第36話◇最強のパーティー




 縦に割れたゴーレムの向こうに、青い長髪の男が立っていた。


「やぁディル、生きていると信じていたよ」


 言葉は柔らかいが、ここまで余程急いできたのだろう、大粒の汗を掻いている。


 リギルパーティーリーダー、ディルの元仲間で、現上司で、幼馴染。

 『一刀両断のリギル』の姿が、そこにはあった。


 『大剣による斬撃に限り、あらゆるものを両断する』という深淵型能力の持ち主。


 紐で結ばれた長髪が、馬の尾のように揺れている。

 巨大な剣を軽々と扱う美丈夫は、死地に似合わぬ柔和な笑みを湛えていた。


「り、リギル所長!」


 彼だけではない。


「まったくディルちゃんは変わっていませんねぇ。そこが可愛いんですけど」


 側頭部から角を生やした、赤い長髪の女が、リギルの横を駆け抜ける。

 ディルたちの横も通り過ぎ、跳躍。


 岩の大地に足跡が刻まれるほどの踏み込みで、高く上昇。

 背後に迫っていたサイクロプスの眼球目掛けて、拳を叩き込む。


 瞬間、サイクロプスの頭部が破裂した。

 モンスターの死骸が倒れ、大地が揺れる。


「えっ!? あ、あなたは――雑貨屋さんの店長さん!?」


「こんにちわレティちゃん。店長さんが助けに来ましたよ」


 ディルたちの住む集合住宅一階に店を構えているのは、彼女なのだった。

 ダンジョン由来の品を売っているのは、彼女自身が探索者だから。


 大人の色香を漂わせる二十代後半ほどの美女。

 同じくリギルパーティーのメンバー。


 『一撃必殺のレオナ』だ。


 『握り拳による直接打撃に限り、一撃で敵を絶命させる』という深淵型能力の持ち主。


「……一線を退いた割には、深層に降りる頻度が多いんじゃないかな、君さ」


 絵本に出てくる魔女のような格好の、小柄な女だ。

 人間で言えば童女ほどの短躯だが、彼女の種族では標準的。


 彼女はハーフリングと呼ばれる種族の亜人だ。


 緑の髪は左右で編まれ、肩から前に垂らされている。

 魔女帽の位置を直したあとで、彼女は杖を地面に突き立てる。


 すると、先程真っ二つになった巨大ゴーレムが再生。

 そして、周囲の溶岩トカゲを踏み潰していく。


「えっ、あ、アニマ教官……!?」


 アレテーが彼女の名を呼ぶ。

 関わりはないが、教習所の教官だ、知ってはいるらしい。


 『一心同体のアニマ』だ。

 『モンスターの亡骸を意のままに操る』という深淵型能力の持ち主。


 リギルパーティーはディル含めて五人編成だった。

 最後の一人は、今回は同行していないようだ。


「遅いんだよお前ら」


 探索者ではない人間が聞くと、リギルパーティーの面々の能力は強力に感じられるという。

 ディルも、言いたいことは分かる。


 一刀両断、一撃必殺、死体の使役とだけ聞けば、破格の能力に思える。

 だが考えてみてほしい。


「手厳しいね、これでも急いで来たのだが」


「これこれ~、ディルちゃんと言ったらこのツンツン具合が可愛いんだよねぇ」


 リギルとレオナの能力は、超近接特化なのだ。


 モンスターの脅威、ダンジョンの恐ろしさを考えると、敵と距離をとって身の安全を確保しながら戦える能力の方が、ずっと使い勝手がいい。

 実際、二人は装備の充実、身体能力の向上、戦闘技術の修得に多くの時間と金を費やした。


「素直じゃないだけでしょ」


 アニマに関してはもっと単純な問題として、『亡骸がないと始まらない』という欠点を抱えている。


 それも、以前倒した亡骸を……といった使い方は出来ない。

 ダンジョンに潜ったその日に死体をこさえ、それを利用するという方法しかとれないのだ。


「じゃあ素直に言うわ。ありがとな、合法ロリ」


「はい見捨てればよかったー。来たことを猛烈に後悔しているよ今」


 仲間がいないと厳しい能力の上、第一階層で満足している大抵の探索者は彼女の能力を欲しがらない。

 肉は綺麗な状態で確保してこそ。


 彼女に死体を操らせて戦闘に使い、獣同士の戦いに発展させたとして。

 望む状態の肉が手に入るだろうか。


 入らないから、彼女は孤立した。

 今でこそ最強のパーティーと呼ばれているリギルパーティーの面々だが、探索者人生のスタートから長く、苦労の日々を過ごしている。


 血の滲む努力の果てに、強い能力と呼ばれるだけの実力を身に着けたのだ。


「ディル! レティ!」


 リギルパーティーではないが、もう一人。

 金髪ツインテールのハーフエルフ・モネの姿も確認できた。


「モネさん!」


 アレテーが目に涙を浮かべながら、巨狼を走らせる。

 モネの許に到着すると、巨狼が消えた。


「無事だったのね! よかった! 本当によかった!」


「うぅ……ごめんなさい!」


「おバカ、こういう時はありがとうでいいのよ」


「っ! はい、ありがとうございます!」


 モネがアレテーを抱きしめた。


「なんだ、俺にハグはないのか」


 反動を受け終え、普段どおり動けるようになったディルが言う。 

 てっきり、いつものツンツンした答えが返ってくるかと思ったが、モネは――ディルに抱きついた。


 花のような香りと、彼女の温もり。そして、よほど急いできたのだろう、強く鼓動する心音が感じられた。


「あなた、本当にバカよ。他人に興味ないふりして、平気で命を懸けるんだもの」


「いや、あれは転んで穴に落ちただけだ」


「おバカっ」


「あー……モネ、そろそろ離れろ」


 背中をぽんぽんと叩くが、彼女は離れる様子がない。

 それどころか、ディルを抱きしめる力が強くなる。

 よほど心配を掛けたらしい。


「俺の胸板に、自慢の巨乳が押し当てられてるぞ」


「黙って」


 モネは一瞬、自分の頬をディルの頬に触れさせたあと、ようやく離れた。

 彼女の顔はとても赤い。


「別に自慢じゃないから」


「誇っていいぞ」


「もっと他に誇らしいものあるので!」


「……淫行教官、生徒を手篭めにするのは地上でやってもらえる?」


 アニマが冷ややかな視線でディルを睨んでいる。


「お前も俺が生きてて嬉しいんだろ、ハグするか?」


「ふっ……いいよゴーレムでハグしてあげよう」


「おいバカやめろ」


「ディルちゃん、あとで私もハグさせてね」


 レオナはモンスターの返り血で全身を真っ赤にしながら、ニコニコ笑っている。

 彼女の周囲には、頭部が弾けていたり腹部がえぐれていたりと、悲惨なモンスターの死体が幾つも転がっている。


「お前のハグは背骨折れそうになるから、お断りだ」


「折らないよう気をつけるからっ!」


「『垂れ糸』までそう遠くないが……その前に一つ、死地を乗り切ればならないようだね」


 リギルの周囲にも骸の山が築かれていたが、こちらは刃しか血に濡れていない。

 

 彼の視線を追うと、通常の三倍ほどの巨躯を誇る火竜がこちら目掛けて飛んできていた。

 それだけではない。


 一旦はディルの仲間たちが蹴散らしたモンスター郡だが、既に第二陣が到着しつつあった。

 派手な戦いで周辺一帯のモンスターの気を引いてしまったらしい。


 ディルは一つ頷く。


「よし、俺は先に帰るからあとは任せるわ」


「君の力が必要だよ、ディル。どうか、勝利までの案内を」


 リギルが、真っ直ぐにリギルを見た。

 そこには一切の疑念がない。研ぎ澄まされた信頼だけが、瞳の奥に宿っている。



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