルフたちは恐縮した様子で、ルディアに土下座する。

 おかげでルディアも気を良くしたようだ。


「そんなに頭を下げなくても良いわよ。

 私は前世で添い遂げられなかったアルトと一緒に暮らせるだけで、もう幸せ絶頂なんだから!」


「そう言えば……その前世のことを聞きたかったんだけど」


 勇気を出して、気になることを聞いてみた。


「アルトの前世は魔王ルシファーだったわよ。やっぱり覚えていない?」


 気負った様子もなく、頭を抱えるような返答が来た。


「ゴブリンのような魔族が従うのも。モンスターたちがアルトのことが大好きなのも。アルトが光をも支配する最強の魔王だったからね」


 ルディアのぶっ飛び発言に、思わず頭がくらっとした。

 エルフたちも、衝撃に色を失っている。


「アルト様が、ルディア様の恋人だった光の魔王だとおっしゃるのですか?

 アルト様は完全に人間だと思いますが……」


 ティオ王女が、僕をじっと見つめた。


「当たり前だろ? いくらなんでも、それはないでしょうが!?」


「そんな訳だから、みんな、安心して頂戴! 魔王ベルフェゴールなんて、アルトの敵じゃないわ!」


 ルディアは自信満々に宣言した。

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