第11話◇姫ネコの取り巻きはネズミとサカナ

 



 朝、教習所前の通り。

 そこには数十人の生徒が集まっていた。


 今日はクラスで共にダンジョンへ向かう課外授業。

 そこで各々の探索才覚ギフトを確認する。


 超能力、魔法、なんでもいいが、物語に出てくるような特殊能力を、ダンジョン内限定とは言え手に入れられるのだ。

 夢見がちな若者はもちろん、人生一発逆転を狙った大人たちも揃って色めきだっていた。


「暴食型こい暴食型こい……」「何型でもいいから、青の三級くらいはとれる当たり能力でありますように……」「サポート系は勘弁してくれ~」「教官たちの探索者装備ってなにげに初めて見るな~」


 一部呑気な生徒もいるが、概ね緊張した面持ちだ。

 ちらり、とディルはアレテーに視線を遣る。


「あぅ……」


 可哀想になるくらいにブルブル震えていた。

 深淵で誰を生き返らせたいかは知らないが、元が心優しい少女だ。生死を掛けたダンジョン攻略など、心に合っていないのだろう。


「無理そうなら帰ってもいいぞ」


 ディルがそう声を掛けると、アレテーはぎゅっと胸の前で両手を握り、顔を上げた。


「いいえ、大丈夫です! 頑張ります!」


「そうか」


 自分の性質を無視してでも、救いたい人物がいるらしい。


「こら! 静かになさい! 今どき五歳児の方がまだ聞き分けいいわよ?」


 と、大層張り切っているのはハーフエルフの優等生――モネだった。


 優秀な彼女は、探索者として活躍しながら更なる免許取得を進めるだけでなく、教官資格まで取得しているのである。


 また、孤児院の運営を支援する他、世間に見捨てられがちな人々に手を差し伸べる活動を積極的に行っている。


 探索者としての異名は『閃光のモネ』。

 人格者としての評判から『聖女モネ』とも呼ばれている。


 友人の所有する不動産に住み着くばかりか、最近は十五歳の少女に身の回りの世話をされている教官とは、積み上げた徳が違う。

 モネはディルに気づくと、悪戯っぽく笑った。


「おはようございます、センパイ?」


「はぁ……」


 ディルは大きな溜息を溢した。

 意識の高い人間が苦手なディルにとって、モネのような高潔な人物に懐かれるのは困りごとだった。


 授業中だけならまだしも、彼女が教官業務に携わっている間は逃げ場がない。


「ちょ、ちょっと! そんな聞こえよがしに溜息をつかれると傷つくんですけど!」


「あー、おいお前ら、今日は『閃光のモネ』教官も付き添ってくれる。聞きたいことがあればじゃんじゃん聞くように」


 その言葉を皮切りに、ミーハーな生徒たちがモネに殺到する。


「ちょっ……もうっ! 分かったから順番に! それと周囲の人の迷惑にならないようにね!」


 生徒を纏めるのはモネに任せ、ディルは一応は引率として先頭を歩き出す。


 モネとディルを含め、今日は五人の教官がダンジョンに付き添う。

 さすがに数十人をダンジョンでお守りするのに、一人の教官では足りないからだ。


「それにしても……ディルセンセーの探索装備、超ダサくない?」


 モネに群がる生徒たちからは少し離れた位置、クスクス笑い出したのは、猫耳の少女だ。

 ディルのことが気に食わないのか、よく小馬鹿にした態度をとる娘である。


「うんうん、フィールちゃんの言う通りだと思う。探索者は身軽にってのが基本なのに荷物多すぎだし」


 即座に追従したのはネズミ耳の小柄な少年だ。

 気弱で大人しそうな印象だが、猫耳少女といるとよく喋る。


探索才覚ギフトがサポート特化だから、沢山の袋にダンジョン由来のアイテム入れて戦闘に使うって噂だね。外れ能力なだけじゃなくて、稼ぎを削ってまで装備用にとっておかないといけないとか、可哀想になってくるわ」


 追加で早口に語るのは、サハギンの男だ。

 魚を人型にしたような種族である。

 この生徒の場合、鱗は青い。


「あはっ、それじゃあ教官になるのも無理ないかー。安定した稼ぎの方がありがたい、みたいな?」


「うんうん、きっとそうだと思う」


「リギルパーティーがダンジョンの地図を作り終えて不要になったけど、リーダーの温情で教官職を斡旋したって噂だね。コネ就職だよコネ就職」


 ――コネなのは当たってるが、噂の方は間違ってるな。


 面倒なので訂正しないでいると、またしても二人の生徒が声を上げた。


「噂をもとに人を嘲るとは、程度が知れるな」


 メガネのミノタウロス男子である。


「先生にひどいこと言わないでください! それに、先生の装備は格好いいです!」


 もう一人はもちろん、アレテーだ。


「はぁ? うざ、勝手に話に入ってこないでくんない?」


「わざとらしく大きな声で話しておきながら、よく言えたものだな。何故教官の評判を貶めようとする、そこからして理解に苦しむのだが」


「あんたガッコー通ったことないわけ? センセーにあだ名つけたりからかったり、みんなやるでしょ」


「幼稚な行いだ」


「センセーの前でいい子ちゃんぶれて大人でちゅね~」


 メガネの生徒タミルに青筋が立つ。


 アレテーは口論に混ざることもできず、あうあう言っていた。


 ディルは関わりたくなかったが、このままダンジョンに到着するまで舌戦を聞くのも憂鬱なので、口を挟むことにした。


「まぁまぁ、落ち着け二人とも。まずは、教習所の姫」


「はぁ!? もしかしてアタシのこと言ってます!?」


 猫耳少女が叫ぶ。


「えぇっ!? フィールさん、お姫様なんですかっ!?」


 アレテーは純粋だった。


「……男性集団の中でチヤホヤされる女性メンバーを、周囲から丁重に扱われる者の比喩として『姫』と呼称することがあるのだ」


 タミルの補足に、アレテーは「な、なるほど……!」と大きく頷く。

 悪気のない二人の会話で、フィールという猫耳少女が怒りに顔を赤くする。


「きもいあだ名つけないでもらえます?」


「お前、学校に通ったことないのか? 変なあだ名をつけられる奴なんて、珍しくないだろ」


「くっ……!」


 悔しそうに呻くフィール。

 だがディルは生徒をやり込めたいわけではない。


「前にも言ったが、陰口は聞こえないところで言ってくれ。聞こえる距離で反応を求められても、正直困る。別に言うことないしな」


 残念ながらディルに悪口は効かないのだった。


「反論とかないわけ? 高いお金払って外れ教官に当たるとか、こっちとしては最悪なんですけど」


「うんうん、僕もフィールちゃんに同感だな」


「ディル教官は特に、クレームが多いって噂ですし」


「俺も出来ることなら、生徒全員他の教官に押し付けたいんだけどな? 残念ながら第一階層の免許取得で教官は選べん」


 アレテーが目を泳がせた。


 ――うん、お前はリギルと取引して俺の生徒になったもんな。


「第二階層からは一応担当希望は出せる。だからいつまでもウダウダ文句垂れてないで、集中しろ。それとも、受かる自信がないか?」


「はぁっ!? そんなわけないし!」


 それからしばらく、フィールは不機嫌そうに黙っていた。

 ディルとしては、静かになってなによりである。


「ディル教官。道すがら、お尋ねしたいことがあるのですがよろしいでしょうか」


 気づけばミノタウロスのタミルが隣に並んでいた。


 授業時間外ならば突っぱねて寝るところだが、ダンジョンに到着するまで他にやることもない。

 ディルはせめてもの抵抗として大きな溜息を溢してから、頷いた。


「……着くまでな」



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