第37話◇続・最強のパーティー




 第四階層に落ちたディルとアレテー。


 ディルの探索才覚ギフトによって到着した場所に、仲間の救援が到着。


 モンスターたちを蹴散らしたかと思えば、すぐに第二陣がやってきた。


 その数は先程の比ではなく、また通常個体の三倍ほどの巨躯を誇る火竜付き。


「……モンスターの群れだけならなんとかなるが、あの巨竜は厳しい。地上のモンスターに加えて空からブレスを食らうんじゃキツいからな」


「あぁ」


 リギルが頷く。


「そこで俺に良い作戦がある。そこの血まみれバーサーカーをゴーレムで投擲する。あとは一撃必殺でドラゴンを殺してもらえばいい。他は地上担当な。俺は非戦闘員なので指示だけ飛ばす」


「ディルちゃん、バーサーカーって私のことじゃないよね?」


 レオナが人差し指を立て、唇に当てた。

 可愛らしい仕草だが、本人はモンスターの返り血で真っ赤に染まっている。


「ディルセンセイ? この期に及んで戦えないアピールとかやめてよね」


 モネが呆れている。


「うぅん……人間大砲ってやつ? やってもいいけど、ゴーレムを操っての投擲は経験が足りないから、狙い通りにいかないかも」


 アニマが首を傾け、不安材料を口にする。


「ディルちゃんもアニマちゃんも待って? 失敗したらどうなっちゃうのかな」


「その時はその時だろ」


「『その時』にぺちゃんこになっちゃう私のこと、考えてくれてるかな?」


 ドラゴンのいる高さから地面に真っ逆さま。

 衣装の衝撃吸収機能を考慮しても、無傷とはいかないだろう。


「お前のことは忘れん」


「まず死なせないで?」


「あ、あの……モンスターさんたち、もうすぐそこまで来ていますっ……!」


 急に伝説のパーティーに囲まれて萎縮してたアレテーだが、さすがに声を上げる。


「はぁ……俺が行く。合法ロリ、いけるか」


「地面に叩きつけていい?」


 言いつつ、ゴーレムが屈んで手を差し出す。

 ディルはその上に飛び乗った。


「えっ!? 先生っ!?」


「レティ、お前は馬を作ってモネを後ろに乗せろ。あとはモネの指示通り動け。レオナは小さいのを狩りつくせ、リギルはデカブツ担当だ。アニマは俺を投げたあと、他をサポートしろ」


 モネの攻撃力と剣技は優れているが、今この場では機動力不足。

 そこをアレテーの力で騎兵とすることで解消。

 モネであれば、周囲の邪魔にならないよう立ち回りながら敵の数を削れるだろう。


 身軽さに優れるレオナはその手数で一撃必殺を連発してもらう。


 そしてリギルには登場時のように、巨大な敵を一刀両断してもらえばいい。


 死体が増えるほどに、アニマの駒が増える。


「俺に見えるのは、俺がなぞるべき道だけだ。お前らは死ぬかもしれんが、恨むなよ」


「君がそう言って、仲間が死んだことはない」


 リギルが大剣を構える。


「ディルちゃんってば、いつも最後には自分が一番危険な役目を引き受けるんだもの、本当にツンデレさんだよね」


 レオナが広げた両手を口許に当て、小さく笑っている。


「大丈夫よセンセイ、あなたの采配を信じるわ」


 モネが柄に手を掛けて、悪戯っぽく笑い。


「わ、わたしも先生を信じます!」


 アレテーが慌てて追従した。

 なんとか混ざりたかったのか。


 ディルは無視した。


 ゴーレムがディルを持ち上げ、投擲の構えをとる。


「人間のクズ大砲、発射用意」


「今だ、合法ロリ」


「それ定着させたらほんと怒るから」


 グンッ、と全身に圧力が掛かる。


 風を押しのけて、急速に目標へ接近。

 髪がばさばさと乱れ、外套が翼のように広がる。


 ドラゴンはディルを視界に捉えたようだが、脅威とは思っていないようだ。

 ディルを噛み砕かんと、ドラゴンが大きく口を開ける。


 このままでは、自ら餌になりに行くようなもの。

 ドラゴンの口腔が眼前に迫る。


 口が閉じた。

 巨大な牙が、ガキンッと音を立てる。


 ディルの、眼下での出来事だ。


「食い損ねたな」


 ディルは直前で、真上へと跳躍、、したのだ。


 靴に仕込まれたもう一つのアイテムによるもの。

 『空気を掴む』ことを可能とするアイテムで、それを利用して空気を足場に移動できるようにしたものだ。


 だがこのアイテムをディルと同じ用途で使う者はいない。

 何故ならば、回数、あるいは時間の制限付きであるにもかかわらず、それを詳細に把握することが出来ないアイテムだからだ。


 空を駆けることが出来る。だが十年使えるかもしれないし、明日使えなくなるかもしれない。

 いつ、空中移動中に落下するか分からないのだ。

 とても怖くて使えない。


 ディルがこれを使うのは――本人は決して口にしないが――頼れる仲間と共にいる時だけ。


 剣を抜く。

 切っ先を下へ向け、柄頭をひねる。

 サイズは最大。


 巨人の剣が伸び、ドラゴンの上顎から下顎まで貫通した。

 数十人掛かりでも全滅しかねない脅威だろうと、虚を衝き、真価を発揮できぬ内に討伐してまえば済む話。


 すぐさま剣のサイズを戻し、ディルは空を駆け下りる。

 その間、ディルは仲間の活躍を目にした。


「えいえいえいえいっと」


 軽い掛け声に反して、レオナの周囲の絵面は悲惨だ。

 彼女の拳に掠っただけで、モンスターはその部位を失い、血を散らし、命を落とす。


 彼女は軽々しく敵陣に飛び込むが、よほどの覚悟がなければ出来ない行いだ。

 レオナは探索才覚ギフトの条件により、拳に装備品をつけられない。


 拳を守るアイテムの装備は『拳による直接打撃に限り』に反するのだ。

 能力によって拳が強化される、という事実もない。

 堅い敵を殴れば拳を痛めることもある。


 それでも彼女はモンスターを殴っては次のモンスターへ向かう。


「レオナ、もう少し綺麗に倒して。再生させるのも楽じゃないんだから」


「ごめんねぇ。そうしたら、操るのはディルちゃんが倒したのにしてくれる?」


「もうそうしてるけど、移動させる手間だってあるんだから」


 アニマはぐちぐち言いながらもゴーレムや通常サイズの火竜を操って戦わせている。

 それらの死骸を量産しアニマに提供するのは、先程話題にも出たリギルだ。


 その姿は、まるで英雄譚の主人公。

 彼が宙へ舞い上がり、刃を横薙ぎに振るうと、ゴーレムの体に線が引かれる。


 違う、一撃であの巨体を断ち切ったのだ。

 ゴーレムの体がズレていき、上半身が下半身からずり落ちる。

 それが地面に転がるより先に、次の敵へ肉薄し、再び斬撃。


 今度はサイクロプスが、右半身と左半身で真っ二つにされた。

 降り注ぐ血の雨はしかし、彼を濡らさない。


 血が大地を濡らす頃には、次の敵へと移動し終えているからだ。


「アレテー、次あっち!」


「は、はいっ!」


 このような状況で、モネとアレテーもよくやっている。

 騎兵と化したモネは、的確に周囲をカバー。


 アニマへと迫る個体、リギルの担当ではない小型のモンスター、レオナの討ち漏らしなどを光熱の刃で灼き切る。

 三人も、モネの実力を認めた上で任せているようだった。


「圧倒的な力がなくても、あたしたちにはあたしたちに出来ることがあるわ!」


「はいっ、モネさん!」


 今、ディルたちは教習所で教えるのと真逆のことをやっている。

 複数のモンスターを相手するべきではない。


 だがそれは、逃げられるならばの話。

 逃走が困難な場合、対処するしかないのだ。


 そして、この状況でそれが出来るパーティーは稀だった。


 ディルが地面に降り立つ頃には、四方を埋め尽くす勢いで押し寄せていたモンスターの大群は――一匹残らず死に絶えていた。


 ディルは驚かないし、称賛もしない。

 彼は決して認めないが、それこそが、彼なりの信頼の示し方。


 自分たちならばこの程度の結果、当然のことだという、ひねくれ者の信頼。

 ディルは平然とした様子で、自分が倒したドラゴンの死骸を指差す。


「誰かあれ収納できるやついるか? デカすぎて俺のじゃ容量が足りない」


 アレテーは戻ってきたディルを見て、口をパクパクさせている。

 水の巨狼は既に消えている。


 ディルは何を思ったか、飴玉を取り出し、彼女の口に入れてやった。


「あむ……甘いですっ」


「よかったな」


「はい……! ではなくっ!?」


「なんだ」


「先生っ、先程、お空を飛んでました!?」


「飛んだというか、蹴ったというか」


「そこの白い子、そいつの真似しようとしない方がいいよ。さっきのも、いつ落下死してもおかしくない危険アイテムだから」


 アニマが呆れたような顔をしている。


「落ちたとしても、ゴーレムで受け止めりゃいいだろ」


 ディルは、アニマがちらちらとディルを確認していたことも、ゴーレムを一体待機させていたことも気づいていた。


 素っ気ない態度をとるが、アニマは仲間思いなのだ。


「……君のそういうとこ、ほんと嫌い」


 魔女帽を深く被り、表情を隠すアニマ。


「さすがはディルだね。だが済まない、ドラゴンを収納している容量もないし、捌いている時間もないようだ」


「金髪ちゃんと白い子のために説明しておくと、自分の探索才覚ギフトは領域をまたげないから、『ドラゴンの死体操って上まで戻ればいいじゃん』とか言わないように」


 アニマが、疑問が出てくる前に答えを言う。


「あーあ、ディルちゃんが狩ったドラゴンのお肉、食べたかったのに」


 全身を血に染めたレオナは残念そうだ。


 周辺一帯のモンスターは全滅に近い被害を受けているだろうが、長居は無用。

 先程の戦闘音を聞きつけて領域中からモンスターが集まることは必至。


「よし、帰るか」


 ディルの探索才覚ギフトで先導しながら、全員で『蜘蛛の垂れ糸』へ向かう。

 途中で、ディルは声を上げた。


「あ、そうだ。言い忘れてた」


「礼は不要だよ、ディル。私たちが助け合うのは、当然のことだ」


「言うわけねぇだろ。それより所長様よ――危険手当って出るか?」


 ディルのあまりの平常運転ぶりに、親友が苦笑を浮かべる。


 こうして、『落とし穴』に落ちたディルとアレテーは奇跡的な生還を果たすことになった。



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