第55話◇逆鱗
ディルは暗殺者たちに情報を吐かせた翌日、普段通り授業に向かった。
現状、ディルが事件解決のためにパオラに協力している、という証拠は敵に与えていない。
だが暗殺の失敗自体はすぐに知れるだろうから、警戒はされるかもしれない。
暗殺者が吐いた情報は、直接黒幕に繋がるものではなかった。
そのあたりも抜かりないらしい。
だが、暗殺者たちの所属する組織は判明した。
あとは、そこからどれだけ辿れるかだが……そのあたりはパオラに任せてもいいだろう。
彼女は優秀だ。
「今日はダンジョン実習だ」
第二階層・怠惰領域。
石造りの迷宮で、様々なトラップが用意されている。
これらをなんとか突破し、無事宝物にたどり着ければ、様々な行動を『省略』可能なアイテムを獲得することが叶う。
凶暴なモンスターが襲ってくる、という第一階層の分かりやすさとは一転、絡め手好みの第二階層。
大抵の探索者は第一階層目当てなので受講生は少なく、監督しやすいという意味ではありがたい。
だが第二階層の生き抜き方を教えるのは中々難しいのだ。
第一階層ならモンスターと戦わせればよかったが、今度はそうはいかない。
第二階層は『気づけば詰んでいる』という状態になりがちなので、そこを体験させるのは教習所としても難易度が高い。
それでも、リギル・アドベンチャースクールには実習の用意があった。
今日はディル、ハーフエルフのモネ、人妻アルラウネ、という教官三人体制で生徒たちを引率。
第一階層から、一番近い『黒い丸穴』へ移動し、そこから第二階層へ降りる。
上へ移動する『蜘蛛の垂れ糸』は第一階層から地上への移動でも利用するが、下へ移動する『黒い丸穴』の利用は初めてなので、生徒たちは緊張しているようだった。
リギルによってディルの世話係を任された、子うさぎことアレテー。
ミノタウロスの真面目な青年タミル。
ピンク髪で、ディルを運命の相手だと認識している厄介なサキュバス娘パルセーノス。
この三人も、生徒として実習に参加。
「な、なんだか寒いです……」
自分の肩を抱くように二の腕をさするアレテー。
無意識なのか、数歩分ディルに近づいてきていた。
そこに「むっ」と機敏に反応したのはパルセーノス。
「ディル様、わたくし怖いですわっ」
と言って、ディルの腕に掴まる。全身を絡ませるような密着感。腕を挟むようにして押し付けられる双丘と、平常心を乱すような甘い香り。
だがディルは冷静にパルセーノスの側頭部に手をやり、彼女を押しのけようとする。
「離れろ」
「なんてぞんざいな扱い! さすがディル様!」
何故そうなる。
ディルはいよいよ頭が痛くなった。
人に嫌われるのは得意だと思っていたが、ここ最近の人間関係を思うと、認識を改める必要があるかもしれない。
いや、例外的存在との遭遇が連続しているだけか?
「パルセーノス? ダンジョン内で悪ふざけはやめましょうね?」
モネは笑顔で注意しているが、どういうわけか剣の柄に手を掛けていた。
今にも柄を手にとって、
彼女は柄から光熱を剣のように発生させ、近接攻撃を得意とする。
彼女の巧みな剣技と
もちろん、生徒に向けて振るうようなものではない。
「あらモネ教官、嫉妬ですの?」
「は、はぁっ!? 何をどう捉えたらそういう結論になるのかしら!? まったくもって意味不明なのだけど!?」
モネとパルセーノスの相性もあまりよくないようだ。
モネはからかわれると、わかりやすく反応してしまうのである。
「あら~、修羅場ねぇ。見ごたえがありそうだけど、続きは地上にしてもらえる?」
人妻アルラウネの言葉に、モネは「ご、ごめんなさい。でも修羅場ではないので」と答えている。
パルセーノスも、ダンジョンでのアプローチは不適切だという自覚があるのか、スッとディルから離れた。
「失礼いたしましたわ、ディル様」
「分かったならいい。お前らも、このピンクの奇行は真似しないようにな。ビビッて仲間の服に掴まった所為で仲間が体勢を崩し、結果的に魔物に食われたって話もあるくらいだ。ダンジョンに潜ったら、地上のノリは捨てるくらいの気持ちでいろ」
たとえば、安易に肩を組むなどもよくない。両者の片腕が塞がるからだ。
それでいくと寒さに自分の肩を抱くアレテーの行動も好ましくないのだが――すぐに自分でも気づいたようで、シュピッと手を下ろした。
「ダンジョン内の気温が気になるようなら、寒さや暑さへの耐性を付与するアイテムを装備するのも手だな」
ダンジョンは不定期に構造変化が起こるのだが、各層の約三割ほどは、何があっても様相の変わらない『安定空間』というエリアが残る。
アドベンチャースクールは国から許可を得て、安定空間内に訓練場を設けるのだ。
ただし安定空間は前述の通り土地が限られているので、最近では複数のアドベンチャースクール共同で保有しているパターンも多い。
後発だと新たに訓練場は作れず、金を払って既存の訓練場を借りたりもするようだ。
リギル・アドベンチャースクールは後発だが、そこは超有名な第八階層探索免許保持者。
国が融通を利かせてくれたおかげで、各層に訓練場が存在する。
石造りの通路を進みながら、それとなく生徒たちの様子を確認する。
リギル逮捕の件が気にならないと言えば嘘になるだろうが、さすがにダンジョン内でまでそれを訊こうとする者はいないようだ。
みな、初めての第二階層に緊張しているか、集中している。
パルセーノスさえ、先程の問題行動のあとは、真面目に周囲を警戒していた。
「あ、あのー、先生?」
アレテーが控えめに手を挙げた。
「どうした?」
「先程からずっと、等間隔に松明の明かりがあるようですが……」
石の通路の両脇には、松明を立てかける台と、火のついた松明が設置されている。
おかげで道は照らされているが、火の熱も感じなければ、燃料の臭いもない。
よく見ると火は全て規則的にゆらめいており、作り物のように感じられた。
というか、作り物だ。
「気づいたか。これも
「第一階層に広がるお空みたいな感じでしょうか」
「そうだな、その認識であってる。あれも実際の空じゃないが、雲も太陽もあるだろ?」
「……絶えず燃える松明など、持ち帰ることが出来れば大変有用に思えますが、不可能ということですね」
ミノタウロスのタミルが言う。
「そうだなぁ。ダンジョン的には、この松明はアイテム扱いじゃないんだろう。だから当然、取り外せないし持ち帰れない」
そんな説明をしていると、分かれ道に当たった。
片方はまっすぐ進む道で平ら。ディルたちはそちらに進む予定だ。
もう片方は進行方向から見て右に進む道で、上り坂になっている。そして道幅も広い。
「この坂道はな、元は丸い巨岩がゴロゴロ転がってくるトラップが仕掛けられていたんだ。安定空間なんで先人たちがトラップをオフにして、それ以来安全になったがな」
生徒たちが「へぇ~」と坂道を眺めている。
睡眠効果のある花粉を撒き散らす花なども、安定空間の一部では除去済み。
ダンジョン攻略の黎明期と違い、今の探索者志望たちは比較的安全にダンジョンについて学ぶことが出来る。
それでも完全に安全とはいえないのだが。
十数秒ほど経ってから、ディルは移動を促そうとしたのだが――。
突如として、進む予定だった通路が――閉じてしまう。
左右から石が道を塞ぐように突き出たのだ。
「なに……?」
それだけではなく、来た道も同様に塞がっていた。
「ディル、これって……」
モネが柄を手に取り、アルラウネの教官も臨戦態勢をとる。
そして、唯一道の繋がっている上り坂から、複数の巨岩が転がってきていた。
このままでは、生徒もろともペチャンコになってしまう。
――こうくるのか。
ディルは一瞬で状況を察していた。
猫耳娘フィールら三バカの暗殺に失敗したことは、敵も把握しているだろう。
では誰がそれを防いだのか。候補はそう多くない。
だからここで、候補の一人であるディルを潰そうというのだ。
リギルに冤罪を被せておきたい奴らの罠、ということになる。
あるいはそういった思惑とは別に、リギル・アドベンチャースクールの評判をもっと貶めたいのかもしれない。
所長が逮捕されてすぐ、教官や生徒たちに死者が出たとなれば、ますます客足は遠のくだろう。
ディルはスゥッと頭が冷めていくのが分かった。
ただでさえ頭に来ているというのに、生徒や同僚にまで手を出そうとは。
――黒幕のヤツに会うのが楽しみだよ。
だがその前に、死のトラップを生き延びねばならない。
慌てる生徒たちに、いつも通りの眠たげな声で、言う。
「というわけで、抜き打ちテストだ。一人最低一つは巨岩を止めるように」
ディルは嘘をついた。
生徒たちから「えぇッ!?」という驚きの声が上がる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます