第60話◇情報と助力
幼馴染のリギルが冤罪で探索騎士に逮捕されてしまった。
その件が始まりであるかのように、ディルの周囲では不幸が連発。
元生徒の猫耳娘フィールたち三バカには暗殺者が差し向けられ。
課外授業でダンジョンに赴けば落石トラップを起動され。
無事に帰還したかと思えば、仲間であり教習所の同僚でもあるアニマが酷く痛めつけられた状態で病院に搬送された。
我慢の限界を迎えたディルは、元パーティーメンバーであり現在は探索騎士の団長を務めるダークエルフのパオラによる制止を振り切り、単身暗殺者共の根城へと突入。
手荒い歓迎を受けるも、これを全て撃退し、ひとまずアニマの仇を討つことに成功した。
「……まぁ、アニマは死んでないわけだが」
ディルはふと、彼女に「仇はとったぞ」と言ったらどんな反応するかを考える。
ノータイムで「死んでないから」とツッコミを入れてくるだろうか。
いや、と首を横に振るディル。
危険な行動に出たディルを説教する言葉が飛び出すに違いない。
そしてその後、掠れるような声で感謝を口にするのだ。
説教も感謝も不要なので、ディルは今回の件をアニマには黙っておくことに決定。
突入した一階から、二階へと進む。
騒ぎを聞きつけて幾つかの部屋から出てきた構成員たちを問答無用で打ち倒し、建物内を進んでいく。途中、適当な者を捕まえて、ボスの部屋を聞き出すのを忘れない。
そして、大きな問題もなく目的地へと到着。
ダンジョンの外では
ディルは扉を開き、室内に踏み入る――と見せかけて部屋の外へと戻る。
「うぉおお!」
一瞬前に見えたディルを斬り殺さんと、壁に控えていた護衛らしき男が剣を振り下ろした。
当然、空振り。
護衛に用はないので、ディルは顎に軽く拳を叩き込む。
気の抜けた声を上げながら、護衛は膝から崩れ落ちた。
「ひぃ!」
目当ては、悲鳴を上げた小太りの男だった。
二足歩行する人型の蛙だ。つまり蛙の亜人。身体の色は緑で、大きな目の色は黒。下顎がたっぷたぷで、そこから首に掛けては色が白い。
男は小さな皮袋と、女体を模した像を手に持っていた。
ディルの登場に怯えて震えた拍子にそれらが近づき、像がシュッと消える。
否、袋に『収納』されたのだ。
怠惰領域由来の、『荷運び・荷物整理・配置スペースの確保・保存』といった手間を省略可能なアイテムだ。
――なるほど、芸術品を持って逃げようとして、ちんたらしてたわけか。
金や書類は袋型の携帯倉庫に放り込んでおけばいいが、鑑賞する為の品は目の届くところに配置せねば意味がない。
侵入者によって部下がやられたと知り撤退しようとしたはいいが、それらを捨てられずに収納していたのだろう。
結果、逃げ遅れてしまったわけだ。
そうでなくとも逃がすつもりはなかったが、自分で留まってくれたので手間が省けた。
「お前、家が火事になっても金目のものが惜しくて逃げられないタイプだろ」
男は腰を抜かして転倒し、ディルから離れるようにずるずると後退する。
「お、お前は……!」
部下に色々やらせただけあって、ディルのことも知っているようだ。
「質問があるんだ。俺が何を訊きたいかは分かるだろう?」
「こっ、この私に手を出してタダで済むと思うのか!?」
蛙男は大きな口から盛大に涎を飛ばしながら、虚勢を張る。
「俺がタダでは済まないとして、それがお前に何か関係あるのか?」
ディルは彼に微笑み掛ける。
「な、なに……?」
「誰かがお前の報復をしてくれるとして、だ。その時、お前は墓の下にいるってのに」
「――――」
「自分を殺したやつがどうなるかって、そんなに重要か?」
ディルは世間話のような軽い調子で話しているが、そのことがどうしようもなく相手の男を恐怖させたようだった。
「ま、待て! 分かった! 話す! い、依頼主のことだろう!?」
「まぁそうなんだが、後ろ暗い依頼をするやつが、まさか身分も隠さずやってきたりはしないだろう?」
ディルが問うているのは、この蛙男が本当に依頼主の情報を掴んでいるかどうか、だ。
代理人を送る、仲介人を挟む、身分を偽るなど、正体を隠す方法はある。
「も、もちろんだ。だが依頼が依頼だったから、こっちも徹底的に調べた。探索騎士の捜査ってこともあるからな」
こういう輩は犯罪行為にダンジョンアイテムを使うことも珍しくないので、そういった犯罪者の取り締まりも探索騎士の管轄となる。
依頼主が自分だとバレたくない黒幕と、依頼主が安全か確認した上で仕事を引き受けたい組織、どちらの腕が上か。
悪人と悪人の情報戦だ。
「で? そいつは?」
「……言えば、私はどうなる」
「少なくとも、今日を命日にしなくて済む」
蛙男はディルを見て、ごくりとツバを飲み込んだ。
「わ、わかった」
そして男の吐いた黒幕の名は、ディルの予想していた相手の一人だった。
リギルパーティーを破滅させ、その名を貶めることで得をする人物は、そういない。
リギルパーティーがダンジョンから持ち帰るアイテムの恩恵の方が、よっぽど大きいからだ。
それでも確かめる必要はあった。
「お前の言うことを信じるよ」
「う、嘘は言わない……!」
情報を吐いたあとで殺される、というパターンを想像しているのか、男がガクガクと震えている。
「信じるって」
ここでディルに嘘をつけるような男なら、ここまでの無様を晒してはいないだろう。
ディルが部屋から出ようとすると、蛙男から掠れるような声が聞こえた。
「……お前にに関しても、調べた。『案内人』ディル。サポート系
ディルは実力を悟られぬよう立ち回っているので、調べても大した情報は出てこなかっただろう。
「あはは、だから怖い噂はデタラメと判断して、依頼を引き受けたわけか。正しいよ、噂を真に受けて、仕事を放棄する方が馬鹿だ」
「だが、噂の方が正しかった。事実じゃないから真偽不明だったんじゃない。真実だと語れる者が一人もいないから、噂の域を出ないだけだったんだ……」
「どんな噂を聞いたか知らんが、ここで答え合わせをするつもりはねぇよ」
以前、パオラにも言われた件だろう。
――『貴様の前でリギルをコケにした探索者で、今もなお活動を続けている者は――一人もいない』。
リギルに手を出したやつが消えた、ということを語れる者はいても。
リギルに手を出したから消されました、と語れる当事者はいない。消えているからだ。
故にこの街でその噂を証明することは出来ない。
ディルが具体的に何かをした証拠は一切なく、消えた者は他の事情でたまたま街を後にしただけかもしれないからだ。
「……引き受けるべきじゃなかった」
「そうだな」
ディルは自分の袋型携帯倉庫から『被っている間、人の注意を引かなくなるマント』を取り出し、サッと被って部屋を出る。
そのまま廊下を進み一階に降りると、ちょうど探索騎士たちが突入してきたタイミングだった。
ディルは騎士たちの隙間を器用に通り抜け、建物の外へ出る。
取り敢えず、黒幕が頼りにしていた組織は潰した。
次に敵が取りうる手段とその対抗策について考えながら、ディルはアニマの入院する病院へと足を運ぶ。
彼女の自然治癒を阻害していたダンジョンアイテムは既に破壊した。
今ならば、ダンジョンアイテムによる治療も効果を発揮する。それを医者に知らせる必要があった。
アニマの怪我が治るのを確認したディルは、そのまま帰路につく。
自分の部屋に到着し、扉を開くと――。
「ディル様ー!」
ピンク髪サキュバスのパルセーノスが矢のように飛んできたので、スッと回避。
彼女は階段側への落下防止用に設けらた柵に額をぶつけ、ずるりと落ちる。
「あぁ、突然の抱擁さえ察知して躱す常在戦場の心構え、素敵ですわ……」
こいつは逆に、自分が何をやったら傷ついたり失望するのだろうか、とディルはいい加減恐ろしくなる。
「おい子うさぎ、衛兵呼んでくれ。不法侵入だ」
パルセーノスを廊下に置いて部屋に入ると、ディルはアレテーに声を掛ける。
そして、呼んでいない客人がパルセーノスだけではなかったことに気づく。
そこには金髪の美しきハーフエルフ、モネの姿もあった。
「モネ、お前も最近来すぎじゃないか? あんまり頻繁に来ると、通い妻とか噂されるぞ」
「つ、妻って……! お、おバカ。真剣な話があって来たのよ」
「俺は真剣に、自分の部屋の平穏を取り戻したいよ」
白銀の髪をした子うさぎアレテーを引き取るまでは、ディルの私室はとても静かだったのだが。
「ご、ごめんなさい先生。でもお二人とも、先生をとても心配されていて……」
「いや、俺の落ち度だ。子うさぎに番犬の役割を求める方が間違ってるもんな。勝手に人を家に入れたお前は、何も悪くないぞ」
「うぅ……先生、すごく怒ってます……」
ただでさえ小さいアレテーが、ディルの皮肉に縮こまっている。
いつもはディルの露悪的な態度をものともしない彼女も、さすがに申し訳なく思っているのだろうか。
「はぁ……もういい。それより、腹が減った」
「は、はい! ご飯、できてます!」
ついこの間もあったが、今晩も四人で食卓を囲むことに。
「んで、真剣な話ってなんだよ」
食事をしながらディルが問うと、三人が食べる手を止めて、真面目な顔になる。
「ディル。さすがにあたしたちも、ここ最近、妙なことが起きていることは分かるわ」
ディルも、さすがにもう隠しきれるとは思っていない。
ダンジョントラップの件は、生徒に抜き打ちテストと誤魔化すことができたが、モネとアルラウネの教官には通じない。そんな事実はないからだ。
それに、その生徒たちもそろそろ不信感を抱く頃だ。
リギル逮捕に留まらず、教官のアニマが襲撃されたのだから、何かあると疑うのは自然なこと。
何が起きているか正確に把握できずとも、このまま教習所に通っていればに自分たちも危ない目に遭うかもしれない、と考える者も出てくるだろう。
そうやって生徒が辞めていくことも、黒幕の狙いの一つなのだろうが。
「何か起きてたら、なんなんだ」
「言わなきゃ分からないわけ?」
「はぁ? ……まぁ、お前らに被害が行かない内になんとかするから、安心しろ」
ディルとしては、当然のことを口にしたつもりだったのだが。
三人はどういうわけか、不機嫌そうな顔になる。
「違うでしょ!」
「なんなんだ、一体」
「教官として、生徒を巻き込まないようにと考えるのは立派だわ。けど、教官と生徒以前に、あたしたちは友人でしょう? 何か困っているなら、相談して」
そう言われ、ディルの手も止まる。
モネの瞳は水気を帯びており、心からディルを思いやっているのが分かる。
「……まぁ、百歩譲ってモネは友人でいいとして、だ。子うさぎは百パー生徒で、ピンクはストーカーだろ。頼ろうとは思わんな」
ディルの発言に、アレテーが悲しげな声を出した。
「そ、そんなぁ……! えと、あの、で、では、弟子というのはどうでしょう! 他の生徒さんたちよりも、先生に色々教わっていると思いますし!」
「弟子でも同じだ」
「い、いえっ。弟子ならば、お師匠様のお手伝いをすることこそ、当たり前かと!」
アレテーは引き下がらない。
「わたくしが
パルセーノスは困ったとばかりに頬に手を当て、ディルをちらちらと見る。
そういえば、彼女はサキュバスの固有能力とやらで、やろうと思えばディルの居場所を探れるのだったか。
それでは、移動中に撒こうが意味はない。
ディルは聞こえよがしに溜め息を吐いた。
それから天井を見上げ、しばし黙考。
モネ、アレテー、パルセーノス。
彼女たちの力が借りられるとして、彼女たちに頼むようなことがあるか。
……絶対とは言わないが、それが出来るのなら助かることは、幾つかある。
しかし、頼んでよいものか。
それは彼女たちを、自分の事情に巻き込むことに――。
「あたしたちが、力になりたいと思っているのよ。いいから頼りなさい!」
ディルの考えていることはお見通しとばかりに、モネが言った。
ディルは視線を彼女たちに戻し、再び溜め息。
「わかったよ。そこまで言うなら、こき使ってやる」
そんなディルの発言を受け、彼女たちは嬉しそうな顔をするのだった。
まるで、頼られることが嬉しいとばかりに。
――物好きなやつら。
こんな物好きは、パーティーの仲間以来だ。
ディルはなんだかむず痒いものを感じながら、食事を再開。
アレテーの料理は、今日も美味かった。
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