第59話◇報い
「おいお前、どうやって入って来た」
頬に傷痕のある丸刈りの巨漢が、手をパキポキと鳴らしながら迫ってくる。
ディルは手早く状況を確認。
ディルには充分だがオーガ族などにはやや低いだろう天井。
一般的な人間族二人がすれ違うことが出来るだけの通路幅。
奥に曲がり角があり、道中までの扉の数は三。
現状で八……いや九人がディルに意識を向けている。
それぞれの得物を確認。
拳、弯刀、鞭が一人ずつ。
直剣が二人で短剣が三人。
全員が全員暗殺者ではなく、堂々と暴力を振るう人員も揃えているようだ。
人を痛めつけたり脅したりする際には、分かりやすい見た目や破壊力が役に立つ。
様々な得物を操る悪漢共の中に一人、目当ての者がいた。
「おい、聞いてんのか」
「ガキにしか見えない女を、瀕死になるまで傷つけたクズを捜してたんだ」
「あ?」
「でも、もう見つけた」
握り込むことで打撃力を高める武器――拳鍔の派生。
獣の鉤爪を連想させる鋭い刃を三本生やした、金属製の武器。
アニマを傷つけたダンジョンアイテム――『生傷の鉤爪』だ。
「お前、いかれてんのか?」
丸刈りの拳使いが、ディルに手を伸ばした。
ディルは逆に彼の手首を掴み、自分に向かって引き寄せながら身体を旋回。
勢いに流されてやってくる敵の身体を、己の背部に滑らせるようにして――放り投げる。
敵はさながら先程見たダンジョントラップのごとく、扉を突き破って転がっていく。
振り返りざまに、ディルは鞘に収まったままの剣を真横に振り抜く。
短剣持ちの一人が胸の前で武器を構え、身体ごと突っ込んできているところだったが、ディルの一撃を側頭部に受けて意識を消失。
その人物の手からこぼれ落ちた短剣を空中で掴むと、ディルは並んで迫る直剣持ち二人の内、右側の男の腿に向かって投擲。
見事刺さった上、刃に毒でも塗られていたのか泡を吹いて倒れていく。
元々二人並んでいたことと通路の幅から、残る一人の攻撃は突きか振り下ろしに限定される。
構えから後者と判断したディルは剣を帯に戻しながら進んだ。
敵は剣を振り上げ、振り下ろそうとし――天井に刃先が引っかかってしまう。
屋内戦闘はフィールドの不自由さを頭に入れて動かねばならない。
普段通りの動きをそのまま再現すると、今の敵のような失態を晒すことになる。
ディルは迷わず男の鳩尾に前蹴りを叩き込み、そのまま踏みつけて前進。
今度の短剣使いは武器をよく振る男だった。
毒などは塗られていないようなので、刃を右手中指と人差し指の隙間に通してから、敵の拳ごと柄を握る。
これで敵は刃も振れないしディルからも離れられない。
敵の一瞬の動揺を見逃さず、左拳を顔面に叩き込み意識を断つ。
ディルはその男をすぐには手放さず、迫る弯刀使いに向かって押し出した。
敵が僅かに後退して回避。
この弯刀使いは、小さな丸盾も装備しているようだ。
今度は剣を鞘から抜き放ち、ディルはその切っ先を敵に向ける。
そして柄頭を回した。
ディルの剣は第五階層の憤怒領域にて入手した武器であり、剣としての抜群の性能と――サイズの変更という機能を有している。
突如として通路を駆け抜ける巨人の剣は、弯刀使いの円盾を勢いよく突き、その身体を後方へ大きく吹き飛ばす。
倒れたのは一人ではない。
鞭使いが巻き込まれ、共に壁に叩きつけられていた。
立ち上がってくる様子はないが、二人とも死んではいないだろう。
ディルはサイズ調整の際に、敵の肉体を誤って貫かぬよう調整していた。
前にパオラに言ったように、ディルはあくまで探索者。
人殺しを生業とする者ではない。
剣のサイズを元に戻す。
残るは最後の短剣使いと、ディルの目当ての鉤爪使いだ。
だが短剣使いは自分の武器を捨て、降伏を示すように両手を挙げた。
元々どうでもいい相手だ、立ち去るよう視線で促すと、慌てた様子で動き出す。
しかし、得物を捨てた短剣使いはその直後、小さな呻き声を上げて倒れた。
そして、床に赤い血が広がっていく。
鉤爪使いが後ろから腹部を貫いたのだ。
「どいつもこいつも、『案内人』ごときに情けねぇ」
ひどく猫背で小柄な男だった。
全身を黒い衣装で統一しており、ぎょろぎょろとした目はどこを見ているのか判然としない。
鉤爪使いは、他の者達と違いディルが何者であるかに気づいているようだ。
彼の仲間であるアニマを襲う仕事を引き受けたのだから、不思議ではない。
「一応訊くが、うちの合法ロリを襲ったのはお前か?」
「あぁ、見た目はガキだったがこっちも仕事でね。女子供はやれないとか、プロ失格だろう? 時代が求める、男女平等ってやつよ」
いかにも悪役といった具合に、下卑た笑みを浮かべる男。
「へぇ」
「あんたの方は罠を突破したみたいだな。腐っても第八階層の免許持ちなだけはある。だからボスに言ったんだ。探索者は外で襲うべきだってな」
どんな
探索者を襲うならば外で、というのは当然の意見と言えた。
「俺の方は、講習中の不祥事ってことにしたかったのかもな、そっちの依頼主が」
「……探りを入れても無駄だ。おれは何も知らんよ」
「あはは、大丈夫だよ。三下に訊きたいことはない」
ディルが優しい声色と笑みで言うと、鉤爪使いは不快げに眉を歪めた。
「……ダンジョンアイテムを使いこなせるのが、自分だけとか思ってないか?」
男の姿が消える。
違う。
床を蹴り、天井に着地し、蜘蛛のように天井を這ってディルの後方へ回り、天井を蹴り、ディルの背中を鉤爪で切り裂こうとしているのだ。
それらは常人の目には留まらぬ速度で行われており、各種ダンジョンアイテムによる肉体強化の恩恵を受けていることは確実。
ここまで使いこなすのには、短くとも二年から三年の鍛錬が必要になるだろう。
生身のアニマがやられるのも頷ける実力者、と言えた。
だが。
男の鉤爪は、悠々と振り返ったディルの一閃によって左手ごと斬り裂かれる。
更にはディル胸ぐらを掴まれ、強引に床に引き落とされることとなった。
「――――カッ……!?」
「どうした? ダンジョンアイテムを使いこなせるのが、自分だけとか思ってたのか?」
背中から床に叩き落された男は肺の中の空気を一瞬で吐き出し、呼吸を思い出すよりも先に――ディルの拳によって顔の中央を打ち殴られる。
「~~~~ッ!?」
ディルは男の胸に膝を落とし、更に呼吸を邪魔してから、驚愕と苦痛に歪む顔を、静かに見下ろす。
この男がどれだけダンジョンアイテムの扱いに慣れていたとしても、関係ない。
ディルよりもダンジョンアイテムに精通し、その扱い方を極めた者などいないのだから。
十三歳でこの街に来てから十年。
最も成果を上げたパーティーというだけではない。
自分の選択肢を増やし
血の気が失せ、痛みによって瞳から涙を滲ませる男を見て、ディルは不機嫌そうに言う。
「おい、ガキみてぇに泣くんじゃねぇよ。あいつは耐えてたぞ。男女平等だろ? お前が女にやったことは、誰かがお前にやっても問題ねぇよな?」
「まっ、待っで……!」
この男の持っていた『生傷の鉤爪』は最初の一撃で破壊した。
これでアニマの身体に刻まれた治癒の遅延は取り除かれ、ダンジョンアイテムによる治療を受け付けるようになった。
あとで医師に伝えに行かねばなるまい。
「しごどっ、しごどだったんだ……!」
「なんだそりゃ? 仕事でやったら罪がどっか行くのか? プライベートな悪事だけが犯罪か? お前がやったことのツケを、お前が払うってだけのことに、何を言い訳してるんだ」
アニマも、レオナも、パオラも、深淵に用などなかったというのに。
ディルとリギルの目的の為、死の危険も顧みずについてきてくれたのだ。
そのような仲間がどれほど得難い存在かなど、考えるまでもない。
「お前は、俺の、友達を傷つけたんだ」
「――――」
「犯した罪の分だけ、罰が下ったんだと受け入れろ」
ディルは相手の意識を断つべく、再び拳を打ち落す。
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