第38話◇エピローグ・表

 



 その後の顛末について。


 最終試験は再度行われ、アレテーやタミル含めてほとんどが合格。

 無事、第一階層探索免許の取得へと至った。


 次に、フィールを筆頭とした三人。


 違法な探索行為は懲役刑に課せられるほどの罪だが、ディルが手を回し、『「落とし穴」発見及び、違法探索行為斡旋者に関する情報提供』と『一年間のボランティア活動』を条件に、罪に問われないよう取り引き出来るよう計らった。


 仮にも世界に五人だけの第八階層探索免許保有者だ、それなりの伝手はある。

 そんな三人に課せられた『ボランティア活動』の内容とは――。


「おい、サハギンくん」


 リギルアドベンチャースクール、職員室。


「……トビです、ディル教官」


「知るか、そこの隅もしっかり拭け。掃除舐めてんのか」


「……すみません」


 サハギンが床を拭き掃除している。


「声が小せぇなぁ」


「はいッ!! 教官がたの過ごすこの部屋の床を、ピカピカにさせていただきます!」


「それでいいんだよ」


 その時、教官室の扉が開き、ネズミ耳の少年がディルに駆け寄ってきた。


 彼は息を切らし、汗を大量に流している。よほど急いできたらしい。

 急がせたのはディルだった。


「遅い」


「す、すみません! こ、これでも急いで来たんですけど……」


「ちゃんと買って来たか?」


 少年が顔を赤くする。

 ディルは真っ昼間から、少年にエロ小説のおつかいをさせていた。


「は、はい……」


 差し出された本をぱらぱらとめくる。


「確かに、俺の頼んだタイトルだが……お前これ一巻じゃねぇか。頼んだのは二巻だ」


「えっ、確か先生一巻って」


「さっさと二巻を買いに行け。これを読み直して待っててやる」


「い、今からですか」


「あ?」


「行ってまいります!」


 しゅばっ、と走り去る少年だった。

 ディルはそれを見てケラケラ笑ったあと、今しがた手に入れた一巻を熱血オーガの教官に投げ渡す。


「お前にやる」


「えっ」


「小説なんて読まねぇよ。小さい文字追ってると、目がしばしばするだろ」


「じゃあ何故買いに行かせたんですか……」


「真っ昼間から急いだ様子でエロ本買うとか、ウケるだろ。しかも二回」


「ディル先輩、性格悪いですよ……」


「俺はこういう奴だ」


 熱血オーガは着席すると、そっと本を開いた。

 ぺらぺらめくり――引き出しにしまう。


「熱血くんはむっつりくんだったか」


「ち、違いますよ! 折角先輩にいただいた本だから、捨てるのもアレかと思いまして!」


「声がデカい」


 ディルは耳を塞いだ。

 右隣の席に座る人妻アルラウネが、そっと近づいてくる。


「ディルくんったら、悪者ぶってるけど、みんな分かってるのよ? 犯罪の道に落ちてしまった生徒を救い、その上で自分に恩義や罪悪感を感じさせないように、敢えて理不尽に振る舞っているんだって。格好いいことするのね」


 アルラウネが熱っぽい視線を向けてくる。


「じゃあその『みんな』ってのは全員勘違いしてるな。俺はちょうど都合のいいパシリが三人くらい欲しかっただけだ。三人と言えば、元教習所の姫はどこいった」


「……ここにいます、先生」


 トレイの上にティーカップを載せた猫耳少女ィールが近づいてくる。


 彼女は――メイド服を来ていた。


 着るよう命じたのはディルである。

 今も慣れないのか、顔を赤くしている。


「遅かったな」


「……お茶なんて淹れたことないし」


「なんか言ったか?」


「な、なんでもっ。その、初めてなので、美味しくないかもだけど……」


 机の上に置かれたカップを手に取り、一口飲む。


「あぁ、不味いな」


「うっ、ご、ごめんなさい……」


「練習しとけ。それと、肩凝ったなぁ。つい先日、アホ三人を助けた件でめちゃくちゃ疲れたから、肩凝りまくってるなぁ」


「……も、揉みます」


 ふにふに、ふにふに。


「力弱すぎだろ」


「ち、力加減分からなくて……」


「ダメなメイドだなぁ」


「うぅ……ていうか、なんでアタシだけこんな恥ずかしい格好……」


「姫がメイドになるって、転落人生っぽくて笑えるだろ」


「姫って呼んでるの、先生だけだし……」


 突如、肩を揉む力が強くなった。


「痛っ、お前ゼロか百しかないのか! ……って、モネかよ」


 今日も美しい金髪ツインテールのハーフエルフ、モネだ。


「センパイ? この三人はセンパイのパシリじゃなくてうちのボランティアなんだから、頼み事はほどほどにね?」


 笑顔なのだが、凄まじい圧力を感じる。


「ちっ、仕方ねぇな。ほら猫耳メイド、モネの肩揉んでやれ。明らかに凝りまくってるだろ」


「胸見て判断したわよね? セクハラなんですけど」


「冤罪だ」


「どうだか」


 モネはこれから探索に向かうらしく、ほどなくして教官室を出ていった。


「あの、ディル……先生」


「なんだ」


「その……どうして、助けてくれたわけ? ……くれたんですか?」


「俺は子うさぎの暴走に付き合っただけだ」


「ウソ、さすがに分かるし……」


 ふむ、とディルは自身の顎に手をやる。


「お前ら三人に試験を受けさせなかったことは微塵も後悔してないんだ。お前らが探索者になっても、すぐ死ぬのは目に見えてたからな」


 人はそう簡単に変わらない。

 三人の態度は勤勉とはとても言えなかったし、そのいい加減さは探索者としては致命的。


 さすがに今回の件ほど痛い目を見れば、三人にもそれが分かったことだろう。

 しかしこの三人が幸運だっただけで、ダンジョンで愚かさを悟った時とは普通、死ぬ時だ。


「お前らは傲慢で、怠惰で、そのくせ強欲なアホだ。だが……」


「……なに?」


「それは、死に値するような罪じゃない」


「それが、理由?」


 どうやらフィールは、どうしても助けられた理由を知りたいようだ。

 だが、ディルは言いたくない。


「知るか。一々理由なんか考えて動いてねぇんだよ」


 元とはいえ自分の生徒だ。見捨てるのは寝覚めが悪い。

 そんなことを言ったら、また他の者たちに善人だの良い教官だの勘違いされてしまう。


「そう……」


 フィールはしばらく俯いて黙っていたが、不意に顔を上げ、ディルを見た。


「それでも、ありがとうございました。あたし、探索者になるっていうことを、舐めてた。これから心を入れ替えて、やってしまったことの償いをします。それで、またお金を貯めて、その、今度こそちゃんとした探索者になりたい……それで、それでね、先生」


「あぁ」


 フィールは、勇気を振り絞るように胸の前で拳を握り、潤んだ瞳でディルを見つめる。


「その時は、またアタシの先生になってくれますか?」


 ディルは、彼女の勇気に、優しい笑顔を向ける。


「いや、他の教官やつに押し付ける」


「ひどい……!」



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