第49話◇静かなる怒り




 リギル逮捕に踏み切るなら、証拠があるはず。

 ディルの問いに、パオラは頷く。


「三人を勧誘したという、鷲鼻の男がいたろう」


「チッ、やっぱりそいつか」


 いかにも捜査の手がかりです、みたいな目立つ男。

 今の探索騎士が捜索すれば、見つけるのは難しくないだろう。

 実際は、敵組織がそれを念頭に使っていた人材なわけだが。


「えらく怯えていたが、保護と引き換えに証言したよ。リーダーの名は『リギル』だそうだ」


 ――くそったれ。


 ディルは胸中で毒づく。

 鷲鼻の男は捨て駒だ。それも、本人はそれに気づかず働かされていた。


 逮捕後に怯えていたのは、違法探索をするような組織が、捕まった自分をどう扱うかくらいは想像できたからだ。

 その組織には、『ヘマしたら消される』と思わせるだけの力がある。


「……当ててやろうか? 『でも顔は見たことない』だろ?」


 パオラが目を見開く。


「その通りだ」


「黒幕は探索者か、ダンジョンにえらく詳しいクズだな」


「私もそうは思うが、確信が持てずにいる。貴様の意見を聞かせろ」


「嘘を見抜くダンジョンアイテムがあるだろ。探索騎士も捜査に使ってる筈だ」


「あぁ、高価だから主に取調室で使うものとして、屯所に幾つか用意している」


 もう少し安価で大量に手に入れば、外での捜査中にも利用できる、という話だろう。

 ディルには関係ないので、そこに言及することなく話を続ける。 


「お前も知ってるだろうが改めて言うぞ。あれは実際には、『本人が嘘だと認識していることに反応する』アイテムだ」


 真実ではなく、本人の認識こそが重要なのだ。


 たとえば神の実在がどうであろうと、本人がいると思った上で『神はいる』と発言すれば、嘘を見抜くダンジョンアイテムは反応しない。

 逆に神を信じていない者が『神はいる』と言えば、アイテムは反応する。


 同じ証言であっても、反応するしないが変わるのだ。

 重要なのは、本人の認識だから。


「……我々が使うアイテムまで理解した上で、穴を突かれたわけか」 


 鷲鼻男は『リーダーの名はリギル』と発言し、これは嘘ではないと判断された。

 つまり、鷲鼻男の知るリーダーは、実際にリギルと名乗っているか、周囲にそう呼ばれているわけだ。


 だが、これだけならば事実を確かめるのは容易い。

 顔の確認をさせればいいからだ。


 そこで、リーダーの偽リギルは顔を隠した。もしくは部下の前に姿を晒さないか。

 そうすれば、顔はわからないという事実の証言で行き止まりになる。


 残るのは、リギルという名のリーダーがいる、という確かな事実のみ。

 だが、これはおかしいのだ。


 敵リーダーが正体を知られたくないなら、名前は偽名にする。

 敵リーダーがそこに考えの及ばない愚か者なら、顔を隠す発想もできないだろう。


 姿は見せないが、世間に知られた本名を名乗る犯罪組織のボスというのは、筋が通らない。


「他にも組織の構成員を捕まえたが、最悪なことに同様の証言をした」


 リギルの名前が出て、リギルの教習所の元生徒が巻き込まれており、その元生徒たちはリギルの雇った人間が運良く助け出し、更にはどういうわけリギルの雇った人間が手を回して投獄を免れた。

 捜査の対象となるには充分すぎる怪しさだ。


 ディルが、リギルと無関係な探索騎士だったなら、やはり捜査に踏み切っただろう。

 元がどんな周到な計画だったか知らないが、急な方針展開にしては良い素材が揃いすぎている。利用した敵の手腕は大したものだ。


「お前にとっては踏み絵だな」


 パオラだってリギルが無実だとわかっている。

 だがそれは、パオラという個人の確信であり、言ってしまえば主観でしかない。


 リギルへの信頼を理由に、捜査しない、リギルを捕まえない、という選択は出来ない。

 いや正確には出来るが、それによって生じる不都合はかなり厄介なものになる。


 折角パオラが積み上げた、探索騎士のイメージ向上が無駄になる。

 それだけではなく、かつての仲間への配慮が表沙汰になれば団長の座を追われることになるやもしれない。


 ディルが黒幕なら、そうなるように手を打つ。

 新たな団長は、リギルへの捜査に躊躇なく踏み切るだろう。


 先程言ったように、パオラがリギルを逮捕する。

 一見裏切りにも見えるこの行為こそが、パオラとリギル両名のための、もっとも賢い選択なのだ。

 だから、ディルはパオラの選択を責めない。


「疑問が一つあるんだが」


「言ってみろ」


 パオラが続きを促し、ディルは口を開く。


「なんで俺に逢いに来た。今のお前の立場だと、えらく危ない橋だろ」


 直接逮捕されるのはリギルだが、ディルも関係を疑われているはずだ。

 そんな相手に個人的に逢いに来ては、立場を危うくしかねない。


「理由は二つある。一つは――捜査への協力依頼だ」


「あ?」


「貴様の考えなど読めているからな。リギルの無実を晴らすためなら、貴様はなんでもするだろう。何をしでかすかわかったものではない。ならば、私の目の届く範囲に置いておきたい。言い方は悪いが、リギルを逮捕すれば敵も満足するだろう。捜査の名目で貴様と行動を共にしても、そこまで騒がれずに済むはずだ」


「お前は、俺がリギルの冤罪を晴らすために動き回るような、情に厚い人間に見えるのかよ」


「本気で言っているのか?」


「俺は薄情な嫌な奴として有名だ」


「それは世に流れる貴様の噂を鵜呑みにした輩か、貴様に痛い目を見せられた者の戯言だろうが。貴様が悪人ぶったお人好しであることなど、近しい人間はみな知っておるわ」


 パオラが呆れたように言う。


「はぁ? ……あーあー面倒くせぇ。それで、二つ目は?」


 ディルは反論よりも、話を進めることを選んだ。

 皮肉屋が皮肉を控えるという時点で、彼が普段と違うというのは明らかだったが、パオラもそこに触れはしない。


「一つ目の延長だが――貴様の暴走を止めるためだ」


「何を言ってんだお前は」


「私は覚えているのだぞ」


「なんの話だ」


「リギルは以前から真面目な男だった。荒くれ者の多い探索者界隈では、そういった者を馬鹿にする輩も多い」


 チンピラがガリ勉を見下す、みたいなものだ。

 幼稚極まりないが、そういった性質はどこの業界にもあるのかもしれない。


「で?」


「貴様の前でリギルをコケにした探索者で、今もなお活動を続けている者は――一人もいない」


「……気の所為だろ」


「私の記憶力を疑うのか?」


「じゃあ勘違いだ」


「私が調査したところによると――」


 ディルは面倒くさくなって降参した。


「わかったわかった。目敏いやつだな……ちょっとシメて、二度とこの街をうろつかないように説得しただけだっつの。なんだ、暴行罪とかで逮捕すんのか?」


 別にリギルを想ってのことではない。


 荒くれ者の多い業界では、とにかく舐められたら終わりなのだ。

 探索者では特に面倒なことになる。


 ダンジョン内は無法地帯だから、獲得物を奪われることもある。

 リギルパーティーは女が三人もいたから、下卑た思いから襲ってくる者だっている。 

 『案内人ディル』がいるから宝を沢山ゲットできるだけで、リギルパーティーは扱いの難しい深淵型が五人集まった、尖った構成。戦えば勝てる。


 そう考える愚か者が、どれだけいたことか。

 搾取される側に転落する要素は、いくらでもあった。


 大きな結果を、否定できないような実績を重ねるまでの期間を、雌伏の時とすることさえも出来ない。

 我慢している間に命が失われる危険地帯が、ダンジョンだ。


 だからこそ、ディルは先んじて手を打っていただけだ。


 リギルを馬鹿にした者は、それがどれだけ高名で、強い者でも、絶対に消えてしまう。


 ただ死ぬのではない。何かに怯えるように、だが口を噤み、逃げるように都市から去ってしまう。

 そんなことが何度も続けば、知力ゼロのアホでもなければ、触れてはいけないと理解できるだろう。


 ただ、それだけのことだ。

 親友を馬鹿にされたのが許せなかったとか、そんな理由で誰が動くものか。


「……いいや、とうの被害者がこの街にいないのではな」


「無罪放免か、やったぜ。いや、完全犯罪か?」


「調子に乗るな」


「んで? 今回の黒幕を、俺が勝手にシメないか心配ってことか」


「いいや、殺さないか心配なのだ」


「なんだそりゃ」


 ディルは鼻で笑ったが、パオラの表情は真剣そのもの。


「俺は探索者だぞ、殺し屋じゃない」


「わかっているが、リギルは……親友なのだろう」


「あいつが俺の親友なのは、金を貸してくれる時だけだ」


「ならば、黒幕を見つけてどうするつもりだ?」


「手錠をかける」


「持ってないだろうが……。いや、私に協力するということか?」


「男なら、綺麗な姉ちゃんと楽しむ用に手錠の一つや二つ――」


「もういい、黙れ」


 パオラがディルを睨む。

 だが同時に、ディルがいつもの調子に戻ったことを安堵しているようでもあった。


 とにかく、彼女はディルに事件解決の手伝いさせたいらしい。

 ディルに捜査の手伝いをさせることの不都合よりも、勝手にさせることで生じる問題の方がパオラには厄介なのだろう。


 事件がダンジョンではなく地上で起こっている以上、ディルの探索才覚ギフトで犯人までの道を示すことも出来ない。

 ディルとしても、探索騎士を利用するのも悪くないアイディアに思えた。


「それで、手伝うのか、手伝わないのか」


「いいぜ。だがお前は勘違いしてる。俺が捜査するのは、リギルの無実を証明したいからでも、舐めた真似したクソ野郎を捕まえたいからでもない」


「では、なんだ?」


 ディルは当たり前のことを告げるように、言う。


「リギルが捕まったら、誰が俺に給料を払うんだよ」


 ディルは眠たげな目に、へらへらした表情で、そんなことを言う。


 だが、彼をよく知る者なら気づいたはずだ。


 その瞳の奥に、怒りの炎が燃えていることを。



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