第54話◇穏便な尋問
ディルは、二人の暗殺者がまだ気を失っている時の、パオラとの会話を思い出していた。
「ディル、貴様がどこまでやるのか聞いておきたい」
「どこまでって?」
見た目以上の容量を誇るダンジョン産の袋から、あれこれと道具を取り出しながら、ディルは応じる。
「リギルの無実を晴らしたいのは同じ筈だ」
褐色の肌をした美しきダークエルフは、生来の鋭い眼差しをディルに向ける。
子供なら竦み上がるような視線だが、そこに込められた感情は怒りではない。
それがわかっているから、ディルも動じない。
「まぁ、そうだな」
晴らしたい、のではない。
晴らすのだ。
ディルにとっては目標ではなく確定事項なのだが、そこを指摘するつもりはなかった。
「敵はどうやら探索騎士の捜査、その裏を掻くことができる。ゆえにこのまま屯所に連れ帰って尋問したところで有益な情報は得られないだろう」
「だから、三バカの暗殺未遂犯をしょっ引く前に、ここに寄り道してんだろ?」
パオラに汚れ仕事をさせるつもりはない。
既に探索騎士の団長としてはグレーもいいところだが、状況によっては捕縛した犯罪者を屯所に連れ帰ることなく、その場で尋問することもある。
その延長である、と言えなくもない。
ルールを重んじるパオラにとっては、最大限譲歩した形といえるだろう。
それだけ、彼女も仲間を大事に思っているのだ。
「私が訊きたいのは、だ――」
「回りくどいな、要は拷問すんのか訊きたいんだろ?」
ディルがハッキリ言うと、彼女は端整な顔を苦々しげに歪めた。
「……そうだ」
そんな彼女に、ディルは軽い調子で答える。
「俺は探索者だ」
「答えになっていない」
「拷問官じゃないってことさ」
◇
暗殺者は男と女一人ずつ。
二人を目覚めさせたあと、十数秒おいてから、パオラに男のほうを連れ出してもらう。
互いの姿を確認させたのは、任務が完全に失敗したことを視覚的に分からせるためだ。
それともう一つ、こちらの方が重要。
「俺は面倒くさがりでな、こうしよう」
女はくすんだ赤い髪をした、人間族。小柄で細身、表情は感情に乏しい。年は二十代前半といったところか。
「……」
「俺とお前の間で、お決まりの会話は一通り済ませたことにしようぜ。『何も話すことはない』とか『さっさと殺せ』とか限界まで黙るとか、そういうやつな」
ちらりと、彼女がこちらを見上げた。
「……『案内人ディル』か」
唾棄するように呟く。
挑発のつもりかもしれないが、ディルにその手のものは通じない。
「そうだ。どんな噂を聞いてたかは知らんが、お前を捕まえるくらいは出来るわけだ」
仮にも暗殺者ならば、対峙した者の力量くらいは測れるだろう。
簡単に殺せるか、自分には手が負えないか。
女はディルから目を逸らした。
「知っていることは大してない」
どうやら、会話をする気はあるらしい。
「あぁ、だろうな。だがお前が持ってる大したことない情報のためなら、俺は割となんでもする」
ディルの噂は良いものも悪いものも、多くの道具を使って戦うという情報が共通している。
普通はさっさと売って金に換えるようなダンジョンアイテムを、目の前の男は保存・加工して利用するのだ。
加工したダンジョンアイテム。
表に出回るような、国の認可が下りた安全なものや、制限はありつつも販売されているものとは、別。
裏には、国の監視の目を逃れ、安全性を無視したアイテムが溢れている。
「暗殺者のお前とは部門が違うだろうが、所属してる組織には拷問担当もいるんじゃないか? いないなら、面倒だが説明しないとならんなぁ」
感覚を鋭敏にするアイテムを主材料とした、『痛覚が冴え、気絶できなくなる薬』などは一部の者に人気が高いという。
また、肉体の欠損部位さえ再生するほどの秘薬と合わせれば、死ぬことも出来ぬ苦痛が無限に繰り返されることになる。
死なないように、という配慮が不要になるのだ。
もちろん、簡単に加工・精製・生産はできないし、その分の金もかかる。
だが目の前にいるのは、人類で五人しかいない第八階層探索免許保持者。
そして、中でも道具の扱いに長けている者。
彼女の組織が抱える道具に匹敵するどころか、性能で大きく上回るものを所持していてもおかしくないう。
そのことを理解した女は、さすがに顔を青くした。
どこまで訓練された暗殺者か知らないが、探索者になれなかった者――三バカのことだ――を殺すのに、黒幕が無駄金を使うとは思わない。
つまり捕まえた二人の暗殺者は、フィールを殺すのに相応の技術やプロ意識を持った者。
業界最高峰には程遠いわけだ。
その程度の人材ならば――。
「わ、分かってると思うが――」
案の定、女は交渉に入りだした。
「喋ったら殺される、だろ? 逃がしてやるよ。ただし二人の内――最初に喋った方だけな」
「ッ!」
女の顔に焦りが浮かんだ。
捕まったのは自分だけではない。男の方も生きているのを、先程見た。
あの男よりも早く口を割らないと、自分の情報には価値がなくなり、助かる見込みはなくなる。
ぐるぐると頭の中で様々な考えが巡り、答えを出すのに数秒も掛からなかった。
「わ、わかった……!」
屈する。
ディルは道具の中から、嘘を見抜くレンズの嵌ったメガネを取り出し、装着する。
「ちゃっちゃっと真実だけを口にしてくれよ。明日も
◇
女の話を聞き終えたあと、ディルは先程と同じ話を、男の暗殺者にもした。
嘘を見抜けるとはいえ、今回の敵はそのアイテムも織り込み済みで活動している。
少しでも手に入る情報は多い方がよい。
二人を捕らえている地下の部屋とは別、倉庫の地上階でパオラと合流する。
「貴様……あの拷問器具の数々はなんだ」
暗殺者二人がすぐに口を割ったのは、ディルが実際に目の前で弄っている道具が恐怖心を煽ったことも影響しているだろう。
「ふっ、玩具だよ」
血の汚れは偽物であるし、二人が想像したであろう違法アイテムもディルは持っていない。
そう見えるように演じ、そのための小道具を配置し、ディルへの噂がそれらに真実味を持たせたというだけ。
「……つまり、ハッタリだと?」
「あぁ、確認してもいいぞ。つまりだ、俺は団長サマの協力者として穏便に犯罪者を説得したわけだ。俺の話から、相手が何を想像しても、それは俺には関係ない」
実際には傷つけていないし、ディルには二人をどうこうする権限など最初からないのだ。
パオラはため息を溢したあと、フッと笑った。
「少し、安心したぞ。随分と冷静じゃないか」
「言ったろ、俺は探索者なんだ」
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