第12話◇探索才覚と等級
右隣にミノタウロスのタミル。
左隣には子うさぎのようなアレテー。
ディルは憂鬱な気分で歩く。
周囲の人々の迷惑にならぬよう、一同は広い道を選んで二~三列を維持しながら目的地へ向かう。
列の整理は他の教官に丸投げし、ディルは先頭を歩いていた。
「それでは早速。
風の暴食型、植物の怠惰型、炎の色欲型、雷の憤怒型、水の嫉妬型、土の強欲型、光の傲慢型、それ以外の深淵型という区分けだ。
属性と罪が紐付けられているのは、特定の階層で能力の強化が確認されているからだ。
風属性は暴食領域で能力が上昇するので、暴食型と呼ばれるようになったのである。
同様に他の属性もそれぞれ対応する階層が存在するが、どの層でも効果が変わらない能力は、まとめて深淵型に振り分けられた。
探索者志望に風属性が人気なのも頷ける話だ。
第一階層でモンスターを狩っていれば食うに困らないのだから、それに役立つ
「等級? そんな分かりづらいか?」
「いえ、区分については既に理解しています」
「ふぅん」
アレテーを見るとうんうんと頷いている。
本当に分かっているのだろうか、ディルは訝しんだ。
「子うさぎ、お前ちょっと説明してみろ」
「えっ、あ、はい先生! 等級というのは……えと、『単独でのダンジョン探索における有用性』を国家が判断したもの、です! 十二段階に分けられていて、赤、青、黄、白にそれぞれ一級から三級が存在します!」
最も優秀なのが赤の一級、逆は白の三級となる。
「うむ、教科書を丸暗記したのが丸わかりな説明だったな」
「うっ……」
「別に悪くはないぞ。筆記対策ならそれで問題ない。メガネくんは何が気になってるんだ?」
「意義です」
「へぇ」
覚えなければならないから覚えておく、ではなく。
これはどういう理由で存在するのだろう、というところまで考えているわけか。
「国家が探索者の能力を把握したいのだとしても、等級という項目を定めて認識票に刻む必要性は薄いかと」
正式に探索者登録が済むと、認識票が配られる。
名前、性別、種族、所属、取得している最も深い階層の免許種別、
二枚組で、探索者としての身分を示す他、ダンジョン内で死亡した場合の身元確認にも使われる。
「教本には『取得免許や能力種別に囚われない、純粋な探索能力を可視化する意図がある』と記されていますが、違和感があります」
ふむ、とディルは頷く。
「お前の感覚は正しい」
「……と、言うと?」
「ぶっちゃけると、等級は無用な争いを避けるために定められたものだ」
「無用な争い、ですか」
「もうちょい後で説明してやるつもりだったんだが……。まぁいいか。まず大前提だが、大抵の探索者は何が目当てだ? はいメガネくん」
「タミルです」
「ぶっぶー、不正解だ。誰がお前目当てにダンジョンに潜るか」
「今のは回答ではありません」
ディルは無視した。
「じゃあ子うさぎ、お前が答えろ」
「人それぞれだと思います!」
ディルは無視した。
「そう、ほぼほぼ金目当てだ」
ディルは断言する。
アレテーは「そ、そうなのでしょうか……」と微妙な表情だったが反論はしない。
「探索法なんてものを定めちゃいるが、ダンジョンは無法地帯と言っていい。大金が絡むと、人は驚くほど大胆な行動に出るもんだ。たとえばだ、メガネくん。お前が目をつけてたアイテムをダンジョンで見つけたとする。持ち帰るか?」
「無論、可能であればそうするでしょう」
「でも、それを先に見つけたのがこの子うさぎだったら?」
「……探索法に照らし合わせれば、アイテムの所有権は最初の発見者にあります。この場合、自分は諦めるべきでしょう」
「あはは。みんながみんな、お前みたいに真面目なら問題は起こらないだろうな。で、訊くがな、全ての探索者がそのルールを守ると本気で思うか?」
「…………稼ぎのために、探索法を破る者がいると?」
「それも、お前らが思ってるよりずっと多くな」
タミルが沈黙し、アレテーが顔を青くする。
ディルのたとえは、まだ平和なものだ。
探索帰りに疲弊した者を殺して、その日の成果を丸ごと奪う者もいる。
「そういった問題への対処は、国も色々考えた。衛兵に探索者免許とらせて巡回させるとか、罰則の強化とかな。でも効果は微妙だったな」
「自分たちも気をつけねばなりませんね。……しかし、それと等級制度にどんな関係が?」
「実はな、一番効果的だったのがこれなんだよ。考えてみろ、さっきのたとえで言うとだ。お前はアイテムが欲しい。子うさぎから奪ってでも欲しい。どうする?」
「……自分が法を軽んじる悪人であるならば、強引に奪うのでしょうね」
「そうだ。で、子うさぎサイドだが、簡単には渡したくねぇよな?」
「えぇと、でも、タミルさんの方にも事情があるかもしれないので、まずは話し合って――」
ディルは無視した。
「そうだ。ぶっ殺してでもアイテムを死守しようとするわけだ。ここで
「……等級制度によって、それが避けられるようになった? ――っ、まさか」
タミルは気づいたようだ。
「そうだ。国家という第三者が評価した『個人の探索能力』が認識票には刻まれてる。これを見せ合えば、殺し合う前に互いの実力が分かるわけだ。勝ち負けが分からなきゃ必死にもなるが、戦ってどっちが死ぬか明白だったら諦めもつくだろ」
「な、なるほど……。法の遵守ではなく、あくまで探索者同士の無用な戦闘を回避するためのものなのですね」
タミルは理解したようだが、アレテーは頭に疑問符でも浮かべているみたいにうんうん唸っている。
そもそも人からものを奪うという発想がないので、たとえ話からして理解の外なのかもしれない。
ダンジョンの外なら善人で済むが、探索者としては致命的な欠点になりかねない。
――向いてねぇよなぁ、やっぱ。
少なくとも精神面では適性がないように思えてならない。
それでも生徒だ。
最低限、探索者としてやっていけるように指導せねばならない。
ディルはますます憂鬱になりながら、ダンジョンへ近づいていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます