第57話◇お見舞い



今でこそ『一心同体のアニマ』と呼ばれていた彼女だが、探索者になってすぐの頃は孤立していた。


 理由は単純。

 彼女の深淵型探索才覚ギフトである『モンスターの亡骸を意のままに操る』能力の所為だ。


 一見有用に思える能力だが、大きな罠がある。


 まず、モンスターの亡骸を用意するまでの戦闘能力などは、用意されていないこと。

 ハーフリングという種族や彼女自身の非力さを考えると、自力でのモンスター討伐は難しい。

 つまり、仲間がいないと発動自体が出来ない探索才覚ギフト、ということになる。


 更に言えば、探索者の大半が第一階層の暴食領域で肉を獲れればいい、という考え。

 大事な獲得物である肉を、アニマの能力で動かして傷つけたり、鮮度を損なうというのは、マイナス要素でしかない。


 不要な人員と儲けを山分けしようという者はいないので、必然的に、彼女は仲間を得ることが出来なかった。


 免許取得したてで金がなく、満足な装備や経験もないとなれば、なおのこと。


 ディルたちは、そんなアニマに声を掛けた。


『お前、うちに入れよ。装備とかの金は全部貸してやる――こっちのリギルがな』


『は? 急に何?』


 大抵の探索者にとって不要な探索才覚ギフトであることは間違いないが、深淵を目指すディルたちにとっては違った。


 その層ごとの戦力を支配下におけるという点も、一個人を仲間にするだけで複数の戦力を確保できる点も、得難い能力であると言えた。


『今のままじゃ、お前はまともに稼げない。教習所に払った金が無駄になるわけだ』


『……だから、施してやろうって? ごめんだね、同情とか要らないんだよ』


 人を警戒する猫のような態度のアニマに対し、ディルはあくまで自然体。


『はぁ? いくらお前がガキにしか見えなくて、俺が世界一の紳士だからって、妙な勘違いをするんじゃねぇよ』


『すごいな、この短時間で世界一嫌いな人間が更新されたよ』


 アニマの皮肉も、ディルには通じない。


『嫌いでいいから仲間になれ。お前の力は使えると俺が判断した』


『何言ってるのかな、こんな……外れ能力』


 苦しげに俯くアニマに、ディルは言った。


『馬鹿と同じで、能力も使いようなんだよ。絶対的な当たり外れなんてない。俺についてくれば、お前の探索才覚ギフトを当たりにしてやる』


『……新手の詐欺? こんな力、第一階層ではどうやったって――』


『何言ってんだ、お前』


『は?』


『俺が目指すのは深淵だ。お前の力は、そこまでの道のりで役に立つんだ』


 存在するかも分からない第八階層。噂だけの存在。


 そこへ行くと抜かす目の前の少年に、アニマは目を丸くし、やがて頷く。


『……あ、わかった。君はあれだな、馬鹿なんだね』


『だったらどうする? その馬鹿を上手く使って起死回生の道を探るか、このまま貧乏暮らしを続けるか。選べよ、俺よりは賢いんだろ?』


 アニマはじとりとした視線でディルを見上げていたが、やがて大きく溜め息を吐く。


『……はぁ。いいよ、わかった。どうせ、他にしたいことがあるわけでもないからね。君を利用してあげる。でも、深淵とか行くつもりないから』


『お前、正直なやつだな。本当に利用したいなら、そこは黙ってればいいのによ』


『……うるさいよ』


 ディルは笑って、彼女に手を差し出す。


『はは。じゃあ、よろしくな、ロリ』


『やっぱり考えさせてもらえるかな?』


 このようにして、アニマは快くディルたちの仲間になったのだった。


 結局、アニマはディルの仲間として、第七階層まで攻略を共にした。


 そして、第八階層へ繋がる道を発見し、仲間たちはディルを深淵へ送り出してくれたのだ。


 そこで、ディルは妹の蘇生を願い、彼女を取り戻すことができた。

 ただし、意識の目覚めぬ身体、という不完全な形で。


 ◇


 生徒たちの引率をモネとアルラウネの教官に任せると、ディルはアニマの許へと向かう。


 パオラが言うには、負傷した姿で発見され、医療施設へ運び込まれたのだという。


「……なるほどな」


「随分と落ち着いているな……いや、そう見せているだけか」


「つーか、こっちもちょっかい掛けられたからな。納得って感じだ」


「なんだと?」


 ディルは、ダンジョン内のトラップがオンになっていたことを手短に説明。


「……黒幕が誰にしろ、徹底的にやるつもりか」


「というか、リギル単体じゃなくて、最初から俺たち狙いだったのかもな」


「そうなると、次に襲われるのはレオナか」


 『一撃必殺のレオナ』。ディルの住む集合住宅一階に店舗を構える雑貨屋主人であり、パーティーメンバーでもある。

 両側頭部から角の生えた、赤毛の美女だ。


「あいつなら大丈夫だろ。能力がなくても強いからな。それより心配なのは」


「建物の方、か。すぐに警護をつけよう」


 ディルの住む集合住宅には、レオナの店がある他、アレテーの部屋もある。

 それだけではない。

 ディルの妹が眠っている場所でもあるのだ。


 そう簡単に破壊されるような造りではないが、用心するに越したことはない。

 途中、ディルは果物屋を見つけて立ち止まる。


「どうした、何故立ち止まる」


「いや、見舞い品を買ってこうと思ってな」


「はぁ? 貴様、この緊急時に何を言っている」


 パオラは理解できないとばかりにディルを睨む。


「こっちが血相変えて駆けつけたら、向こうも落ち着かないだろ。お、このぶどうにしよう。パオラ、財布」


「せめて自分で買おうという気はないのか貴様」


「逢わない間に忘れたか? 俺は万年金欠男だ」


「威張るな」


 呆れた顔をしつつ、パオラは果物屋の店主に料金を支払う。ディルが選んだぶどうだけでなく、カゴに様々な果物が盛られた商品を購入したようだ。


「さすがは探索騎士の団長さんだな」


 ディルはカゴを受け取り、リンゴを盗み食いしようとしたところをパオラに睨まれる。


「アニマの為に買ったのだろうが、馬鹿者」


 叱られたディルは渋々カゴにリンゴを戻した。


 ◇


 見舞いの品を持って病室を訪ねると、アニマの傷は酷いものであった。


 包帯だらけで、僅かに覗く肌も青黒く変色している。

 辛うじて片目と口は開けるようで、ディルを見て皮肉げに笑う。


「情けないよね。第八階層探索免許とかいっても、ダンジョンの外じゃあこれだ」


 パオラは病室の外で待つと言って、中には入ってこなかった。

 ディルはベッド脇の小さなテーブルにカゴを置き、近くの椅子を引っ張ってきてそこへ座る。


「果物を買ってきてやったぞ。何喰う?」


「どうも。悪いけど、食欲はないよ」


「ちゃんと食わないと治るもんも治らんし、背も伸びないぞ」


「今身長は関係ないだろ」


「怒るなよ、身体に障る」


「怒らせた張本人が言うと、更に腹が立つね。……はぁ、もうなんでもいいから、頂戴」


 ディルはぶどうをむしって、アニマの口へ運ぶ。

 もきゅもきゅと彼女の口が動き、こくんっと呑み込むのが分かった。


「……大怪我してみるもんだね。君が病人に優しいとは知らな――あ」


 話している途中で、ディルの妹のことが頭に浮かんだらしい。

 彼の妹は病に倒れ、その病で命を落とした。そしてディルは、そんな妹の看病をよくしていた。


 仲間であるアニマは、そのことを知っている。


「いや、ごめん。今のはそういうつもりじゃ――」


 反射的に皮肉を言おうとした結果、ディルのトラウマを刺激してしまったと思ったようだ。

 アニマは見ているこちらが悲しくなるくらいに、申し訳なさそうな顔をする。


「ばーか、怪我人が妙な気遣いすんじゃねぇよ。そもそも、俺は誰にでも優しい」


 ディルが普段通りに言うと、アニマはほっとした顔をしてから、ジト目でこちらを見上げた。


「君と自分じゃ、優しいの定義が違うみたいだね」


「そうかよ」


 ディルはそう言いながら、ぶどうを自分の口に放り込む。


 それからしばらく、二人は他愛のない会話を続けた。


 それが一段落ついた頃。


「……誰にやられたか、言えるか」


 ディルはようやく本題に入った。


「よく覚えてないよ」


 答えを用意していたかのように、アニマは答える。


「顔や服の特徴、装備や匂い、なんでもいい」


「なに、衛兵の真似事? 事情聴取して、似顔絵描きでも呼ぶ?」


「絵は自分で描けるぞ」


「君の絵心が死んでるのは、仲間全員が知ってるんだけど」


「失礼なやつめ」


 ふふ、とアニマは小さく笑う。

 それから「っ」と小さく身じろぎした。傷が痛んだようだ。


「ねぇ、ディル。妙なこと、考えないでね」


「なんのことだ?」


「目が怖いよ」


「俺の目は優しい光に満ち満ちているだろ」


 じぃっとアニマの目を見るが、今度の彼女は笑わない。


「復讐とか、そういうこと考えなくていいから」


「お前の復讐を、俺がするのか? 意味わからんな」


「仲間が困ってたら、君は絶対に助けるんだ。わからないと思うの?」


「お前、何か困ってるのか? 頼るならレオナあたりにしてくれよ、面倒くせぇから」


「……またそうやって誤魔化す。男の照れ隠しとかダサいんだけど」


「様々な種族が共存し男女の平等が謳われる今の社会で、その発言は前時代的かつ、差別的じゃないか?」


「は?」


「……いや、生徒の一人にこんなこと言う奴がいるんだよ」


 ミノタウロスの生徒の理屈っぽい言葉が耳に残っていたので、それを真似したらスベってしまった。


 恥をかいた分、今度あのメガネくんに八つ当たりせねば、とディルは大人げないことを考える。


「あっそ」


「とにかく、お前が心配するようなことは起こらないから安心しろ」


「じゃあ、誰にやられたかなんて、君が知ろうとしなくていいよね?」


「……言いたくねぇなら構わねぇさ」


「それ、言わなくても探し出すってふうに聞こえるんだけど」


「襲撃者に鼓膜も破られたのか?」


「うわ、そういう皮肉言うんだ。傷つくんだけど」


「そりゃ大変だ。早く治すためにも、たっぷり寝ておけ」


 話は終わりとばかりに、ディルは立ち上がる。


「……あのさ、ディル」


「あ?」


「リギルには、このこと言わないでね」


「なんでリギルが出てくる」


「これ、リギルへの警告でしょ。有罪を認めないなら、周囲の者を傷つけていくっていうさ」


 彼女はそう受け取ったようだ。

 その上で、リギルが胸を痛めぬよう、黙っているようにと言っている。


「……ってことは、あいつ無罪なのか」


 ディルは、わざと驚いたような顔をつくった。

 アニマがジトりとした視線でディルを睨み上げる。


「分かりきったこと言わないでくれる?」


「ははは」


 そこで会話が途切れ、なんとも言えない空気が流れた。

 それを払拭するためではないが、ついディルの口が開く。


「アニマ」


「なに?」


「暇だったら、明日も来てやるよ。何か欲しいものあるか?」


「……じゃあ、またぶどう」


「おう。俺は金欠だから、教官室でカンパ集めてなんとか買ってくるわ」


「その情報は要らないから」


「いい子にして寝るんだぞ」


「次に子供扱いしたら、殺すよ」


 彼女の声が冷気を帯びる。


「アニマちゃん、ベッドの下におばけがいないか確認してやろうか?」


「退院したら絶対に君のことを殺すけど、おばけになって化けて出るのはやめてね」


「幽霊になってお前を脅かすのは楽しそうだが、まだまだ死ねないんでな」


「……そうだよ。だから危険に飛び込むのはやめてよね」


 彼女の瞳が心配に揺れていることに気づきながら、ディルはいつも通りに接する。


「お前は俺の母親か?」


「だとしたら、育て方を間違えたよ」


「悲しいこと言うなよ、アニマママ」


 マが多くて、なんだか言いにくい。


「寒気がしてきたんだけど」


「布団を掛けてやろう」


 ディルは丁寧に彼女の布団を肩まで上げる。


「んじゃ帰るわ」


 病室を後にする直前、彼の背中に声が掛けられた。


「ディル」


「なんだ?」


 立ち止まったディルだが、振り返りはしない。


「お見舞い、ありがと。来てくれて嬉しかったよ」


 素直なアニマというのは大変珍しい。振り返って顔を確かめたい衝動に駆られる。


 普段のディルならばそこから更にからかうところだが、相手は怪我人。

 これ以上怒りで興奮させるのはよくないだろう。


「……はいはい」


 だから彼は、ひらひらと手を振るに留めた。



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