第23話 祝勝会
「ではでは、用意はいいかい?」
天使のような幼女、ヴェルトラムの問いかけに軽く頷いて返す。彼女と自分の手には、それぞれジョッキが握られている。
自分のジョッキには黄金色、ヴェルトラムのジョッキには橙色の液体が満たされている。
「それじゃあ……カンパーイ!」
「ほい、カンパーイ」
お互いのジョッキを軽く打ち鳴らし、中に入った黄金色の液体を一気に嚥下していく。口の中がシュワッとした食感に満たされ、次いで爽やかな喉越しが訪れた。
……美味い! やっぱ働いた後はビールだな!
ゴブリンキング撃退後、始まりの町『ファスタ』に快く迎えてもらうことが出来た。
橋を壊したことを咎められるかとも思ったが、町の人達はあの大鬼の脅威をしっかりと理解していたらしい。
あのままだったら、門を破られて人的にも資源的にも甚大な被害が出ていたに違いない。それに比べれば、橋くらい安いものだと笑い飛ばしてくれたのだ。
……NPC、だからか? いい奴らすぎないか?
すでに日も落ち、完全に夜に包まれている。
しかしここ——広場全体を使った宴会場——は、そんな闇とは無関係の活気と明るさに満ちている。あのスタンピードを乗り切った、そのことで町を上げての宴をすることになった。
そして活躍した自分達は、特にその恩恵に賜ることが出来るそうだ。
丸い木造りのテーブルを挟んで対面にいるヴェルトラム、彼女もジョッキを傾けて橙色の液体——オレンジジュース——を美味しそうに飲み干していく。
AIっても味覚はあるのか。つーか……
「ヴェルトラム、お前って飲み食いする必要はあるのか?」
自然と口を突いて出てしまったが、ちょっと失礼だったか? けどこんなAIのことなんか全然わからねえしな。
オレンジジュースを心ゆくまで味わった後、一息ついたヴェルトラム。
「うーん……これまでは単にデータとしてあっただけだけど、これからはエネルギーとしても必要みたいだね」
「へぇ? やっぱこの世界、『デイブレイク・ゲート』に来たせいか?」
「そうだね。解っていると思うけど、今の『デイブレイク・ゲート』は異常だからね。君も他人事じゃないよ?」
そりゃ……現実世界が消えてる? らしいからな。
「君も実感があるだろう? 喉を潤す感覚、腹に落ちる満足感、全身に満ちていく活気……この世界での食事は、直接私達のエネルギーになっている」
「まあ、な。通常のゲームでは違うんだよな?」
「味覚の再現はされるし、他の感覚もある程度は補える設定だったよ。けど、流石にエネルギーの補給は無茶さ」
味覚があるだけでもすごいけど、満腹感とかの再現も出来たのかよ……『デイブレイク・ゲート』マジすげぇ。けどマジ怖ぇ!
ゲームに夢中で脱水症状とか餓死とか出てきそうだけど、その辺の対策もしていたと考えておこう。
「……死にたくなきゃ、しっかりと食事は取っといた方がいいってことか」
「この様子だと、睡眠も同じと考えておいた方がいいかな」
ああ、やっぱそうなるか。
「そうと決まれば、たっぷり飲んで食べるとしようじゃないか!」
ヴェルトラムが決意すると同時、手を上げて近くにいた給仕に声を掛けて呼んだ。そして次々と飲み物や料理を注文していく。
……この分だと、俺は自分のビールだけ頼んでおけばいいな。
「ぷっはぁ~……食べすぎちゃったかなぁ?」
宴会で思う存分飲んで食べた後、お互いに入浴も済ませた。今いるのは宿の一室、中々に整った内装の二人部屋である。そこに用意されたベッドの一つに、ヴェルトラムが大の字になっている。
「まあ、満足はしたんだろ? じゃあ気にするな」
対するこちらももう一つのベッドに腰掛け、完全にくつろぎモードに入っていた。服も用意された寝間着に、大剣も荷物も部屋の隅にまとめている。
「……流石に今日は疲れたぜ。色々と、ありすぎたからな」
「うんうん、後は寝るだけだね。だけど……」
ヴェルトラムが大の字になったまま、頭と瞳を軽く動かしてこちらを見てきた。ベッドに広がった金糸と美麗な空色の双眸も動く。
それらがカンテラの灯に照らされ、何とも神秘的な——触れるはおろか、見ることさえ罪と思える——雰囲気を醸し出している。
「……なんだよ?」
「いや、襲ったりしないでくれよ? この世界にだって警察……警備軍がいるんだからね」
こいつ……
「私に手を出そうものなら、すぐに牢屋行きだよ?」
さっきまでの、恐ろしいまでに美事だった雰囲気はどこへやら。
天使のような容貌に、これまた悪戯っ子のような色が浮かぶ。これはこれで、一部の趣向を持つ紳士様には垂涎ものだろうな。
「アホか。そんなことより、睡眠はどうなるんだ?」
「ああ、『デイブレイク・ゲート』にも睡眠はあるよ。『寝る』と意識して目を瞑り五秒、それで脳への安寧を約束する安眠へと一直線さ」
くすっ、と笑いを漏らした後にヴェルトラムが答える。
不眠やらとは無縁ってことか、そりゃいい。
「んじゃ、俺はもう寝るけど……明かり消していいか?」
「ああ。私もさすがに疲れたからね。寝るとしよう」
ヴェルトラムの同意も得たので、唯一の光源となっていたベッドサイドのカンテラを吹き消す。途端に部屋が闇に染まり、あらゆる物の境界線がおぼろげになった。
先程まで会話していたヴェルトラムも、彼女がいたベッドも、もう闇の中だ。しっかりと目を凝らさなくては……いや、目を凝らしても輪郭が微かにわかる程度しか見えない。
腰かけていたベッドのシーツを捲り、そこに潜り込む。仰向けになり目を閉じると……頭に、何とも言えないぼんやりとした……眠気が……
ふっと、闇の中に意識を手放す。
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