第46話◇探索騎士
探索騎士。
簡単に言えば、ダンジョン警察だ。
もっというと、探索免許を取得している衛兵、ということになる。
その性質上、常に人材不足に陥っている。
命がけで法を取り締まるくらいならば、取得した探索免許で金を稼いだ方がよほど良い暮らしができるからだ。
だからといって、都市が探索騎士に莫大な給金を支払うこともできない。
そうなると、組織は志の高い一部の奇特な人間か、立場を利用して稼ぐ悪徳騎士のどちらかで構成されることになる。
当然、前者の割合など知れているので、探索騎士というのは探索者からの評判がすこぶる悪い。
とはいえ、騎士側もダンジョン内で理不尽を通そうとすれば最悪探索者に消されるとわかっているので、実際に被害に遭うのは新人探索者が多かったりする。
――というのが、以前までの実情だ。
現在は少し事情が違っていたりする。
「毎回思うんですけど、大きいですよね」
猫耳娘のフィールが、開かれた門扉の前で呟いた。
現在の探索騎士の屯所は、貴族の邸宅と見紛うほどの規模である。
「あ? あぁ、前はちゃんと資金に見合ったボロさだったぞ。一年前に入った新団長が建物を提供したんだと」
「えっ……。こ、これを個人的に……?」
隣だって歩きながら、ディルは頷く。
「まぁあいつ、金は持ってるからな」
「……お知り合い、ですか?」
「なんだお前、リギルのこと知ってうちの教習所来たのに、他のメンバーのことは知らないのか」
「……せ、先生のことは知ってましたけど……」
そして盛大にバカにしていた。
そのことを思い出しているのか、フィールは気まずそうだ。
「あとアニマのやつな。正式に教官になったのはその三人だ」
『一心同体のアニマ』。
童女にしか見えないが、ハーフリングという種族でとっくに成人済み。
教官免許を持っているというだけならば『一撃必殺のレオナ』もそうなのだが、あちらは雑貨屋を営むことを選んだ。
今では、ディルが急に授業をサボる時に、代理を務めてくれるくらいだ。
そして教習所の所長であり、ディルの幼馴染である『一刀両断のリギル』。
ここまで、ディルを含めて四人。
リギルパーティーは五人いた。
「え……あれ……もしかして?」
「本当に知らなかったのか? まぁそんなもんか」
かつての有名人も、その分野の表舞台から消えればすぐに話題にも上がらなくなるというのは、言われてみるとリアルだ。
五人目の仲間は現在、探索騎士を束ねる団長の座についている。
彼女の働きによって、組織は生まれ変わり、現在では規律と正義を重んじる者のみで構成されている。
「んじゃ、今日も取り調べ行くか」
「じょ、情報提供です、一応……」
二人で建物の中に入り、受付を済ませる。
フィールのメイド服は大いに目立っており、彼女は羞恥に顔を赤くしていたが、ディルはどこ吹く風だ。
入り口でダンジョン由来のアイテムを預け、現れた騎士に先導されるまま取り調べ室へ案内される。
ちなみに、犬耳の青年騎士だった。
「いぬのおまわりだな」
途中、ディルがつい口にすると、フィールが「はぁ……?」と不思議そうな顔をした。
「……うちの故郷に、そういう歌があんだよ」
「へ、へぇ? そうなんですね」
微妙な顔をされてしまった。
「もういい、忘れろ」
「え、えぇと、どんな歌なんです?」
「無理に興味持ったフリをするな」
思わず口をついただけなのだ。
やがて、取り調べ室へ到着。
元々の建物のせいか、どちらかというと応接室に近い作りだが、調度品などは取り除かれ、机と椅子のみとなっている。
椅子は二つしかなかったので、ディルは壁に背中を預けて立つことに。
「えー、では改めて事件の始まりからお願いします」
「え? もう何度も説明したと思うんですけど」
「えぇ、ですがこういったことは複数回確かめる決まりでして……」
「…………わかりました」
フィールは不満顔だ。
同じ話を何度もするのは、確かに気が滅入る。
だが証言の一貫性を確認したり、話している内に前回までは忘れていたことを思い出したりなど、捜査する上では有用なのだろう。
面倒ではあるが理不尽というほどではないので、ディルは欠伸混じりに静観する。
しばらくして。
「……つまり、貴女は自身が第一階層探索免許取得の最終試験に関し、参加資格なしと判断されたことに憤りを感じていた。その後、同じく参加資格なしと判定された魚人のトビ氏、鼠の亜人エダム氏と酒場で愚痴をこぼしていると、怪しげな人間族の男に声を掛けられた。怒りと酒精から判断力が鈍っていた三人は男の口車に乗せられ、翌日には違法探索を行った……と」
「は、はい……」
「聞けば聞くほどアホだな。俺の生徒史上最も早く堕落したやつらだわ」
教習所に通うには大金が必要になるので、落ちた時の衝撃は相当なものになる。
落ちた後で普通の生活に上手く戻れない者もいるが、だからといって全員が犯罪者になるわけではない。
フィールたちの、翌日違法探索というのは、驚異的な早さだった。
「うぐっ」
言い返せず、フィールが呻く。
「……それで、他のかたとの証言と照らし合わせ、酒場で話しかけてきた男の似顔絵を作成したのですが、こちらで合っていますか?」
犬耳の探索騎士が似顔絵の書かれた紙を掲げる。
そこに描かれていたのは、ローブを被った鷲鼻の怪しい中年男だった。
種族は確かに人間族に見える。
「えぇ、そんな顔をしていました」
フィールが頷く。
「なるほど……」
――随分とまぁ、怪しいツラしたやつだな。
そこで、青年騎士がディルを見た。
「どう思われますか?」
「なんで俺に訊く」
「……団長が、参考までにと」
「あいつが? なんで直接来ない」
「顔を合わせたくないとのことです」
「まだ怒ってんのか……」
一年前、ディルがパーティーを抜けた件を根に持っているらしい。
「まぁいいや。じゃあ答えるが――怪しすぎだろ」
「……というと?」
「あのなぁ、フィクションじゃねぇんだから、こんなあからさまに怪しいやつが、怪しい取り引きを持ちかけてくるわけねぇだろ。こういうのは害の無さそうな目立たないやつ使うか、逆に綺麗どころを使うんだよ」
犯罪行為なのだから、当然露見しないに越したことはない。
そうなると、そもそも周囲の印象に残らないよう、目立たない者を勧誘役に使うのがベスト。
敢えて容姿に優れた者を起用する場合は、対象を誘惑する役目も担っていることが多い。
「では、この集団ないし組織は、敢えて目立つ男を勧誘役にしたと?」
「だろうな。お前らだって酒場で聞き込みくらいしたよな? そのオッサンを覚えてるやつ、そこそこいたんじゃねぇか? もしまともな組織なら、そんなヘマはしないだろ」
「では、何のために?」
「知るかよ。そもそもこのアホ含めた三バカは
魔物が生み出されるという、隠されたエリアだ。
開放されているエリアからは行くことが出来ないとされる。
「つまり?」
ディルは頭を掻く。
「つまり、全部わざとなんじゃねぇのか? 目立つところで三バカ勧誘したのも、
フィールが驚いたような顔でディルを見た。
――『えっ!? そうなんですか!?』とでも言いたげな顔だ。
「この三人を陥れることが目的だったと?」
「違うな。目立つ形でこいつらに声を掛け、その後こいつらが失踪するってのが、目的の一つだったんだろう」
「えっ? なにそれ、どういう……」
フィールは混乱している。
青年騎士は難しそうな顔で沈黙したあと、しばらくしてから口を開いた。
「団長も同じ意見のようでした。その上で、最終目標が見えてこない、と」
「そこは俺も同じだが……。あいつに言っとけ、昔の仲間を試すなアホってな」
「……ディル氏が機嫌を損ねていたとお伝えしておきます」
そんなこんなで、事情聴取が終わる。
「んで? その鷲鼻の男は見つかったのか?」
「捜索中です」
ということは、フィールたちの証言で発見されたのは……ダンジョンに侵入するのに使った『落とし穴』と、その見張り役として配置されていた二人のゴロツキだけってことになる。
――犯した罪を考えると、投獄を免れるにはちと弱い、か?
まぁ、今の騎士団は優秀だ。じきに鷲鼻の怪しい男も捕まり、黒幕が誰かもわかるだろう。
――面倒なことにならないといいが……。
ディルがその犯罪集団なら、
そしてそもそも、フィールたちに『落とし穴』の場所を知られるようなヘマもしない。
目隠しして馬車でしばらく移動させれば、場所を知られずに済んだはずだ。
どうにも、意図的に杜撰な仕事をしているような匂いがする。
だとすれば、その目的はなんだ?
屯所を出ると、夕方になっていた。
ディルは溜息をこぼす。
「ったく、面倒なことに巻き込んでくれたな」
「ご、ごめんなさい……」
フィールは世話になってる自覚があるのか、しゅんとしている。
「まぁ、一応は元生徒だしな。それに……」
結果的には、五人目との仲間と再会するきっかけにもなりそうだ。
こんな事件でもなければ、しばらくは無視されていたかもしれない。
なんとか関係を修復し、ディルは第八階層に再び挑むから手伝ってほしいと相談するつもりだった。
断られることになったとしても、頼りになる元仲間だ。
話くらいは通しておきたい。
「あ、あの……ディル先生? さっきの話だけど、アタシたちが、し、失踪するところまで相手の計画だったって……」
「あー、気にすんな」
「無理なんですけど……」
「今更お前らを始末しても遅いしな」
敵が手出しできないよう、三人組をリギル・アドベンチャースクールで預かることにしたのだ。
実のところ、聴取に同行するのも、半分くらいは護衛の意味があった。
ちなみに三人は今、『白羊亭』に泊まっている。
リギル・アドベンチャースクールに近い上、あそこには多くの探索者が客として世話になっている。
よほどの愚か者でない限り、教習所と『白羊亭』で生活する者を襲撃などしない。
実際、三人は今日まで無事だった。
しかしフィールは不安になったのか、顔を青くした。
「これに懲りたら、悪いことはしないことだな」
「ぜ、絶対しないです……」
ディルは彼女の頭をくしゃりと撫でる。途中、耳もつまんだ。
「ふぁ……。にゃにするんですか!」
「そう怯えるな。教習所と『白羊亭』を往復する生活を送ってる限りは安全だ」
「そ、そうかもしれませんけど……」
「あとは、黒幕が逮捕されるのを祈ることだな」
「うぅ……あ、あの、先生?」
「なんだ」
「も、もし帰り道とか襲われたら、その……守ってくれます、よね?」
フィールは、ディルの服の裾を控えめにつまみながら、そんなことを言う。
「いや、我が身可愛さに見捨てる」
「ひどい!」
と叫んだあとで、「でも……」と彼女は続けた。
「……先生は、きっと助けてくれると思う」
「んじゃおつかれ」
ディルは彼女を置いてずんずん歩いていた。
「ま、待ってくださいよ!? 帰り道で襲われたらどうするんですか!?」
「お前猫の亜人だろ、人よか力とスピードあんだろ」
「そうですけど! あ、そうだ! マタタビ! 買ってくれるんですよね!?」
「ちっ、覚えてたか」
必死な顔でついてくるフィールに、ディルは隠れてくすりと笑った。
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