第4話 メリットとデメリット

「さて……説明は以上だけど、もう一度聞くかい? 要くん」

 どこから取り出したか、眼鏡に指揮棒を携えた幼女が片目をつぶる。ウィンクと言うやつだ。俺は決してロリコンではないが、そんな自分でも胸がときめくほどに愛らしい。


「いや、大丈夫だ」

 簡単に言うと、これは『オリジナルのデイブレイク・ゲート』らしい。

 このゲームの開発段階で「こんなの完成に何百年かかるねん」となったことから、技術の粋を集めてスーパーAIを作り出した。

 それがこの娘——ヴェルトラムとのことだ。


 休憩どころか睡眠も必要としない上、人間とは比べ物にならない処理速度と正確性、その他諸々を最大限に活用して『デイブレイク・ゲート』は完成した。


「そうそう。けど私まで再現したら、コストオーバーなんてレベルじゃなくなっちゃうからね。世に出ているのは色々と削った『簡易版』ということさ」

「平気で心を読むのやめてくれる?」

「まあ、いいじゃないか。それより……『オリジナル版』でゲームをする際のメリットとデメリットは覚えているかい?」


 なんか、釈然としないけど……言い争っても仕方ないな。

 先程ヴェルトラムから受けた説明を思い出し、頭の中で並べていく。




〇メリット

・他にはないユニーククラスでスタート。

・装備&アイテムの初心者セット付。

・通常は反映されない詳細なステータスの閲覧が可能。

・ゲームオーバーになってもここに一度戻ってくるだけ。

・PK(プレイヤーキラー)をしてもペナルティなし。

・公式からの強制措置(強制ログアウト等)を受けない。

・特別なスキルを一つプレゼント。




 詳細は「それはゲームを始めてからのお楽しみさ☆」と教えてくれなかったが、それでも通常スタートよりはるかに有利ということが分かる。

 辛うじて詳しく教えてもらったのは以下の通り。


・通常ならゲームオーバーになると、48時間『デイブレイク・ゲート』にアクセスできなくなる。

・同意のないバトルによるプレイヤーキラーは、一部の施設やダンジョンの利用に制限がかかる。二回目で全施設とダンジョンの使用禁止、三回目でアバターを削除される。


 これらが適用されないだけでも、凄まじいメリットだ。

 ……ユニーククラスや隠しステータス、そして特別なスキルの内容は教えてくれなかった。

 そこ、かなり重要だと思うんだけどな……まあ、後の楽しみに取っておくとしよう。ちなみに『オリジナル版』のデメリットは以下の通り。



〇デメリット

・自分の本名でしかプレイ出来ない。

・キャラクリエイト出来ない。

・ログイン時の負荷。



 上記二つは説明するまでもないだろう。本名かつ元の姿でプレイするしかないというだけだ。

 普通で考えれば問題は三つ目、ログインの負荷だ。

 ログインは一日三時間まで。


 これは『オリジナル』の完成度が高すぎるせいで、特別な措置なしだとプレイヤーの脳に多大な負荷をかけてしまうせいらしい。精神を『デイブレイク・ゲート』に完全に移してしまうため、長くプレイすると現実で脳死状態になってしまう。


 つまり現実では死。


 要するに『デイブレイク・ゲート』の中のみでしか生きていけなくなるとのことだ。ゲームスタート前なので、今はその境目らしいが……



「……聞いての通り、ユーザーネームとアバターの使用不可は目を瞑れる範囲さ。けど三つめは違う。君は本当にこのゲーム……『デイブレイク・ゲート』に命を懸けられるかい?」



「俺にとって、そこはいいんだよ」



 こちらの返答に「……ん? うん? 聞き間違いかな?」と眉を寄せて幼女ことヴェルトラムが首を傾げる。形の良い唇もへの字になった。


「あー……現実世界の俺は詰んでたんだよ。だから『デイブレイク・ゲート』で生きていこうと思っていたんだ。聞き違いじゃない」

「うーん……ほうほう、高校で……なるほどねぇ。君は中々ついていないみたいだね?」

「また心を読んだのか?」

 いい加減、心を読まれることに慣れてきてしまっている自分がいた。これはこれで不味い気もするが、防ぐ手段が何もないのだから仕方ない。


「いいや、今は役所のデータベースにお邪魔したのさ。そこで要くんの経歴やらをちょっとね」

「え、お前ってそんなことまで出来るのか? 今の一瞬で? すごくない?」

 こちらの反応を見た瞬間、芸術の粋を集めたかのような美麗な顔が得意げになった。頭の中に『腹パン』とか、『わからせ』というパワーワードが浮かんだが無視しておこう。


「当然さ! このスーパーAI『ヴェルトラム』にかかれば、電子の海なんて水溜りみたいなものだからね! 朝飯前さ!」

 今やインターネットの発達は凄まじい。

 どんなボロアパートにもワープ回線を完備しているし、一昔前まではテラバイト程度のやりとりにひーこら言っていたのが嘘のようだ。

 どころか『デイブレイク・ゲート』までとは言わないまでも、地球の裏側にいる人間と立体映像でVR会見を行うことが出来るようになっている。

 それを水溜り呼ばわりとは……


「さて、話を戻そうか。『特別版のデイブレイク・ゲート』を始めたら……君は文字通り、命懸けだよ?」

「いいよ。早くゲームしたくて仕方ないし」


「軽いなぁ……じゃあ、後悔はしないね?」

「しないて。早く頼むよ」

「……わかった、もう止めないよ。いってらっしゃい」




 瞬間、真っ白い空間と幼女しか存在しなかった視界が漆黒に染まった。

 一瞬だけ、墨よりも深い闇が波打った。

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