第41話◇伝説のパーティー、復活




 アレテーとダンジョン探索を行った数日後。


 ディルはリギルパーティーの面々を夕食に誘い、『白羊亭』に来ていた。

 夕食時ということもあり、一階の酒場部分は大繁盛を見せている。


「ねぇリギル、用件聞いた? あいつの方からご飯に誘ってくるとか怪し過ぎるんだけど、しかも奢りとか言うし。あいつ頭とか打ったりしてない?」


「おいアニマ、そういう会話はせめて俺と合流する前に済ませておけよ」


 ディル、リギル、レオナ、アニマの四人は、円卓を囲むように座っている。

 ディルから見て正面にリギル、右にレオナで左にアニマという席順だ。


 今日のアニマは魔女風の探索衣装ではない。仕事帰りなので、上は白のブラウスに下は黒のタイトスカートという格好だった。

 ディルは勝手に女教師コスと呼んでいるが、その度にゴミでも見るような視線を向けられる。


「まぁまぁ、こう見えてアニマちゃんは喜んでるんだよ。ディルちゃんってば、教官になるって決めたあたりから、私たちとあまり関わらないようにしてたし……」


「そうだったか?」


 レオナの言葉に、ディルは首を傾げる。

 アニマが「喜んでないし」と反論しているが、そこは無視した。


「雑貨屋には顔出してたろ。それにリギルとアニマには職場で顔を合わせてる」


「それは商品を買いに来たり、仕事に行っているだけでしょ? 私たちに逢おうとしていたわけじゃない」


「用がなきゃ誰とも逢わねぇよ」


「私たちの絆は、ダンジョン探索しなくなっただけで切れちゃう儚いものなんだ? 寂しいなぁ。とっっても寂しいなぁ」


 レオナがよよよ、と下手な泣き真似をする。


「無駄だよレオナ、こいつに仲間意識なんてものを期待しても裏切られるだけ」


 アニマは拗ねたように酒を煽る。木樽ジョッキを両手で口許に運ぶが、彼女の小さな顔はそれだけで半分は隠れてしまう。


「あーあー分かった分かった。好きに責めろよ。飽きたら言ってくれ、本題に入るから」


 ディルは料理を運んできた羊の亜人の看板娘・ムフを捕まえ、その髪を撫でる。


「わわっ、ディル兄さん……仕事中だから……っ」


 ムフは顔を赤くして身を捩るが、本気では抵抗しない。


「俺の癒やしはムフだけだ……」


 ひとしきり堪能したあとで、彼女を解放する。


「……こいつ本当ムフちゃんにだけは優しいよね」


「ディルちゃん、私の頭も撫でてみたら結構癒やされるかもしれないよ?」


 アニマの機嫌が更に悪くなり、レオナは自分の頭を寄せてきた。


「ふふ……また皆さんが一緒にいるところを見られて、嬉しいです」


 ムフが嬉しそうに笑う。


 かつては探索後にここで食事をするのが恒例となっていた。


「一人足りないけれどね」


 リギルが静かに言った。


「あいつも呼ぼうとしたんだけどよ、職場に行ったら門前払いにされたわ」


 リギルパーティーは五人構成だった。

 ディルは引退して教官になり、リギルとアニマは教官と兼業、レオナは雑貨店の店主と兼業、最後の一人は探索騎士と呼ばれる特殊な衛兵となった。


「まだ怒ってるんでしょ、君が勝手に引退決めたことをさ」


「あいつの許可とる必要あるか?」


「そういうとこだよ、君さ」


 アニマは半眼になった。


「かつての仲間を全員集めようとしたのなら、この前の礼というわけではなさそうだね」


 リギルの言う『この前』というのは、アレテーと第四層に落ちた件だろう。

 その際、ここにいる三人とモネが救助に駆けつけてくれた。


「あぁ、そんなこともあったか。ていうか危険手当まだか?」


 リギルが苦笑する。アニマは呆れ顔を隠さず、レオナはからからと笑った。

 それからしばらく、四人は昔話や近況を話し、普通の飲み会のように時間は進んだ。


「そろそろ今日の本題に入ろうと思うんだが」


 リギルが頷く。


「聞かせてくれるかい、ディル」


 ディルは酒を一口含む。


「あー、俺もう一度深淵目指すことにしたんだけどよ、それでお前ら――」


「待って待ってディルちゃん」


「なんだよ」


「そんなあっさりと話を続けようとしないで? え? 深淵? え?」


 いつもおっとりとした調子を崩さないレオナが珍しく慌てている。

 アニマは口に含んでいた酒を噴き出し、更に「けほっ、こほっ」と噎せている。

 リギルも目を見開いていた。


「お前らも探索者なら知ってるだろ? 深淵。第八階層。免許持ってるくせにまさか忘れたとは言わないよな? んでそこにもう一回行きたいんだわ。そこで相談なんだが――」


「――ディル」


 リギルが、いつになく真面目な声で親友の名を呼んだ。


「ちゃんと説明してくれ」


 ――まぁ、そうなるか。


「ちっ、勢いで誤魔化せれば楽だと思ったんだが」


「ディルちゃんって絶対無理だと分かってても挑戦する時あるよね」


 ディルは改めて、先日の出来事を説明する。

 それを聞いた面々は、一様に真剣な表情になる。


 騒がしい酒場の中で、四人が囲む席だけが異様な緊張感を放っていた。

 ちなみに、ムフは既に他の客の注文を聞くべく席を離れている。


「……複数回深淵に赴くことで、死者の情報を全て揃えることが叶う?」


 リギルの呟きによって、ようやく四人の時間が進み出す。


「具体的にどうとかは分からねぇよ。ただ、ルートが視えた、、、


 ディルの仲間は、ディルの探索才覚ギフトを疑わない。


「……取り戻せるというのか、今度こそ」


 リギルの体が震えている。

 ディルと彼は幼馴染。リギルにとって、ディルの妹は家族も同じ。


「お前らには関係ないのは分かってる。こっからまた最深部目指すってなったら、準備や鍛錬に一年以上掛かるだろう。それでも――」


 ディルは真剣な顔で仲間を見回し、頭を下げた。


「頼む、また力を貸してくれ」


「やめてよね」


 最初に反応したのはアニマだった。


 彼女の声には苛立ちが混じっている。


「頼む? 頭を下げる? 馬鹿じゃないのかな君は。そんなものが、必要な間柄かよ」


 ディルが顔を上げると、アニマだけではない、みんなが怒っているようだった。


「そうだよディルちゃん。君が嫌がったって、一人で深淵には行かせないんだから」


 レオナは頬を膨らませていた。

 そしてディルの親友リギルは、ディルを真正面から見つめている。


「行こう、ディル。再び最深部へ。そして今度こそ――彼女を取り戻す」


 深淵に行くにはまず第七層まで行かねばならない。


 階層ごとに環境も攻略法も異なるダンジョンの全てを突破した上で、とんでもない幸運に恵まれねば、深淵への扉には巡り会えない。


 リギルパーティーが五人体制でなくなってから、リギルたちも第五層以下への探索は行っていない筈だ。


 再び鍛え直し、全ての層への対策を体に覚えさせ、万全の準備を整える必要がある。

 それには長い時間と、膨大な金と、血の滲む努力が必要になることだろう。


 人生において大きな決断になる。

 当然、命を落とす危険もあるわけだ。


 安全に金を稼げるだけの力を、彼らは既に持っている。

 協力する必要などない。


 あるのはただ、ディルたちが仲間だという事実だけ。

 たったそれだけのことなのに。


 ディルの仲間たちは、一瞬も迷うことなく、再び付き合うという。

 ディルは一瞬だけ、俯いた。


 その時の感情を、仲間には悟られないように。

 次に顔を上げた時には、ふてぶてしい笑顔を浮かべている。


「礼は言わんぞ」


 その日、最強のパーティーが再結成に向けて動き出した。



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