19話。エルフの王女から神の使いではないか?と言われる

その夜──


「お、温泉をいただきました……こんなに気持ちイイとはっ」


 湯上がりで、ホッコリしたティオ王女が応接間にやってきた。


 彼女は片手に、瓶詰めされた牛乳を持っている。

 この牛乳は地下水で冷やされており、火照った身体に激ウマだった。


「ふうっ。もうとろけてしまいそうです。カ、カルチャーショックと申しますか。

 これは……天上の飲み物としか思えません」


 ティオ王女は幸せそうに顔をほころばせている。


「確かにクズハの言う通り、湯上がりの牛乳は最高ですね。

 僕も病みつきになりそうです」


 よし。これはアルト村の名物にしよう。


「私はこの開拓村のことを誤解していました。エルフの私をこんなに温かく迎えてくださるなんて……

 人間はエルフと違って強欲な生き物だと、お父様やお母様に教えられてきました。

 なので、てっきり恐ろしい場所だと思い込んでいました。そんな自分が恥ずかしいです」


 恥じらうティオ王女の様子に、僕は改めて彼女を助けてよかったと感じた。


「それで、もしかすると話しづらいことかも知れませんが、お話を聞かせていただけないでしょうか?

 僕でよろしければ力になります」


 エルフの姫君が、護衛も付けずに襲われていたのだ。

 何か深い事情があることが察せられた。


「な、なんとっ! はい。その前に改めてお礼を述べせさてください。

 アルト様に最大限の感謝を。あなた様に出会えたのは、女神ルディア様のお導きです!」


 ティオ王女が深く頭を下げる。


「呼んだ?」


 隣の部屋から、湯上がりのルディアが顔を出す。クズハが用意した浴衣という着物に身を包んで、実に色っぽかった。


「いや。ルディア、勘違いさせて悪いんだけど、呼でいない。

 ティオ王女とふたりで話がしたいんで。ちょっと席を外していてくれないか」


「うん! わかった。アルト、後で湯上がりマッサージをしてあげるね!」


 ルディアは手を振って去っていく。


「ル、ルディア様……いや、しかし、あのお方はアルト様の使い魔だというし……」


 ティオ王女は思案顔になったが、慌てて居住まいを直した。


「失礼しました! ど、どうか私のことはティオとお呼びください。

 敬語は不要です。なにより、私は……亡国の姫でありますので」


「それは一体……?」


 ティオ王女は沈痛な顔となって、目を伏せた。


「はい。このシレジアの樹海に2000年以上の歴史を刻んできたエルフ王国は、ダークエルフの襲撃によって滅ぼされてしまったのです」


 初耳だった。

 そんなことが、この地で起きていたとは……


「半年ほど前でしょうか。樹海の中に、新しいダンジョンが出現したのです。

 それは神々が七大魔王のひとりベルフェゴールを封印したダンジョンだったらしく……魔王ベルフェゴールの眷属であるダークエルフは、ダンジョンから漏れ出る瘴気によって強化され、私たちに牙を剥いてきたのです」


「新しいダンジョン?」


 そう言えば、ガインが樹海に入り浸っていたのは、新ダンジョンの探索が目当てだと言っていたな。

 冒険者たちの間で、新しく発見されたダンジョンは話題になっているらしい。

 

 それにしても魔王ベルフェゴールを封印した場所か……


 僕は気になって、神話を調べ直してみたんだが。


 魔王ベルフェゴールは、兄である光の魔王ルシファーを女神ルディアに奪われたことで、ルディアを憎んでいたらしい。


 光の魔王ルシファーは、女神ルディアと恋に落ちたが故に、魔王たちを裏切ったとされている。

 

 魔王ベルフェゴールの眷属であるダークエルフと、女神ルディアを信奉するエルフが対立している根本原因は、ここにあるようだ。


 魔王ベルフェゴールは、兄ルシファーに破れ、神々の手によって地の底に封じ込められた。

 その効果が2000年の時を経て、緩んできているのか?

 

「それで、ダークエルフたちはエルフ王家の血を根絶やしにしようと、ティオを狙ってきたのかい?」


「はい。実はそれだけでなく……これは我がエルフ王家の秘中の秘なのですが。

 アルト様を信頼してお話します。

 エルフ王家は女神ルディア様より特別な力を与えられ、エルフに豊穣をもたらす存在でした。ですが同時に……」


 ティオはここで、一瞬、言葉を継ぐのをためらうような素振りを見せた。


「エルフ王家の血は、魔王ベルフェゴールの封印を解く鍵でもあるのです。

 私の血をベルフェゴールの石棺に垂らした時、魔王は復活します」


「魔王の封印を解く鍵……? 要するに生け贄か」


 これまたスケールの大きい話だ。

 話が神話級だった。


 あれっ……そう言えばルディアが、七大魔王に対抗するために【神様ガチャ】で、神々を僕の使い魔として復活させなければならない、とか言っていたな。


「エルフ王家の者は、国が魔族によって陥落した際は……全員自決し、その血を魔族に利用されないように、死体を焼くのが掟でした。

 でもお父様とお母様は、私に死を強要するのは不憫でならないと……こっそりと秘密の抜け道から逃してくれたのです」


 ティオ王女は、身を震わせ涙声になっていた。


「お父様とお母様は、私に生きろと、おっしゃってくれました……生きて幸せになって欲しいと。

 本当は私も死ななくてはならなかったのですが……私は……っ」


 ティオ王女が護衛も付けずに樹海にいた理由がわかった。どうやら、敵はダークエルフだけではないようだ。


 エルフの仲間たちから、死を望まれた哀れな王女。それがティオだ。


 誰も味方のいないティオは、実家を追放された僕と同じだと思った。


 いや、もっとひどい……


 仲間たちから手の平を返されて、絶望的な孤独を味わってきたのだろう。


 なら、せめて僕が味方になってあげないとな。


「わかった。ティオは辛い思いをしてきたんだな。でも、大丈夫だ!

 ティオがアルト村にいる限り、エルフにもダークエルフにも手出しはさせない」


 ティオを安心させるべく、僕は力強く宣言した。


「よろしいのですか? 私がいれば、アルト様たちにご迷惑をかけることに……

 王家の掟に従って死ぬべきか、未だに迷っているのです」


 ティオ王女は生き延びたことに罪悪感を抱いているみたいだ。

 その気持ちは察して余りある。


「心配はいらない。僕には頼もしい味方がついているからね」


 とは、言うものの。

 ダークエルフと敵対しても、エルフを味方につければ大丈夫だと思っていたが、両方を相手にするとなると、今の戦力では心もとない。


 魔王の復活なんて話も出てくるし……


 これは、さらに【神様ガチャ】を回して、強い神々を召喚する必要があるな。

 お金をたくさん稼いでガチャに課金しないと。


「あ、ありがとう……ありがとうございますっ!

 そ、それで。あの、厚かましいお願いなのですが。もしエルフたちが襲ってきたら……」


「わかっているよ。エルフたちは殺めたりしない。

 なんとか、ティオの命を奪ったりしないよう説得してみせる」


 ダークエルフと共に戦うと持ち掛ければ、たぶんエルフたちも話を聞いてくれるだろう。


「本当になにから何まで……! なんとお礼を申し上げれば良いか……

 アルト様は、やはり女神ルディア様の使いでは?」


「なんなんだろう……自分でも良くわからない」


 ルディアは僕の使い魔だからな……

 そうだ。あとで僕の前世についても、ルディアから聞き出さないとな。


「アルト、大変よ! なんかエルフの集団が襲ってきて! ゴブリンたちがやられているわ!」


 その時、慌てふためいたルディアが部屋に飛び込んで来た。

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