第48話◇謀略のにおい
アレテー、モネ、パルセーノスの女子生徒三人と自宅で夕食を共にするという、教官としてはあまりよろしくないシチェーション。
だがディルは鬱陶しく思うだけで、特段に緊張などはしていなかった。
やたらとくっつこうとするパルセーノスを押しのけたり、時折虚ろな目になるモネを現実に引き戻したり、いつもより饒舌なアレテーに適当な相槌を打ったり。
気は休まらないが、それだけだ。
ちなみに食事は美味かった。
モネとパルセーノスもエプロンを着用していたが、基本的にはいつも通りアレテーが作ったらしい。
食事が済むと、アレテーとモネが片付けのために台所に移動。
パルセーノスが「お背中お流しいたしますわ」と言い出したが、帰るか片付けを手伝うか選べと突き放し、自室へ。
「少し休む。勝手に入ってくんなよ」
「ディル様の寝室にお邪魔するのは、また後ほど、ということですわね」
「永遠に呼ぶつもりはない」
言って、ディルは自分の部屋に入る。
扉を閉める前、台所の方からアレテーとモネの声が聞こえた。
「寝室というのはプライベートな空間ですから。そ、その、わたしは、あの、先生を起こしたり、お掃除のために入ったりとか、していますけれども……」
「自慢でして!?」
「……あ、それなら、あたしも入ったことある。理由は……まぁ、秘密だけど」
「きぃ~~っ! 貴女たち、やはり
扉を閉める。
「――教官業を楽しんでいるようだな」
ディルのものではない、声。
「んなわけあるか」
招かれざる客からの声掛けにも、ディルは驚かない。
相手はベッドに腰掛け、足を組んでいた。
彼女の存在に気づいたからこそ、ディルは一人寝室にやってきたのである。
そう、侵入者は女だ。
清廉さを示す純白の制服は、探索騎士のもの。
肩に掛けるコートと頭に被る軍帽は、団長である彼女にだけ許されたもの。
琥珀色の瞳をした、ダークエルフの美女。
きっちりと着込んだ制服だが、豊満な胸の所為で胸部が苦しそうだ。
元リギルパーティー最後のメンバーである。
「おい、胸を凝視するな」
「俺の部屋なんだ。どこを見ようが俺の勝手だろうが」
不愉快そうにこちらを睨んでいた美女が、フッと笑う。
「相変わらずだな、ディル」
「お前は前より色気出てきたんじゃねぇか、パオラ」
『一騎当千のパオラ』だ。
通常、複数のモンスターとの戦闘は避けるべきなのだが、彼女の
というより、そう利用できるよう磨き上げられたのだ。
「ほぉ、貴様が世辞を言うとはな。一年の教官生活が、社会性を育んだか」
「いや、エロいって言っただけだ」
「フッ、そうか、セクハラか。確か死刑でよかったかな」
彼女は、ベッドの上に置いていた己の剣に手を伸ばす。
「罰が重すぎるだろ」
「それくらいの罪だと思って気をつけるべきことだ、という話だ」
「今日はそれを言いにきたのか?」
冗談はこのあたりにしよう、ディルが言外に込めた意図を、パオラは汲み取ったようだ。
「いいや、本題は別だ」
「だろうな。団長サマがお忍びで男の家に来るくらいだ、大層な用件なんだろう。つーかお忍びなら私服に着替えてこいよ」
「これは探索装備を兼ねているのだ」
「……あぁ、そういう」
探索騎士は、後ろ暗いことのある探索者にとっては邪魔者だ。
特にパオラが団長になってからは違法行為の摘発が活発化し、免許剥奪や投獄される者も増えてきている。
それくらいダンジョン内は無法地帯だったということだが、そのままでいいと思う悪人たちが、パオラを目の敵にしている。
いついかなる時も気を抜けないわけだ。
私服で呑気にお出かけ、なんてことも出来ないくらいに。
だから周囲に隠れてディルの家に忍び込む時でさえ、目立つ制服を着用せざるを得なかった。
さすがに、その上に外套くらいは纏ってきたのだろうが。
少し視線を巡らせると、机の上に畳まれた外套が置いてあった。
「んで? 用件は?」
パオラは端整な顔を、苦しげに歪めた。
躊躇いを見せたが、最終的には覚悟を決めたようにディルを見る。
「明日――リギルを逮捕する」
「あ?」
自分でも驚くほど、低い声が出た。
リギル。ディルの友の名だ。幼馴染であり、元仲間であり、現上司。
同じ故郷で育ち、同じ日に故郷を捨て、この街で共に探索者として活動していた。
――そいつを、なんだ。逮捕するだと?
だが、すぐにこの怒気をぶつける相手はパオラではない、と自制が働く。
凍りついたような室内の空気。
パオラはディルがある程度冷静さを保っているのを確認してから、続ける。
「この前の件、貴様も疑問に思っていたはずだ」
「三バカの件だな? あぁ、確かに妙なことだらけだ」
猫耳娘のフィールと、サハギンのトビ、ネズミ耳のエダムの三人は、実技試験を受ける資格がないと判断された。
その情報を聞きつけて悪人が寄ってくるにしても、翌日というのは早すぎる。
また、三人を勧誘したのが、いかにも怪しい人物であったこと。
三人にダンジョンへの侵入箇所を知られるようなヘマをしたこと。
その侵入先が、こともあろうに
手は早いくせに、素人くささや愚かな選択が目立つのだ。
この違和感を言語化するなら、『世間に隠れて儲けようとしている裏組織のくせに、大胆かつ派手に馬鹿なことをしている』といったところか。
ディルが違法探索を生業とする者なら、もっと慎重に細心の注意を払って行動する。
そこが出来ていない三流かと思えば、三バカの証言を元に捜査しても黒幕までは至れていない。
ちぐはぐな印象を受ける。
そこから考えられるのは――目に見える愚かさは、意図されたものという可能性。
そして今パオラが言った、リギルの逮捕という言葉。
「……くそ。まさか、そういうことか?」
「そのようだ」
「誰だか知らねぇが――
ストンと腑に落ちる。
リギルのような成功者かつ人格者であっても、恨む者や妬む者は大勢いる。
リギル・アドベンチャースクールの生徒を利用した点は、そこに繋がりやすくするため。
わざわざ目立つ怪しげな男を勧誘役にしたのは、その男がすぐに発見され、逮捕されることを望んでのこと。
そして自分たちの望む証言をさせたのだ。
国にバレていない、比較的安全な侵入口は、失うには惜しい。
最悪失ってもよく、それでいて犯罪行為に利用できるものとして、あの入り口が使われたのだ。
だからこそ、三バカにその地点を隠そうともしなかった。
元々フィールたちは使い捨てだった。ちゃんとした違法探索者として育成・利用するつもりなどなかったのだ。
そのことには、ディルも気づいていた。あの日、あの場にディルとアレテーがいなければ彼女たちは確実に死んでいた。
三バカが生存したのはイレギュラー。おそらく、元はもっと遠大な計画だったのではないか。
リギル・アドベンチャースクールで不当に不合格になった者達が、相次いで失踪……という具合に、徐々に不信感を煽る筈が、三バカが生き残ってしまった。
だが幸いにも、助けたのは同教習所所属の教官、ディルだった。
そこを利用し、自作自演――自分たちで斡旋した違法探索者を自分で助けただけ――と印象付けようと方針転換した。
最悪なことに、ディルは三バカを助けるためにコネを使い、投獄を免れるよう取引できるようにした。
リギルを陥れる策と、ディルの行動が重なることで、傍から見ると疑惑が増すわけだ。
「逮捕に踏み切るってことは、何かしらの証拠が出たんだな?」
偽装であることはわかりきっているが、偽物であっても証拠が出ないことには動かないだろう。
パオラが苦々しげに頷く。
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