第56話◇抜き打ちテスト
ここ最近の
くたびれた教官として自堕落に暮らしていたところに、ある日いきなり深淵を目指す子うさぎの面倒を見ることになり。
その子うさぎアレテーのおかげで、人生に再び光を見出だせたかと思えば、親友が冤罪で逮捕され。
いまだ正体不明の黒幕は、ディルの生徒や仲間にまで手を出すつもりらしく、なんとダンジョン内に罠を仕掛けていた。
大罪ダンジョン第二階層――怠惰領域。
石造りの迷宮を連想させる内部構造を持つ領域で、様々なトラップを突破することで、まるで報酬のようにダンジョンアイテムを手に入れることが可能。
なのだが……。
かつて先人が無効化し、安全性が確保されたそのトラップを、再び起動させた者がいた。
その所為で今、ディルたちは『坂道を転がり落ちてくる巨岩』という古典的なトラップに襲われているのだった。
黒幕への怒りを隠し、ディルはまるで予定通りとばかりに、生徒たちに声を掛ける。
「さっさと動かないとぺしゃんこになるぞー」
先程ディルは、一人一つの岩を止めろと指示を出していたのだ。
最初に反応したのは、白銀の髪の少女――アレテーだった。
「べ、べりあるさん!」
彼女が両手を胸の前で広げると、その間に水球が出現。
それはまたたく間に水量を増し、すぐさま巨大なクマを模す。
ダンジョン内に足を踏み入れた者が必ず目覚める力――
全八種に分類される能力の中で、彼女が持つのは嫉妬型水属性の力。
『水で動物を模したモンスターを生み出し、使役する』というもの。
生み出す動物は想像力次第、同時に使役できる数は本人の思考力次第。
能力の有効範囲にも限りがないというのだから、破格の能力だ。
他者を傷つけることへの抵抗という、本人の心の問題で用途が大きく制限されてはいるが、このような状況であれば問題はない。
彼女の生み出した水製のクマは、見事に転がる巨岩を受け止めた。
アレテーの活躍に、他の生徒たちも動き出す。
ミノタウロスのメガネ男子タミルは、『蔦を生み出し、使役する』
怠惰型植物属性の力だ。
また、強欲型土属性の能力によって土壁を作り出し、巨岩を止める者もいた。
別の生徒が嫉妬型に属する氷結能力によって壁を展開するが、これは砕けてしまう。
強度が足りなかったのだ。
慌てるその生徒を守るように、美しきハーフエルフが、月の光を纏っているかのような金色の長髪を靡かせながら駆ける。
柄だけの剣が抜き放たれ、瞬時に
傲慢型光属性『自分の周囲に光熱攻撃を展開できる』という、よくある能力。
だが彼女の場合、射程が極端に短かった。
苦悩の果てに、彼女は近接特化の使い手として名を轟かせるに至った。
刃の形を得た閃光が、迫る巨岩を粉微塵に刻む。
「氷壁というアイディアは悪くないけれど、対象との相性も考えましょうね。氷壁の強度を考えると、威力を減衰させる方向で展開するとよかったかもしれないわ」
『抜き打ちテスト』というディルの嘘を尊重してか、モネは生徒にアドバイスまでしている。
勢いのついた巨岩は止められなくとも、正面ではなく斜めに展開することで軌道を変えることは可能かもしれない。
また、壁と氷壁で挟み込むような形をとれば、徐々に勢いを弱らせることも出来るだろう。
『強度が足りないから止めるのは無理』と諦めるのではなく、その上でどのような対応策を練るかが重要。
言われた生徒も、この経験から学ぶだろう。
教官や生徒たちを狙った悪質なトラップだが、ディルはこれを悲劇にするつもりはない。
ただの授業として消化し、生徒たちに不安を与えることなく地上に戻るつもりだった。
「さぁ! ディル様! ご覧くださいな! これより放つは、わたくしの愛の具現!」
一人、喧しいサキュバス娘がいる。
ピンク髪のパルセーノスだ。
以前ダンジョン内で悪漢に襲われているところをたまたま助けただけの縁なのだが、彼女はそれに運命を感じたらしく、教習所を移してまでディルの生徒になった。
「行きなさい! 猛る恋情の爆炎!」
謎の叫びと共に、彼女の手元から火炎球が飛び出し、丸岩に接触――爆発する。
凄まじい轟音と共に巨岩が砕け散っただけでなく、ダンジョン内が大きく揺れた。
更には爆発によって生じた風はディルたちの髪や服をバサバサと煽り、散らばった破片が小雨のように降り注ぐ。
色欲型火属性の『自分の周囲に爆発攻撃を展開できる』能力だ。
射程はそこそこだが、威力が強すぎる。
「お前……火力の調整をしろよ」
「ディル様、それは人に『愛を抑えろ』と命じるようなもの。つまり――不可能ですわ」
何を言っているかは分からないが、火力調整が利かないということは理解できた。
それならば、悪漢共に距離を詰められた時に
そんな彼女を、当時のディルは助けたわけだ。
「それよりセンパイ、そろそろいいんじゃないの?」
生徒たちの巨岩への対処を一通り確認出来たのだから、この嘘の『抜き打ちテスト』を終わらせてはどうかと、モネは言っているのだ。
「わかってるよ」
もう
深淵型無属性――『目的達成までのルートを表示する』能力によって。
いまだ転がり続ける巨岩の群れの奥、通路右の壁面に隠しボタンがあり、それを押すことで隠し部屋への通路が出現。その部屋に、罠を解除する装置が置かれている。
ディルは視界上に展開される己の幻像をなぞるようにして坂道を駆け上がり、全ての丸岩を回避し、隠し部屋へ向かう。
狭い石造りの部屋には台座が置かれており、その上にレバーが設置されていた。一本の棒の両端に、棒を直角に生やしたような形状のそれは、上げ下げすることで罠のオンオフを切り替えることが可能。
誰かがオンにした仕掛けを、ディルはオフに戻す。
しばらくの地鳴りのあと、巨岩の供給が止まった。
ディルは隠し部屋から出ると、みなと合流。
「先生、すごいです! こう、しゅばばっって!」
「あぁ……! ディル様、なんと無駄のない動き!」
と感嘆しているアレテーとパルセーノスを置いて、生徒たちを見回す。
「
何か言いたげなモネと人妻アルラウネの教官だったが、生徒たちの前ということで我慢している。
肝心の生徒たちに関しても、これが予定されていた授業だと勘違いしてくれたようだ。
罠の解除と共に、先程閉じられた通路も復活している。
「んじゃ……今日のところは地上に戻って、反省会だ。岩を止められたやつも、より効率のいいやり方、上手いやり方について考えるように」
訓練場までの道に更なる罠がないとも限らない。
生徒たちを連れていけるのは、最低限の安全性を確保してからだ。
帰り道に妨害はなく、誰一人欠けることなく帰還することが出来た。
しかし教習所へ戻る途中、ディルの許へ最悪の知らせが入る。
「……ディル」
純白の制服に身を包んだ、ダークエルフの美女。
かつてディルたちと共にダンジョンに潜っていた、パオラだ。
今は探索騎士という、ダンジョンに関わる犯罪を捜査する機関に所属している。
また、リギルを逮捕した者でもあった。
モネとアルラウネの教官の顔に、警戒が浮かぶ。
「パオラか。どうした」
「……すまない。もっと注意しておくべきだった」
「だから、何の話だよ」
パオラは美しい顔を苦しげに歪めながら、苦鳴のようにこう漏らした。
「――アニマが……」
それはパオラと同じ、ディルのパーティーメンバーの一人の名だった。
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