第62話◇袋の鼠
ディルは探偵ではない。
故に、天才的な推理力の披露も、確たる証拠の提示もしない。
リギルを陥れた犯人を暴くのに、正攻法を選ぶこともない。
ただただ、犯人を導き出し、捕らえ、リギルを解放できればそれでいい。
黒幕の名はヴィトス。
第六層探索免許保持者。
三十歳を超える男で、ヴィトス・アドベンチャースクールの所長でもある。
彼は、捜査を開始する前の時点で、有力な容疑者だった。
ここまでの捜査は、容疑者を絞り込む為の作業だったと言える。
彼は容姿に優れ、才能に恵まれ、カリスマ性があり、極めて優秀な探索者として有名――
そう、過去形だ。
何故なら、全ての面において彼を上回る者が現れたからだ。
リギルだ。
世界で五人だけ、国家が未確認の状態にもかかわらず、幻の第八階層への探索許可を与えられた者たち。
そんなパーティーのリーダーを務める青年。
容姿も、才能も、カリスマ性も、探索者としての実力も、リギルの方が上。
それだけでなく、リギルの方がずっと若いときている。
更にはリギルもアドベンチャースクールを設立し、成功を収めた。
それまで自分が受けていた尊敬と称賛の全てを奪い去ったリギルのことを、ヴィトスは目の敵にしていた。
「ハァハァ……ディル様の匂いで肺が満たされて……至福ッ……!」
「黙れ」
ある日の昼。
ディルはサキュバスのパルセーノスを伴って外へ出ていた。
目的は、彼女の能力を利用し、ヴィトスを追跡すること。
そして二人は現在、『被っている間、人の注意を引かなくなるマント』を二人で一緒に羽織っていた。
その為、彼女と密着する羽目になっている。
「すぅぅうううううううう」
「……」
「クンカクンカ」
「……」
「袋に入れて持って帰りたい香りですわ」
ヴィトスよりも先にこいつが捕まるべきではないだろうかとディルは一瞬悩む。
「やつが移動した。目視できる距離を保って追跡するぞ」
「見ようによっては、これはデートなのでは?」
「今、俺たちのことを見るやつなんていない。そういうアイテムだ」
「そういうことではなく」
ぶつぶつ言いながらも、パルセーノスはディルの言う通りに移動。
追跡しながら、ディルはヴィトスの心理状態について考える。
やつは、あらゆる面でリギルに劣っていることを世間の評価によって知ったあと、歪んでしまったのだろう。
どうにかリギルを上回ると思える部分がほしかったのか、違法探索に手を染めた。
だが、裏稼業の稼ぎでも満足できなかったのか、ついにリギルを貶める方向へ舵を切る。
それが今回の冤罪事件だ。
一位になれないなら、一位を引きずり落とそうというわけだ。
「……随分と焦っているようですわね、あの男。顔を真っ青にして、情けないこと」
「あぁ、何か不幸なことでもあったんじゃないか」
ディルはどうでもよさそうに呟く。
ヴィトスが焦る理由を、ディルは知っている。
彼は猫耳娘のフィールを含む三人に違法探索を斡旋した。
リギルに罪を被せたあと、元々生き残れる筈ではなかった三人の排除に動く。
だが雇った殺し屋は任務に失敗し、探索騎士に逮捕された。
その後、ディルと生徒たちがダンジョンに潜っている際にトラップを再起動し事故に見せ掛けて傷つけようとしたが、これも失敗。
またしても人を雇い、リギルパーティーの仲間である『一心同体のアニマ』を襲撃させ重傷を負わせることに成功するが……。
その組織は後日何者かに壊滅に追い込まれ、これまた探索騎士にまとめて引致されてしまう。
リギルに罪を着せるところまでは順調だったのに、そのあとから歯車が狂ったように感じていることだろう。
「あら」
「あぁ、姿を消したな」
路地に入ったところを追うと、姿がない。
ヴィトスは、ディルと同じようなダンジョンアイテムを使用したのだ。
透明になるわけではないが、どうしても意識しづらくなる。
同種のアイテムを使用する者同士にも効果が作用するからこそ、ディルはパルセーノスと一緒に包まっているのである。
「なるほど、だからこそわたくしを必要とされたのですね」
「追えるか?」
「もちろんですわ」
パルセーノスに先導される形で追跡を続行。
本当に、彼女は『赤い糸』とやらをつけた相手の居場所が分かるようだった。
やつは幾つかの場所に寄り、何人かと逢った。何度かマントを外す場面があったので、ディルにもパルセーノスの追跡能力が確かであることが理解できた。
場所は民家であったり、廃屋であったり、どこぞの事務所であったり、食事処であったりした。
「……建物内まで追わなくてよろしいのですか?」
「あぁ」
ヴィトスがこの状況で、かつ姿を隠した状態で、行く場所をチェックしておきたかっただけだ。
堂々と姿を晒すことができないというのなら、後ろ暗いことがあるということ。
二人での尾行は、やつがマントを外して自宅に戻るところまで続いた。
「よし。お前、もう帰っていいぞ」
夕方。そこでディルは解散することに。
「……では、そのように」
ヴィトスに悟られぬ位置で、二人もマントを取り払う。
「随分素直だな」
最後まで付き合うと言い出す可能性も考慮していたので、ディルは拍子抜けする。
「貴方様の弱点には、なりたくありませんもの」
ヴィトスに一緒にいるところを見られ、恋人などと勘違いされた場合。
パルセーノスが人質にとられ、結果的にディルの足を引っ張ることになりかねない。
暴走する馬車のごとく言うことを聞かない少女だが、こういった冷静な面もある。
「……礼はする」
「はい。子供は教室が埋まるくらい欲しいですわね」
「そんな話はしてない」
ディルは苦笑してから彼女と別れ、一旦別の場所へ向かってから、その日は帰宅。
アレテーと夕食を摂り、妹が変わらぬ様子だったと報告を受け、一度顔を見てから、部屋に戻って就寝。
翌日、朝食後に家を出てヴィトス・アドベンチャースクール前へと向かう。
施設の前でしばらく待っていると、ヴィトスが出勤してきた。
彼は少し離れた地点でディルに気づき一瞬立ち止まったが、そのまま近づいてきた。
「待ってたぞ」
「……君は」
金髪碧眼の、爽やかともいえる容姿の男だ。背が高く体格もがっしりしており、物腰も柔らかい。老若男女に好かれそうな人間、と言える。
見かけ上は。
「やぁ、ヴィトス」
ディルはニッコリと微笑む。笑みを返すヴィトスだったが、その目許は不快げにビクついていた。
「ディル君か。話すのは随分と久しぶりだね」
「そうだったかもな」
「リギル君のことは聞いたよ。残念だったね。私も、彼があんなことをするだなんて信じられないよ」
心から残念がっているような表情で、ヴィトスはとぼける。
「そりゃ、やってないからな」
「君たちは幼馴染だと聞いた。彼を信じたい気持ちは分かるが……」
「黒幕はあんただ」
「……いきなりなんなんなんだ。まさか、そのような無礼な言いがかりの為に、職場の前で待ち伏せていたのかい?」
「俺は善人じゃないが、的外れな報復をするつもりもない。だから、いつも、しっかりと調べることにしてるんだ。今回もそうした」
「一体、何を言っている」
「もう、誰もあんたの仕事は引き受けてくれなかっただろう?」
「――――」
贔屓にしていた組織は壊滅した。暴力を提供する組織は他にもあるが、彼らも馬鹿ではない。儲けよりも損が上回る仕事と分かれば、引き受けはしないだろう。
昨日、ヴィトスが寄っていた場所の一つは、そういった組織の一つだった。
「だからといって、自分の組織の人間も安易に使えない。あんたとの距離が近いからだ。そいつらがヘマして捕まったら、最悪自分に繋がっちまうからな」
「い、いや、ディル君。君の言っていることが、よくわからないよ」
「あんたは、違法探索に手を出した。それは別に、どうでもいい。うちの元生徒に手を出したり、俺の仲間にちょっかい掛けたりしなければ、俺が動く必要もないしな」
探索騎士の仕事を代わりにやるほど、ディルは暇ではない。
「何の証拠もないのに、人を犯罪者呼ばわりするつもりか?」
ディルは鼻で笑った。
「なんで証拠が必要なんだ?」
「は?」
その時のヴィトスは、演技を忘れて素っ頓狂な顔を晒した。
「あんたも、噂くらいは聞いたことがあるよな? リギルに喧嘩を売って、この都市に残っている奴はいない。あんたは、リギル本人がケリをつけたと思ってたんだろ?」
ディルは意図的に己の能力の真価を隠しているし、多くの人間が彼を『案内人』と揶揄して実力を低く見ている。
だからヴィトスもディルを警戒せず、リギルさえ捕まればそれで済むと思ってしまった。
「そ、その噂は知っている。まさか、君がやったとでも?」
「誰がやったにしろ、そいつはあんたが黒幕だと認識してる。今までの奴らは都市から出ていくだけで済んだが、リギルを牢屋にぶち込もうとした奴は、一体どうなるんだろうな」
「それは脅しか?」
「俺は、噂の話をしてるだけだ」
「り、リギル君が無実なら、それを証明できる黒幕は生かして逮捕する必要があるんじゃないか?」
「生きて、口が利ければそれでいいんだ。出来ることは、沢山あるじゃないか」
ヴィトスは狼狽するが、それをすぐに偽りの表情で覆い隠す。
ちょうどそこへ、ダークエルフのパオラと部下の探索騎士たちがやってきた。
「……パオラ君まで。まさか君も、ディル君と同意見なのかい? かつての友であるリギル君を逮捕した件を知った時は、見上げた職業意識だと思ったのにな」
「黙れ下郎。昨夜、貴様の配下は全て逮捕した」
「――――」
ヴィトスは表向き、表情を変えない。
こちらのハッタリだと考え、騙されまいと努力しているのだろう。
ディルは袋型の携帯倉庫からマントを取り出して、ヴィトスの前で揺らす。
「あんたも知ってるだろ? でも、これは完璧じゃない。もしかすると、あんた、知らぬ間に誰かにつけられていたんじゃないか? で、善良な市民の義務として、追跡者は探索騎士に通報したんだ。多分な」
先程自分は善人ではないと言った口で、善良な市民の義務を口にするディル。
そんなディルを、ヴィトスが睨むように見ていた。
「…………」
「そうだパオラ、違法探索に関わってる奴らなら、自前の『落とし穴』を隠してたんじゃないか?」
「あぁ、その通りだ。構成員と共に、七つの『落とし穴』をこちらで押さえた」
パオラはわざとらしく頷き、幾つかの場所を口にする。
「……ッ」
ヴィトスの表情が歪み、演技が剥がれていく。
「どうするヴィトス。さすがに、直属の部下にはそのツラを晒してるんだろう?」
顔の見えない組織のボスと聞けば、決して捕まらないように思えるが、リスクもある。
誰も正体を知らないのなら、誰かに成り代わられても、配下はそれに気づけない。
それを承知で組織を築く者もいるかもしれないが、ヴィトスは違う。
彼の承認欲求は、それを抑えきれない。
自分こそが強大な力を握っていると誰かに知られないことには、満足できないのだ。
調査していく内に、ディルはそれを把握していた。
「探索騎士の屯所には嘘を見抜くダンジョンアイテムがある。あんたは一度、それでリギルを嵌めたな。だが今度はそのアイテムが、あんたとその部下との繋がりを明らかにするんだ」
ヴィトスの顔が屈辱に歪み、怒りに赤く染まっていく。
血管は浮き上がり、今にも砕けるのではないかというほどに歯を軋ませていた。
『案内人ディル』程度の人間に追い詰められるということが、許せないのだろう。
「時間は掛かるが、リギルはあんたが奪おうとしたもの全てを取り戻す。だが、あんたは違う。築き上げたもの全て、失くして終わりだ。罪を償う、ってやつだな」
「……黙れ」
探索騎士の一人が、彼に手錠を嵌めるべく近づく。
「あんたはリギルを憎んでいたのかもしれないが、あいつからすればあんたはただの探索者の一人だ。あいつの人生が本だったとしたら、あんたは冤罪のエピソードで急に名前が出てきたモブってところだろうな」
「……あ、あ、案内人風情がっ、舐めた口をッ……」
あまりの怒りにヴィトスの体も声も震えている。
「おいディル、貴様何を――」
ディルの発言に何かの意図を感じ取ったパオラが怪訝な顔をした、その瞬間。
ヴィトスを捕まえようとしていた探索騎士の体が吹き飛び、アドベンチャースクールの扉をぶち破って建物内へと消えていく。
「この程度の人数、それも
「おい、モブが異名を名乗るなよ、読者の記憶能力が無駄に圧迫されるだろうが」
「死ね!」
ヴィトスはシンプルな殺意と共に刃を振るうが、それは割り込んできた褐色の美人によって防がれた。
「……逮捕への抵抗、探索騎士への暴行、民間人への殺人未遂。素晴らしいな、『光輝燦然のヴィトス』。リギルの件がなくとも、貴様は立派な犯罪者だぞ」
「泥エルフ如きが、人間を裁ける立場か!」
「……更に侮辱罪を追加してやろう」
仲間を一人傷つけられた他の探索騎士たち全員が剣を抜き、ヴィトスを囲む。
それを把握した彼は、超人的な跳躍力でその場を離脱。
屋根伝いに逃走を開始する。
「追うぞ、パオラ」
ヴィトスもそうだが、ディルもパオラも探索装備だ。
第八階層免許保持者として装備には気を遣っているし、強化系のアイテムも問題なく使える。
ヴィトスを追って屋根に飛んだディルを、少し遅れてパオラも追いかけてくる。
殴られた部下の介抱、ヴィトスの職場の捜査などを指示してから来たのだろう。
「貴様、私が来る前に何をした」
ギロリとこちらを睨むダークエルフ。
「罪になるようなことは何も」
「やつの神経を逆撫でするような言動をして、まるで暴走を望んでいるようだったぞ」
さすがに元仲間だ、鋭い。
「善良な市民である俺が、そんなことをするわけがないじゃないか」
それでも一度とぼけてみると、彼女の眼光が更に鋭さを増した。
「いいから話せ」
ディルは昨日、パルセーノスと分かれた後にパオラに合流。
その日の追跡で得た情報を含め、探索騎士の捜査に役立ちそうなものは全て快く提供した。
そうして、ヴィトスに気づかれぬよう、彼の手の者を全て捕縛したのだ。
だが。
「あいつは救いようがないが、馬鹿じゃない」
「……あぁ、仮にも第六層探索免許保持者なのだからな」
憎々しげに眉を歪めながらも、パオラは肯定する。
「自分は何やってもいいと思ってるようなタイプだが、一方でそれを邪魔する奴らがいることも理解できてる。なら、万が一のプランも用意してる筈だ」
「このような時の為の、逃走計画ということか?」
「そう。金は『袋』に入れておけばいいから、あとは逃げ道だな」
普通の人間は逃走資金や重要な品などの確保に動くことがあるが、怠惰領域由来の携帯倉庫を持っていればその必要はない。常に中に入れておけば済むからだ。
「このプルガトリウムは無秩序に膨れ上がっているが、だからといって我々から逃げ切れる者がいるとは思えん」
「俺があいつなら、自分だけの『落とし穴』を確保する」
前方で逃げるヴィトスを睨んでいたパオラが、目を剥く。
「――まさか、ダンジョンを経由して都市を脱出するつもりか!?」
ダンジョンの入り口は公式には一つ。
だが、都市の至るところに、非公式の『落とし穴』が存在していた。
発生は予測できず、昨日までなかったような場所に、ある日真っ暗な丸穴が空く。
そこに飛び込むと、ダンジョンのいずれかの層に転移するのだ。
街中に出現する『落とし穴』に関して、一つの謎がある。
それは『都市内の定義』だ。
都市の境界線は人間が定めたものに過ぎないのに、拡大を続けるプルガトリウムの至るところに『落とし穴』は出現するのだ。
まるで、ダンジョンが、人類の都市計画を把握しているかのように。
都市を広げれば、更新された外縁部が『都市内』と認識されるようなのだ。
事実、都市外縁で発見された『落とし穴』は一つ二つではない。
「『落とし穴』に飛び込み、ダンジョン内を進み、外へ繋がる『垂れ糸』を掴んで脱出するって計画なんじゃないか?」
特定の『落とし穴』に対応した『蜘蛛の垂れ糸』も存在し、これに触れることでダンジョン内から脱出することが可能。
脱出側の穴は、おそらく都市外縁部にあるのだろう。
ダンジョンを経由することで、追っ手を振り切って都市の外へと逃げようというのだ。
「待て、それはリスクが高すぎるだろう」
「そりゃ普通に逃げるプランもあっただろうが、追ってるのが俺たちで、自分が罪から逃れられないと知ったらどうだ?」
「リスクを冒すしかない、というわけか」
納得しかけたパオラだったが……。
「――いや待て、そこまで分かっていて何故奴を泳がす必要がある」
「逃げてくれなきゃ、殴れないだろ」
無抵抗のヴィトスに暴力を振るえば、最悪リギルの釈放に悪影響が及ぶ。
だが逮捕に抵抗し違法な『落とし穴』を利用した極悪人になってくれれば、実力行使を咎める者はいまい。
「……ふざけるなよ馬鹿者。貴様の復讐の為に、私の配下が怪我をしただろうが」
「怪我なら治るだろ」
死ぬほどの攻撃だったのなら、さすがに庇うつもりだった。
「…………ディル、気持ちは理解できるが、奴は絶対に殺すなよ」
普段のディルならば、このような無駄な行動はとらない。
そのことを、ディルがそれだけ激怒しているとパオラは捉えたようだ。
「何度も言わせるなよ、褐色巨乳騎士団長。俺は人殺しじゃない」
「そうか。そう、だな……」
パオラは安堵するようにふっと笑ってから、剣の柄に手を掛ける。
「それと、今のセクハラについては、あとで刑を執行するから覚えておけ」
二人が軽口を叩きあっていると、ようやくヴィトスが目的地へと到着したようだ。
昨日は寄っていなかった、倉庫と思しき建物だ。
緊急時に利用する為には、誰にも知られていない方が都合がいい。
おそらく部下の誰にも知られていないのだろう。だから探索騎士たちも押さえておくことが出来なかった。
ヴィトスが中に消え、二人もそれを追う。
警戒しつつも建物内に入ると、ヴィトスが待ち構えていた。
その傍らには、真っ黒な穴が空いている。
「……ディル、貴様の言う通りだったな」
「どうしたヴィトス、さっさと入れよ」
ディルが微笑み掛けると、ヴィトスが絞り出すように呟く。
「何故だ」
「あ?」
「理解が出来ない! こんなことをして、君に何の得があるというんだ! 幼馴染だかなんだか知らないが、落ちぶれた奴は捨てればいいだろう! それとも大金でも積まれたか!? 今回の件で君が暗躍したのだとして、この結果は労力に見合っているのか!?」
「……」
「そ、そうだ! ならば私も金を出そう! そちらのパオラ君にもだ! 発見した人員や『落とし穴』に関しては、リギル君のものということにしてくれればいい! さっきの件は、不幸な誤解だったということで収めてくれ!」
「……なるほど。ディル、貴様の判断が理解できたぞ」
パオラの体から怒気が噴き出るのが、ディルには感じ取れた。
「あぁ、こういう奴は諦めが悪い。自分は成功者で、最後は勝者でいられると思ってるんだ。そうじゃないと教えてやるには、手錠を掛けるだけじゃあ足りない」
「そのようだ」
ヴィトスは拒否されたと理解したのだろう、逆上する。
「救えぬ馬鹿共が! 私の何が悪い! 誰だって目の前を羽虫が飛び回れば駆除するだろうが! あのリギルとかいう男は、分際を弁えず私のものを奪おうとした! 最も優れた探索者であり、最も尊敬を集めるべきこの私を、過去の存在に変えようとした! 殺さないでやったことを、感謝してほしいくらいだ!」
「殺したら、リギルの評価は伝説として残る。それをあんたは一生上回れない。だから、リギルの評価の方を下げるしかなかったんだろうが」
「だ、黙れ!」
「なぁ、さっさとその穴に飛び込んでくれないか? 俺たちもすぐに追いかけて、あんたに最後に残ったプライドも圧し折ってやるから」
「案内人如きが吠えるな! 多少はやるようだが、所詮はリギルの影に隠れる程度の実力なんだろうが! ダンジョン内でこの私に勝つつもりか? それとも、一線を退いて衛兵ごっこに努める泥エルフを引き連れて増長しているのか?」
「おい、三下の演説ほど無駄なものはないんだよ。俺が背中を押してやらないと、逃げることも出来ないのか?」
ディルが嘲笑を浮かべると、ヴィトスはようやく穴の方を向いた。
「……いいだろう。必ず来い案内人。お前も泥エルフも殺して、私は再起を図る」
ヴィトスが穴に飛び込んだ。
「……三度だ」
パオラが呪詛のように呟く。
「奴は、私を、三度『泥エルフ』と呼んだ」
泥エルフというのは、ダークエルフに対する蔑称だ。
先に人間種に発見されたのがエルフで、後で見つかったダークエルフのことを、雪のように白い肌をしたエルフと比較して『泥を被ったような肌のエルフ』と呼んだ者がいた。
ありのままの自分たちを、人間の勝手な視点で泥にまみれたようだと言われたのでは、怒るのも無理はない。
「悪口を言われた回数を数えるなよ、心を病むぞ」
「黙れ。貴様が私の胸を見た回数も記憶しているぞ」
「ゼロ回だろ?」
「ほざくな」
ディルは敢えてパオラの豊満な胸部に視線を向ける。
「今ので一回」
「罪を重ねたな」
「まぁ、俺の罪は置いておいて。ヴィトスへの怒りは、今から発散すればいいさ」
「そのつもりだ」
ディルとパオラは同時に穴に飛び込む。
視界が切り替わり、そこへ――無数の光芒が殺到する。
ヴィトスの傲慢型
それは二人分の人影を貫き、穴だらけにするが――。
「はははっ! 第八階層免許保持者とはいえ、この程度か!」
「――そのようなわけがあるか、愚か者が」
ディルとパオラは、穴からダンジョンへと落下し、問題なく着地。
「……な、なんだと!?」
ヴィトスが喚いているが、それよりも。
ディルは周囲を確認し、溜息を溢す。
「第六階層かよ」
第六階層・強欲領域。
どこを見ても目に眩しい黄金で構築された空間。
本物なので、削って持ち帰ればそれだけで金持ちになれる……が、そんなことをする馬鹿は探索者にはいない。
そのような罪を犯せば、ダンジョン中から甲冑の騎士が現れ、咎人を罰しようと襲いかかってくるからだ。
そんな面倒な事態を引き起こすよりも、普通に探索を進めた方が得だ。
甲冑の騎士は回廊を見回っており、侵入者を発見すると、やはり襲いかかってくる。
この場合は何故か仲間を呼んだりしないので、遭遇した個体を倒せば済む。
彼らの剣に斬られると『若さ、才能、記憶、健康、所有物』などが奪われてしまう。
これはその個体を倒すことで取り戻すことが出来るし、新たに入手することも可能。
騎士を倒すとその姿が消え、植物の種のようなものが残る。
これを口に含むことで、中に入っているものを手に入れることが出来るのだ。
それは、いつかの時代、別の誰かから奪われたものなのかもしれないが。
「どういうことだ! 何故生きている!」
「あんたが狙ってくることなんて分かりきってるんだから、対策するのは当たり前だろ」
「対策したのは、私だがな」
ディルもパオラも既に剣を抜いていた。
二人からの殺意を感じ取ったヴィトスは、一歩後ずさる。
だが、やつは虚勢を張るように笑った。
「まぁいい。最後に勝つのは私だ」
「いいや、違うぞヴィトス。あんたはこれから、やったことの報いを受けるんだよ」
「案内人如きが、思い上がるな!」
「あんたを、牢屋まで案内してやるよ」
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