第51話◇冷静に動く?




 リギルが連行され、職員室は騒然とする。

 多くの生徒はまだ来ていないが、じきに噂は広まるだろう。


 教習所には悪評が付き纏うだろうし、それが敵の狙いの一つだとディルは睨んでいる。

 これから第一階層の免許を取得しようという者が、ここを避けるようなことも増えてくるかもしれない。


 悪い評判は、それが誤解だと判明したあとも、完全には消えてくれないものだ。

 厄介だし、ここまでは敵の思惑通りに進んでいる。


 だが、このままにしておくつもりはない。

 ディルは、羊の亜人ムフの頭を撫で、落ち着かせてから、自分の机に向かう。


 すると、着席を邪魔するようにアニマが立っていた。

 ハーフリングの女性で、人間族からすると非常に小柄。


「なんだよ」


「……なんでそんな冷静なの」


「その話はさっきしただろ」


「そうじゃないよ。さっきと違って、感情表現の話をしてるんじゃない。態度に出さなくても怒ったりとか、驚いたりとか、焦ったりとか、人はするものだよ。親友が逮捕されたんなら、なおのことね」


「まぁ、実は驚いてるよ。パオラのやつ、探索騎士の制服もう一つ上のサイズ着るべきだよな? あれじゃ胸パツパツだろ、部下たちも視線に困るだろうに」


「ディル」


 アニマの目は本気だった。

 ディルは肩を竦める。


「アニマ、お前こそ慌てすぎなんだよ。昔はもっと最悪の状況でも切り抜けてきただろうが」


「……今回も、切り抜けられる?」


 珍しく、彼女は弱気になっているようだ。


 それもそうか。

 仲間だと思っていたパオラが、仲間であり上司でもあるリギルを逮捕したのだ。

 何の説明も受けていないアニマが不安になるのも頷ける話。


「どうだかな。俺の目も、現実こっちじゃ道を示しちゃくれない」


「…………」


「だがまぁ、なんとかするさ」


 なるべく自然体に、へらへら笑う。


「そう、だよね……。なんとかするしか、ない。リギルが悪事に手を染めるとか、有り得ないんだから」


「そうそう、あの真面目男に限ってな」


 そこまで話してようやく、アニマが微かに笑う。

 だがすぐに真剣な表情に戻った。


「ディル、何かやるなら、ちゃんと声掛けてよね」


 …………。


「お前の力が必要になったら、そうするさ」


「君はまた、そんな言い方する……」


 じとりとした視線で見上げられる。唇は拗ねるように歪められていた。


「お前はレオナの心配でもしてやれよ。あいつの雑貨屋もリギルとの関係疑われて捜索入ってるんじゃねぇの?」


「あ」


 アニマは今気づいたみたいな顔をする。


「どっちかって言うと、心配なのはあいつの店を荒らす探索騎士だけどな」


「レオナもさすがに、手加減するでしょ……。する、よね……?」


 『一撃必殺のレオナ』は、側頭部から一対の角を生やした美女だ。

 その身体能力は、並の人間族を大きく上回る。

 探索才覚ギフトを使えない探索騎士など、束になっても敵わないだろう。


 どうかパオラの部下たちに教育が行き届いていて、丁寧な対応をしていることを祈るばかりだ。

 温厚なレオナだが、逆鱗に触れると手がつけられない。


「あ、あとで顔を出さないと……」


「そうしてやれ」


「ディルも来る?」


「いや、俺は忙しい」


「仲間より大事なことなんだ?」


「リギル関連でやることがある」


「弁護士の手配とかは、自分がするけど?」


「お、なら任せるわ」


「君は何するのさ」


「言ったろ? お前の力が必要になったら言う」


 アニマはまだ納得していないようだったが、それ以上食い下がらなかった。


「……絶対だからね」


 アニマはディルの席から離れ、リギルの代理として他の教官たちに声を掛けていく。

 みなリギルの無実を信じているが、動揺は隠しきれていない。


 その表情を確認する限り、この場に内通者などはいないように思えるが……。


 ディルは机に突っ伏し、寝るフリをする。

 さすがの彼も、平常通り授業ギリギリまで惰眠を貪ることはできなかった。


 敵はリギルの始末だけでなく、罪を被せることを選んだ。

 ただ殺すだけならば、まだ死者の名誉は守られる。


 だが、敵は生きた状態のリギルを陥れ、その名誉を汚そうとしている。

 あの清廉潔白な幼馴染が、真面目に積み上げてきた信用を、くだらぬ企みで崩そうとしている。


 ギリ、と歯の軋む音がした。

 周囲の誰かがやったのかと思ったが、音はディル自身から放たれていた。


 ――冷静、ね。


 共に戦い抜いた仲間であるアニマにさえ、そう見えているなら、自分の演技力も中々のものだな、とディルは小さく笑う。


 ディルは机から顔を上げ、欠伸混じりに立ち上がると、職員室を出ていく。

 そしてそのまま更衣室に向かった。


 女子更衣室、とプレートに刻まれている。

 中から人の気配がした。


 ノックすることもなく部屋に入る。


「はぁ!? ちょちょちょっ、何っ!? えっ!? ――先生っ!?」


 そこには私服からメイド服に着替えている途中の猫耳娘――フィールがいた。


 この時間帯に更衣室を使うのは自分だけなので驚いたのだろう。更には闖入者が男で、もっと言えば自分にメイド服を強いている教官だというのだから混乱は頂点に達している筈だ。

 だがディルは考慮しない。


「おっと間違えた」


「その割に冷静ですね!」


 今日は随分と冷静冷静言われる日だな、とそんなことを思う。

 ふざけるのはそこまでにして、ディルは本題に入る。


「話がある。他人に聞かれたくない話だ」


 ディルの表情が真剣なものだったからか、フィールはそれ以上騒がなかった。


「……わかりました。先生がそう言うなら……でも」


「なんだ?」


 フィールが顔を赤くする。


「き、着替え終わるまで、後ろ向いてもらってもいいですか?」


「ふむ」


 ディルは言う通りに背中を向ける。


 着る前のメイド服で必死に体を隠していたが、彼女の肌がちらちらと見え隠れしていた。

 尻尾はぴーんっと立っていた気がする。


「先生って……わざと人に嫌われようとしてますよね。でも、これくらいじゃ、命の恩人を嫌いにはなりませんよ? いや、本当に恥ずかしいし驚きましたけど……」


「もう振り向いていいか?」


「だめですっ!」



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