16話。【弟SIDE】ナマケル、王女に激怒される

 私──リリーナは、憂鬱な気持ちでナマケル様のお部屋をノックしました。


 私は貧しい下級貴族の家に生まれ、ずっとオースティン伯爵家の侍女として働いてきました。

 

 オースティン伯爵家は、次期、当主とされていたアルト様がお優しい方で、とても働きがいがある職場でした。


 アルト様に労いの言葉をかけていだければ、天にも昇るような気持ちになっていました。

 毎日、アルト様のお顔を見て、アルト様のために働くことに、私は幸せを感じていました。


 それが今は、もう叶わなくなってしまったのです……


「入れ! 遅いぞ、リリーナ! チョコケーキひとつ用意するのに、どれだけ時間をかけているんだ!」


 入室すると同時に、ナマケル様の鞭が飛んできました。


「あぐぅっ……!」


 肩を打たれて、私は激痛にケーキを落としそうになりましたが、なんとかこらえました。


 ここでケーキを台無しにしたら、さらにヒドく叩かれるからです。

 ナマケル様にとって使用人は、痛めつけて楽しむ対象でしかありません。

 

「はい、申し訳ございません!」


 私は必死に頭を下げて許しを請います。


「ふん! グズがっ!」

 

 冒険者たちに暴行を受けたナマケル様はベッドで横になっていました。


 ナマケル様は【ドラゴン・テイマー】のスキルを獲得したことで、ご当主に選ばれ、兄アルト様を追放してしまいました。

 

 元々、ナマケル様は使用人に対して、横暴に振る舞うお方でしたが、アルト様がいなくなって、歯止めがきかなくなっています。


 以前はナマケル様が使用人に暴力を振るったりしたら、アルト様が黙っていませんでした。


 私も何度もかばっていただきました。

 アルト様は、弱い他人のために身体を張れる方なのです。

 思い出すと、涙がこぼれそうになります。


「くそぅ! オレっちをこんな目に合わせた冒険者ども。絶対に許さねぇぞ!」


 回復魔法で、ナマケル様のお怪我はすっかり治っていました。

 でも仕事をするのが嫌なので、療養が必要だと言い張っています。


「奴らは全員、オレっちへの不敬罪、傷害罪でギッタンギッタンに痛めつけた上で牢獄行きだ! おい、まだひとりも捕まらないのか!?」


「は、はい! 残念ながら!」


 私は用意したチョコケーキを、ベッドのサイドテーブルに置きながら答えました。


「ナマケル様に無礼を働いた冒険者たちは、報復を恐れて、みんな王都から出ていってしまったようです。足取りが掴めなくなっています」


「だったら、地の果てまで追いかけて行って、捕まえろ!」


「ええっ!? し、しかし、そこまですると、王国は冒険者ギルドと本格的に対立することに……宰相閣下はこれ以上、冒険者ギルドと事を荒立てる気はないと」


 今回の件で、悪いのは完全にナマケル様ですから。

 口には出せませんが、むしろナマケル様には反省するように宰相様はおっしゃっています。


「はぁ〜!? 貴族であるオレっちが、平民どもにここまでされて、引き下がれっていうのか!?」


 ナマケル様は激怒して、サイドテーブルに拳を打ち下ろしました。

 

「ひゃあ!?」


「それで、国内で他にドラゴンが生息しているダンジョンは見つかったのか? 早くドラゴンをテイムしなければ、オレっちは無能ということになっちまうんだぞ!」


「そ、それについては、国境付近のドラゴンマウンテンが有名ですが……」


「バカが! あそこは標高9000メートルのクソ山だろうが!? 人間が登るのは100パー無理な山頂付近に、奴らの巣があるんだろうが!?」


「も、申し訳ありません!」


 私はとにかく平謝りします。

 ドラゴンの生息地は、どこも難所なのですが……と、とにかく、代案を出すことにします。


「それでは、トカゲドラゴンをテイムしては……」


 トカゲドラゴンは最弱の竜族系モンスターです。強さはスライムに毛が生えた程度で、数も多くそこら中で見つかります。


 こう言っては失礼ですが。テイマースキルLv1のナマケル様にはピッタリの相手ではないかと……


「あれはドラゴンとは名ばかりのトカゲモンスターだろうが。テイムしたところで自慢になりゃしねぇし、何の意味もねぇんだよ!」


 それではどうするおつもりなのかと疑問に思いましたが、尋ねないことにします。

 きっと深いお考えが……無いですよね……


「もういい。とにかくチョコケーキを、ママのように優しく、あ~ん、させて食わせろ! くそうっ。どいつもこいつも役立たずが!」


「しょ、承知しました!」


 私は慌てて頭を下げます。

 ああっ……こんなことなら、アルト様について私も辺境に行けば良かったです。


 辺境は凶悪なモンスターや魔族がひしめく恐ろしい場所だと聞いて、尻込みしてしまったのが、すべての間違いでした。


 アルト様のいらっしゃる場所こそ、私にとっての楽園であったのだと、思い知りました。


 これからナマケル様に一生仕えなくてはならないなんて……

 それはちっとも幸せな未来に思えません。


 今からでもアルト様の元に向うべきだと、私は密かに心に決めました。


 その時、ノックもなく扉が乱暴に開かれました。


「ナマケル様、大変です! 王宮より使者が到着しまして……王宮のモンスターが、アンナ王女殿下の腕に噛み付いたそうです!」


 飛び込んできた執事は、恐怖に顔を引きつらせていました。


「なんだとっ!?」


「王女殿下は大変なお怒りようで……ナマケル様はすぐに王宮に参り、申し開きがあるなら述べよ。とのことです!」


 ナマケル様は震え上がりました。

 アンナ王女殿下は、『氷の姫』の異名を取る冷酷な一面を持つお方です。


 そんなお方を怒らせて、ナマケル様は大丈夫でしょうか?

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