9話。剣豪のAランク冒険者に忠誠を誓われる

「もらった!」


 その時、物陰からハチミツベアーに大剣で斬りかかる者がいた。

 僕は飛び出して行って、斬撃を剣で受け止める。予想以上に重く、腕がしびれた。


「なにっ!? てめぇ、俺の狩りの邪魔をしようってのか!?」


 怒鳴り声を上げたのは、いかつい冒険者風の男だった。歳の頃は二十代後半くらいだろうか。


「この子は、僕がテイムしました。僕の使い魔なんですよ」


「がぉお(ご主人様、ありがとう!)」


「さすがゴブ!」


 ハチミツベアーがお礼を述べる。


「テイマーは使い魔を守るのが義務です。ここは退いて、もらえませんか?」


「ちっ! テイマーの小僧かよ。俺はモンスターの影に隠れて、こそこそ利益をかすめ取るテイマーって奴が、死ぬほど嫌いなんだ!」


 男が嫌悪感もあらわに剣を振ってくる。僕は慌てて後ろに下がって避けた。


「ご主人様に何をするゴブか!?」


 ゴブリンたちが、男に一斉に飛び掛かった。

 男はニヤリと笑うと、大剣を風車のように回転させて、彼らを薙ぎ払う。


「ぎゃあっ!?」


「お前たち!」


 ゴブリンたちは地面に転がって、痛みにうめいた。


「まさかゴブリンまで従えているたぁ驚いたが……まっ、雑魚には変わりねぇな。後でじっくり、お宝の在り処を聞き出すとするか」


 どうやら、ゴブリンたちを殺さなかったのは、彼らが貯め込んだ金品を奪うためらしい。

 たったひとりで、そんなことを考えるとは、この男はかなり高位の冒険者のようだ。


「アルトっ、大丈夫!? 何コイツ?」


 ルディアがシロに乗って戻ってきた。


「ひゅ〜っ! おいおい、コイツぁ上玉の娘じゃねえか。ベアーのハチミツに、ゴブリンのお宝。しかも、女まで手に入るとは、ツイてやがるぜ」


 男が下卑た笑い声を上げる。


「どうやら、話し合いが通じる相手じゃないようだな」


 僕は剣を構えた。


「僕の仲間やルディアに手を出そうって言うなら容赦しない」


「はっ!? ソイツはお前の女か? テイマーごときが、このAランク冒険者、剣豪ガイン様に逆らうたぁ、良い度胸じゃねえか? かわいがってやるよ!」


 男──ガインが大剣を振り上げて突進して来る。

 僕は剣で受け止めるが、斬撃の重さに腕の骨が折れるんじゃないかと思った。


 純粋な剣士に、腕力と剣技で対抗するのは、さすがに無理がある。


「そらそら! カワイコちゃんの前で、大恥をかかせてやるぜ! それから身ぐるみ剥いでやるとするか! ギャハハハッ!」


 調子に乗ったガインが、剣を何度も打ち下ろしてきた。


「わん!(こいつ、ぶっ飛ばしてやる)」


「シロ、危ないから下がっていろ!」


 シロの助力を断わって、僕はスキルを発動させた。


「焼き尽くせ【神炎】!」


「なにっ!?」


 僕の身体から立ち昇った黄金の炎が、ガインの大剣を蒸発させた。

 あまりのことに、ガインは目を白黒させる。


「俺のミスリルの剣が!? て、てめぇ、テイマーじゃなくて魔法使いか?」


「【バハムート】よ、来い!」


 懐から、バハムートのカードを掴んで天に掲げる。まばゆい光が弾けた。


 大地を揺らし、雲を突くような神竜が出現する。


「はへっ……?」


 ガインは呆気に取られて、バハムートを見上げた。


「我が主に逆らとは……愚か者め。消えるが良い」


「バハムート、その男の防具だけを焼き尽くすんだ」


「承知!」


 バハムートの神炎は、指定した攻撃対象のみを消し炭にするブレスだ。


 バハムートが開いた顎から、黄金の炎【神炎のブレス】が発射される。かつて、魔王の軍勢すら焼き払ったと伝説に謳われる攻撃だ。


「ひぎゃああああ!?」


 ガインは悲鳴を上げて立ち尽くす。神炎のブレスが過ぎ去った時、彼はパンツ一丁になっていた。


「あれ? 俺、死んでないって、ぬっおおお──ッ!」


「もう、イヤね」


 ルディアが顔を引きつらせている。


「武器も防具も失っては、勝ち目はないですよね? 降伏してくださ……」


「参りました!」


 僕の言葉の途中で、ガインが土下座した。彼は恐怖に震えている。


「こんな化け物みてぇなドラゴンに勝てる訳がねぇ。なんでもしますんで、どうか命ばかりは……」


「あっ、いや。命を奪うつもりは無いんで」


「コイツ、強盗よね。身ぐるみ剥ぐとか言っていたし。アルトはここの領主なんだから、強制労働の刑にでもしたら?」


 ルディアの提案に、ガインは真っ青になった。


「へっ!? ここのご領主様って……お前、いや、あなた様は貴族?」


「シレジアの領主アルト・オースティンと言います」


「オースティン!? 王宮テイマーの名門伯爵家の!? そんな上位貴族に喧嘩を売ったら、縛り首……っ」


 ガインは酸欠の金魚のように口をパクパクさせた。


「僕は外れスキル持ちだと、追放されてここに来たんで。実家との繋がりは、ほぼ無いに等しいんで大丈夫ですよ」


「はっ!? こんなすげぇドラゴンを召喚したり、ミスリルの剣を消滅させるほどの魔法を使えるのに、追放……?」


「【神様ガチャ】のすごさを、あの人たちは理解できなかったのよ。女神である私を頭のおかしい小娘呼ばわりするしっ!

 アルトの家族じゃなかったら、思い切りぶん殴っていたわ」


 ルディアが腹立たしげに言った。


「【神様ガチャ】? 女神……?」


「アルトは神や神獣を使い魔として召喚できるスキルを持っているの。このバハムートも、それで使い魔にしたのよ。何? 信じないの?」


「いえ! 信じます!」


 ガインは慌てて首を縦に振った。


「僕はこの土地をモンスターと人間が、のんびり楽しく暮らせていける場所にしていきたいと考えています。

 開拓のために人手が足りないんで、なんでもするというなら、手伝ってもらえませんか?」


 何しろアルト村の人口は、ゴブリンを入れても150名くらいだ。圧倒的に人手が足りない。

 この樹海には、他にダークエルフといった強力な魔族もいるようだし、戦力となる人材を確保しておきたかった。


「はい……っ! もちろんです!

 もし、よろしければ、俺をアルト様の家臣にしていただけないでしょうか!?」


「家臣ですって? さっきの言葉、聞こえていたわよ。テイマーは死ぬほど嫌いなんじゃなかったの?」


 ルディアが、うさんくさそうな目を向けた。


「ず、図々しい申し出ということは百も承知ですが……

 俺はアルト様の元で、一旗あげたいんです!」


 ガインは地面に頭を擦りつけて頼み込んだ。


「家臣になりたいって言われても……今はお金に余裕がなくて、給料はあまり出せませんけど?」


「構いません! アルト様はいずれ、大出世されるでしょう。勝ち馬の尻に乗させてもらえるだけで、俺としては万々歳です!」


「調子のいいヤツだけど。まっ、人を見る目はあるようね」


「わかった。それじゃ、よろしく頼むよ」


「はぃいい! ありがとうございます! 精いっぱい働かせていただきます!」


 こうしてAランク冒険者、剣豪ガインが僕の家臣となった。

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