17話。【弟SIDE】ナマケル、王女に激怒される2

 こんなハズではなかった。

 ナマケルは重い足取りで、モンスターに噛まれたというアンナ王女の居室に向かった。


 【煉獄のダンジョン】で、最強の神竜バハムートをテイムして……

 アンナ王女から『きゃー、ナマケル様。素敵、抱いて!』と言われる予定だったのに。

 そしてゆくゆくは王女と結婚して、この国を牛耳る。そんな夢を抱いていたのに……


「オレっちは王になるハズの男だぞっ。

 くそぅ! 全部、役立たずな冒険者どもが悪いんだ!」


 ナマケルは頭を掻きむしる。

 

 部屋に通されると、アンナ王女は腕に白い包帯を巻いていた。

 傷は回復魔法で治ったが、痛みが引いていないらしい。


「話は聞いているかしら? 私の騎獣ユニコーンに噛み付かれたのよ」

 

 16歳の輝くような美貌の姫君は、静かな怒りを漂わせていた。

 ナマケルは、その迫力に後ずさる。


「アルト殿が王宮テイマーだった頃は、こんなことはあり得なかったわ。

 あなた、モンスターの世話の指示もろくにしていないようだけど……オースティン伯爵家は、もしや王家に叛意ありということかしら?」


「め、め、滅相もございません王女殿下! オレっち……いや、私めはドラゴンをテイムするために、ここ数日、奔走しておりまして……!」 


 ナマケルはしどろもどろになって言い訳する。


「その肝心のドラゴンはどこにいるのかしら? 王宮のモンスターの管理を放り出して、未だになんの成果も無いなんて……聞けば冒険者ギルドと揉めているそうだけど、一体、あなたは何をやっているの?」


「も、申し訳ありません! 近日中に成果をお見せいたしますので……」


「そう。なら早くすることね。わたくし、無能者には残酷でしてよ? 今、真剣にあなたの王宮テイマーの役職を剥奪することを検討しているわ」


「はぁ!? いや、王女殿下……そ、その儀ばかりは……」


 ナマケルの全身から血の気が引いた。

 そんなことになったら、代々王宮テイマーの名門として名を馳せてきたオースティン伯爵家の面目は丸潰れだ。


「【ドラゴン・テイマー】などというから期待してみたけれど……あなたには、がっかりだわ。

 オースティン伯爵家は、なぜアルト殿を辺境に追いやったのかしら? あちこちからナマケル殿では力不足だという声が上がっています。

 わたくしも完全に同意です」


 アンナ王女の辛辣な言葉は、深くナマケルの心をえぐった。


「はっ! 申し訳ございません……」


「オースティンのお家騒動に首を突っ込むつもりありませんでしたけど……

 ナマケル殿が、これ以上の醜態をさらすなら。アルト殿を私の権限で王宮テイマーに復帰させて。

 あなたたち親子を国外追放することも考えます。いいわね?」


 『このクソアマ、死ね!』っと、ナマケルは心の中で絶叫する。


 王宮テイマーの役職どころか、伯爵位すら、ナマケルから取り上げるつもりらしい。

 それはナマケルと父に、野垂れ死にしろと言っているのと同じだ。


「それとシレジアの開拓民から、伝書鳩で興味深い報告が上がってきているわ。

 領主アルト・オースティン殿は、神竜バハムートを召喚獣として使役しているそうよ。その力でゴブリンたちさえ、支配してしまっているとか」


「はあっ?」


 ナマケルは耳を疑った。


「オレっちの究極スキル【ドラゴン・テイマー】でも従えられなかったバハムートを召喚獣……?」


 有り得ない。


『我は神の牙たる者! 人間ごときが従えられると思ったか?』

 

 バハムートの怒声が、恐怖の記憶と共に蘇る。

 あれは人間が従えられるような存在ではない。


 相手が神か魔王でもなければ、バハムートは膝を折らないだろう。


 そもそもアルトはテイマーであって召喚士ではない。二重の意味であり得なかった。

 

 だが、ナマケルがダンジョン内でバハムートに殺されそうになったあの時……


 バハムートは何者かに召喚されたようだった。

 まさか、アルトに喚ばれたのだろうか?


 アルトがそんな偉業を成し遂げたのだとしたら……


「これから信頼できる者を派遣して、ことの真偽を確かめます。

 もし、これが事実だとしたら……

 お父様は私の婚約者にアルト殿を選ばれるでしょう。諸外国に対抗するため、王家は強い英雄を欲しています」


「あっああ……っ」


 ナマケルはうめき声をもらした。


 神竜バハムートにアンナ王女との婚約。ナマケルが欲しくて欲しくてたまらなかったモノを、兄アルトは奪い去ろうとしていた。


 【ドラゴン・テイマー】のスキルを得て、完全にアルトを超えたと思っていたのに……


「もういいわ。下がりなさい。王宮のモンスターの管理くらい、しっかりすることね。それすらできない無能は、家臣には必要ないわ」


「肝に銘じておきます!」


 アンナ王女からゴミでも見るような目を向けられて、ナマケルは退出した。

 もはや生きた心地がしなかった。


 何としても、早急にドラゴンをテイムしなければ……


 さすがのナマケルも気づいていた。

 アンナ王女がユニコーンに襲われたのは、王宮のモンスターたちが暴走する前兆であることを。


 このままではテイムの切れたモンスターたちが暴走して、王宮はめちゃくちゃになる。そうなれば伯爵位を奪われて国外追放だ。


 だが、ナマケルのスキルレベルと経験では、モンスターを制御することなど、到底できなかった。


「くそう! くそう!」


 ナマケルは壁を拳で強く叩いた。



その夜──


 ナマケルの父──前オースティン伯爵ドリアンは、激しく動揺していた。


 アンナ王女がアルトを王宮テイマーに復帰させ、ナマケルと自分を国外追放することを検討していると知ったのだ。


 アンナ王女はアルトのことを思いの外、買っていたらしい。


 しかも、明らかに誤報だと思うが、アルトは神竜バハムートを召喚獣にしているというではないか?


「いかんっ! このままではワシはお終いだ!」


 息子ナマケルのことはかわいいが、最優先すべきは、オースティン伯爵家がこれからも権勢を振るうこと。

 なにより、自分の老後の暮らしである。


「引退して、ワシ好みの巨乳メイドをはべらせて、ウハウハしながら暮らそうと思っておったのに……」


 ドリアンは酒に手を伸ばして、一気に飲み干す。


 一体、どこで誤算が発生したというのだろうか?


 そうだナマケルの【ドラゴン・テイマー】は、ドラゴンを無条件で従えられるスキルかと思ったが、神竜バハムートのティムに失敗した。

 それが転落の始まりだった。


「【ドラゴン・テイマー】は、思っていたようなスキルではない? もしや基礎となるテイマースキルが影響するタイプのスキルでは……」


 そのことに思い至って、ドリアンは血が凍りつくような心境になった。


 まさか、まさか……

 外れスキル持ちだったのは、兄アルトではなく弟ナマケルの方?


 ナマケルは冒険者も雇えなくなっているし、八方塞がりではないか。

 このままでは、確実に王宮のモンスターが暴走しだす。


 自分が出て行ってモンスターを管理するしかないが、現場から長く離れていたため、多少の時間稼ぎにしかならないだろう。


 千頭以上はいる多種多様なモンスターの性質、性格を理解して、適切な世話をするのは非常に難しいのだ。


「くそうっ……オースティン伯爵家の跡継ぎにふさわしいのは、く、悔しいがアルトの方だったのだ!」

 

 あまりに遅い気づきであった。


 アルトがティム不可能と言われていた魔族、ゴブリンを従えているという報告もある。

 事実だとしたら、テイマーの常識を塗り替える破格の功績だった。


──2日後。


 ドリアンの元に、辺境のアルトから伝書鳩で、驚くべき手紙が届けられる。

 

 それには王国がずっと悲願としてきたことを、アルトが成し遂げてしまったことが書かれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る