5話。【弟SIDE】ナマケル、神竜の支配権をアルトに取られる

一方その頃──


 オースティン伯爵家を継ぐことになったナマケルは、Sランク冒険者パーティーを雇って、神竜バハムートが棲むという【煉獄のダンジョン】にやって来ていた。

 バハムートをテイムし、支配下に置くためである。


「あっ〜、あちぃっ! 噂には聞いていたけどよ、ここマジで暑いぜぇ。おい、お前、もっと気合い入れて冷風を送れよ!」


「は、はい!」


 ナマケルは魔法使いの美少女に、魔法で冷たい風を吹き付けてもらっていた。

 このダンジョンは、灼熱の溶岩がところどころから噴き出す危険地帯である。


 ナマケルは魔法で冷やしたアイスキャンディを口に含んでいるが、気休めにもならず、暑さで気がおかしくなりそうだった。


「まだバハムートがいるっていう地下神殿には着かねえのかよ? オレっち、いい加減、歩くのが嫌になってきたぜ」


 遭遇するモンスターとの戦闘は、すべて冒険者に任せておきながら、ナマケルは疲れてきていた。

 日頃の運動不足がたたっているのだ。


「……もう少しで到着するハズです、伯爵閣下」


 そんなナマケルに4人の冒険者たちは、苦々しい視線を向ける。


「おっ! そうだ。お前、オレっちを背負って歩けよ」


 魔法使いの少女をスケベな目で見て、ナマケルは命令した。

 なかなかナマケル好みの娘だったのだ。


「ナマケル様、お戯れをっ!」


「神竜バハムートをテイムすれば、オレっちはこの世界最強のテイマーだせ?

 そんなオレっちが、仲良くしようって言ってやってんだぜ? 光栄だろ?」


 セクハラする気、満々でナマケルは少女に迫った。

 【ドラゴン・テイマー】のスキルを得たことで、ナマケルはすっかり増長していた。


 自分こそ神に愛された者だ。

 そんな自分が従えるのは、神話の時代から生き続ける最強のドラゴン『バハムート』なのだ。


 そんな自分の目にとまるなど、この娘はなんとも運が良いと、ナマケルは舌舐めずりした。


「伯爵閣下! 妹が嫌がっています。どうかお止めください。お疲れでしたら、私がその役目を引き受けます」


「兄さんっ!」


 剣士の青年が、少女との間に割り込んできて、ナマケルの邪魔をした。


「あん? 金で雇われた平民の分際で、伯爵であるオレっちに逆らおうってのか?」


 ナマケルは手にした鞭で、青年を打ち据える。モンスター調教用の鞭だが、主に生意気な平民を調教するのに使っていた。


「ぐぅっ!?」


「兄さん!? こ、こんな、ひどいっ!」


 少女が非難の目を向けるが、それはナマケルの嗜虐心を刺激するだけに過ぎなかった。

 他人を苦しめて屈服させるのは、なんとも気分が良い。


「ヒャァアアッ! お前らは、黙ってオレっちの言うことに従っていれば、良いんだよ!」


「伯爵閣下! ここは危険度Sの超高難易度ダンジョンですよ! 味方同士で争っては命に関わります」


「これ以上、パワハラ、セクハラをされるのなら冒険者ギルドを通して、抗議いたします!

 最悪、ナマケル様は冒険者が雇えなくなりますよ!」


 他のふたりの冒険者が仲裁に入る。

 彼らの顔は、怒りに染まっていた。


「はん? 冒険者が雇えなくなるだぁ? お前らこそ、オレっちの権力で仕事を干してやろうか?

 オースティン伯爵家は、王家とも深い繋がりがある大貴族だつーの! そのオレっちに逆らうことの意味がわかってんのか?」


「くっううう……アルト・オースティン様は人格、能力ともに素晴らしい王宮テイマーだと評判だったのに、まさか弟君がコレとは……」


「あっ!? おい、お前。今、なんつった!?」


 剣士の青年が漏らした嘆きに、ナマケルの怒りがマックスになった。


「許さねぇ! 今度はお前の妹を鞭で痛めつけて……!」


 その時、重々しい威厳のある声が響いた。


「我が聖域を土足で踏み荒らす、愚か者どもよ。その罪を死で償うが良い」


 ナマケルたちの目の前に広がった溶岩の湖が盛り上がり、黄金に輝くドラゴンが首を出した。


「神竜バハムート!?」


 竜の巨体から溢れ出す威圧感に、その場の全員が息を飲む。


「オ、オレっちに従えバハムート! オレっちは【ドラゴン・テイマー】! お前のマスターとなるべく神に選ばれた人間だぞ!」


 ナマケルが怒鳴り声を上げて、テイムを試みる。

 だが、返って来たのは、あざけりの声だった。


「お前が我が主だと? バカバカしい。我は神の牙たる者! 人間ごときが従えられると思ったか? 身の程を知るが良いっ!」


 バハムートが翼をはためかせて、突風を生んだ。


「うぎゃぁああああ──ッ!?」


 ナマケルは吹っ飛ばされて、無様に壁に激突する。


「うわーん! 痛いよママぁ! 鼻血が出ているよ!」


 ナマケルは、痛みに転がり回った。


「こ、こんな人が王宮テイマーなの?」


「ドラゴンをテイムできるんじゃ、なかったのか……?」


 冒険者たちは、ナマケルをあ然として見つめた。


「いや、そんなことよりも逃げるんだ!」


 バハムートが、口を開けてブレスを発射する構えを見せた。空間がグニャリとねじ曲がるほどの魔力が、その口腔に集まりつつある。

 Sランク冒険者たちは、慌てて逃げ出した。


「待て! オレっちを置いていくな! 今ので足をくじいたみたいだ!」


「兄さん、どうしよう!? 助けないと!」


「くっ、無理だ! 我々だけでも脱出するんだ!」


 魔法使いの少女が、ナマケルに手を差し伸べようとしたが、兄が反対した。


「そうだ! そんなクズは放っておけ!」


 他のふたりも、それに賛同する。


「はぁ!? オレっちは王宮テイマー、ナマケル・オースティン様だぞ! オレっちを今すぐ助けろっ!」


 ナマケルは半狂乱になって叫ぶ。

 あまりの恐怖に、ナマケルはお漏らしをしてしまった。


「ひぃいいいっ! 助けて!」


 まさにドラゴンブレスが発射されようとした時だった。突然、バハムートが光に包まれて消えだした。


「……どうやら我が真なる主に喚ばれたようだ。命拾いしたな矮小(わいしょう)なる者よ」


 そう告げると、バハムートは消滅した。

 後には、頭を抱えて伏せるナマケルだけが取り残された。


「は、はひぃ……なんだ? 空間転移した? ま、まさか召喚士に喚ばれたのか……?」


 九死に一生を得たナマケルは、愕然とつぶやいた。


「い、いや、それはないか。【ドラゴン・テイマー】のオレっちでもテイムできない神竜を従えることができる召喚士なんて。この世にいるハズがないもんな……

 も、もしそんなヤツがいたら。ハハハッ、そいつは神にも等しい存在だぜ」


 なんにせよ助かった。

 ナマケルは大声でSランク冒険者たちを呼んだ。

 ひとりじゃ、こんなダンジョンから生きて帰るのは無理だった。

 


 この時、ナマケルはまだ知らなかった。


 アルトに世話をされなくなった王宮のモンスターたちが、早くも不満を溜め出していることを。


 この時、ナマケルは、まだ気づいていなかった。


 ドラゴンを使ってモンスターたちを恐怖で支配するというナマケルの思惑に、暗雲が垂れこめていることを。


 ドラゴンは希少種で、危険なダンジョンやシレジアのような秘境にしか生息していない。


 ドラゴンの生息地を探索するためには、Aランク以上の冒頭者の助力が必要だが、ナマケルは今回の一件で、冒険者が雇えなくなってしまう。


 ナマケルに逃れられない破滅が迫って来ていた。

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