第45話◇修羅場か




 再び深淵を目指すことを決めたディルは、教官職も続けることに。


 第二階層探索免許取得のためのクラスに現れたのは、ディルを運命の王子様だと言うサキュバス娘パルセーノス。


 妹を取り戻すきっかけをくれたアレテーに対して恩義を感じているディルは、彼女を深淵探索に耐えうる探索者にすべく教官を引き受けた。


 だがパルセーノスという新たな厄介事と、彼女に絡まれたディルに遭遇して氷点下の眼差しを向けるハーフエルフ・モネに、仕事が憂鬱になる。

 更には、アレテーまで教室の扉の陰から拗ねるような視線を飛ばす始末。


「ディル様? こちらの女性はお知り合いですか?」


 パルセーノスがこてんと首を傾げて言う。

 不自然なくらいに自然体で、それは『まったく眼中にない』という強い意思表示のようだった。


 ディルの勘違いかもしれない。


 とにかく、そう受け取ったらしいモネが、ぴくぴくと目許を痙攣させる。


「ディル、貴方とはかれこれ一年の仲になるけれど、サキュバスの知り合いがいるなんてただの一度も聞いたことがないわよね? あ、ごく最近知り合ったとか?」


 モネも完璧な笑みを湛えているが、『貴様は友人間の会話で話題にも出ないような存在なのだぞ』と遠回しに告げ……ているようにも感じられる。


 ディルの勘違いかもしれない。


 だがパルセーノスは動じない。


「愛の価値は共に過ごした時間の長さでは決まりませんわ」


「あ、愛って……! でぃ、ディル?」


 モネは見事に動揺し、顔を赤くしていた。


「……こいつが勝手に言ってるだけだ」


 何故自分がこんな弁明のような言葉を吐かねばならないのだろう、ディルは気力が削がれるのを感じる。

 ディルの発言を受け、モネの顔には安堵の感情が広がる。


「そ、そうよね! あ、貴方の好みではないものね!」


 ディルは年上のお姉さんが好み、ということにしている。


「ふっ、殿方が口にされる『好みのタイプ』などというものを信じておられる? 人は理想に恋するのではなく、現実で恋に落ちるのですよ?」


「そ、そんなこと分かってますけど……っ!? 貴女こそ、『現実』は見えてるのかしら? あたしには、とてもそうは思えないけど?」


 ディルはパルセーノスを引き剥がそうとしているのだが、上手く行かない。

 単純に彼女の方が素の力が強いからだ。


 人間族というのは数が多いのが強みで、種として最大勢力ではあるが、個の力は大抵の種族に劣る。


 差別的な者などは『平均族』と揶揄するくらいだ。


 何が言いたいかというと、このパルセーノス、涼やかに微笑みながらディルの腕をがっちりと掴んでいる。

 とはいえ力が強いのは分かっていた。


 対策も判明している。

 前回やったように脇腹を突こうと空いている方の手を伸ばすが――。


「もう、ディル様ったら。こんな衆人環視の前でえっちなんですから」


 動きを読まれていたようで、そちらの手もガシッと掴まれてしまう。

 しかもいわゆる恋人繋ぎだった。


 彼女の小さな手がディルの手をふにふにと――実際にかかる力はミシミシという感じだったが――握る。


 モネが目を見開いた。


「おいモネ、助けろ」


「ほ、ほんとに助け、必要なわけ?」


「当たり前だろ、俺が完全に拘束されてるのが見えないのか」


「人目も憚らずイチャイチャしているように見えるのだけれど」


「目を医者に診てもらった方がいいぞ」


「そ、そう……ほんとに困ってるのね? じゃあ貴方を信じて助けるわよ?」


 悲しげな顔をしていたモネが、奮起するように表情を引き締める。


「ディル様は照れているだけです」


「貴女より、ディルを信じるわ」


「……中々の精神力。恋敵ライバルとして認めて差し上げましょう」


「は、はぁっ? な、な、何言っちゃってるわけ? そういうのじゃないのだけど!?」


 ボフッと湯気でも出そうなほど、モネが顔を真っ赤にする。

 どうやらモネに自分の救出は頼めそうにない。


 と、そこに新たなる人物がやってきた。


「ディル……先生。あの、今日、あれの日で……だから、付き添いを――って、なにこの状況」


 猫の亜人、フィールだ。


 ディルの元生徒であり、あだ名は元教習所の姫であり、無免許探索で牢獄行きだったところをディルの気まぐれで救われた少女だ。


 違法なダンジョン探索を斡旋している者の情報提供に加え、教習所で無償奉仕することを条件に投獄を免れている。


 ちなみにディルの意地悪でメイド服を着せられており、最初は羞恥心に打ち震えていたが、最近は慣れてきたようだ。

 そして今彼女が言ったように、今日は情報提供という名の事情聴取の日。


 彼女と仲間二人が取り引きできるよう計らったのはディルなので、一応は責任がある。

 不当な扱いをされぬよう、聴取にも付き添っていた。


 いつもは面倒でならないが、今ばかりは救世主に思えた。


 フィールの登場で「短い間隔で新たなる恋敵ライバルがっ!?」と驚いているパルセーノスの隙を突き、彼女の耳に息を吹きかける。


「ひゃうんっ……!?」


 と甲高い声を上げながら、パルセーノスの拘束が緩んだ。

 すかさずディルは彼女から離れ、フィールに駆け寄る。


「行くぞ」


 そのまま彼女を抱き上げ、廊下を疾走する。


「にゃっ、ちょっ、何するんですかっ!」


 フィールとその取り巻きの二人は、ディルへの恩義からか実力を見て考えを改めたのか、最近敬語を使うようになった。


「落ち着け元教習所の姫」


「ただでさえこの格好で悪目立ちしてるのに……お姫様だっことか……あはは……なんでこんなことになったんだろ」


 フィールが現実逃避するように遠い目で呟く。


「高い金払って教習所来たくせに、教官舐めて自分を鍛えることもせず、挙げ句落とされたら逆ギレして犯罪の道に堕ちたからじゃないか?」


「…………はい、その通りです……」


 フィールが虚ろな目になった。


「そう落ち込むな。さっきのはナイスタイミングだった。あとでマタタビ買ってやるから」


「…………言いましたね?」


 マタタビと聞いて、フィールの目に光が戻った。


「借りは返すさ」


 後ろから聞こえるパルセーノスとモネの声を無視し、ディルはフィールと目的地へ向かった。


 ダンジョン関連の犯罪を取り締まる特殊警察組織――探索騎士の屯所だ。



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