第13話◇ダンジョンへご案内

 



 ダンジョンの入り口は、公式には一つ。

 街の中心部にある、大穴がそれだ。


 形状だけで言えば、地上から見たアリの巣に似ている。

 地面に、ぽっこりと穴が空いているのだ。


 ただし大きさは桁違い。

 底が見えない黒い大穴が、世界に一つ空いている。


 外周に沿って下へ向かう坂道があり、そこをある程度下るとダンジョンに繋がる。

 当然、人の出入りは厳重に制限されている。


 衛兵の詰めている通り口にて何人で・何層に潜るか、また予想される探索時間などを申告してから通過する。


 こういう日は手続きに少し時間が掛かる。

 人数が人数だし、生徒はまだ探索者志望でしかない。

 今は一人ひとり本人確認されているるところ。


 アレテーは「アレテーと申しましゅ!」と噛み噛みだった。


「セ、ン、パ、イ?」


 先が思いやられるなぁと呆れていると、何者かに肩を指でつんつんされる。


「どうした、後輩」


 ディルは平然と答える。

 そこには怒り顔のモネがいた。


 不機嫌そうな表情でも、彼女の美しさは損なわれることがない。


「さっきはよくも、生徒を押し付けてくれたわね」


 他の生徒が聞いてないからか、敬語をやめるモネ。

 あるいは怒っているからかもしれない。


「教官なら生徒の疑問には快く答えてやれよ」


「どの口が言うのよどの口が!」


「正論は悪人が言っても正論だ」


「説得力はゼロになるけどね!」


「酷い話だよな」


「普通じゃないかしら!?」


 モネの怒りが頂点に達しそうなので、ディルは後輩いじりをやめることにした。


「それで? 何怒ってるんだよ。別に人の面倒見るの嫌いじゃないだろ」


 ディルと違ってモネは面倒見がいいのである。


「うっ……それはそうだケド。だ、だって……」


「ん?」


 彼女が頬を染めながら、俯きがちにもごもごいう。


「……一緒に仕事なんて滅多にないんだから……その……」


「なんだよ」


「~~っ! だ、だから! アレよ! もっと可愛い後輩をちゃんと指導したらどうなの!? 先達からの言葉とか、あるでしょ普通!」 


「はぁ? 特にないが?」


「ありなさいよ!」


「んなこと言われてもなぁ」


 ディルは少し考えてみる。

 そして考えるのに飽きた。

 わずか数秒のことである。


「……うむ。お前にはもう教えることはない」


「まだ何も教わってませんけど!?」


「つーか探索者としてならまだしも、教官として何か教えるようなことがあると思うか? 俺だぞ?」


「態度はアレだけど、タメになる授業をしてくれるじゃない」


「そう思うやつは少数派だけどな……」


 ディルは生き残る方法を教えている。

 多くの生徒が知りたいのは、稼ぐ方法だ。


「……まぁ、自分の経験から教えるのがいいんじゃねぇの?」


「でも、思ったんだけど生徒って教官の経験談を聞いてもピンとこないみたいな顔するじゃない?」


「実感は湧かないだろうな、特にまだ免許持ってないやつらはな」


「そうなのよ! やっぱりあたしとしては生徒の目線になって心に入ってくるような授業をしてあげたくて――」


「待て待て意識が高すぎる俺にはついていけん」


 そんな熱量はディルにはない。


「あなた、最近良い方向に変わってきてるじゃない? 生徒への対応も改善されたら、みんなあなたの優秀さに気づくと思うのよ」


 アレテーの所為で身なりが整ってきたことを言っているのか。


「微塵も興味がない。引き続き反面教師としていただきたい」


「大丈夫よセンパイ。あたしと一緒に良い教官になりましょうね!」


 輝く笑顔で憂鬱になるようなことを言う後輩だった。


「本当に勘弁してくれ……」


 私生活でアレテーという面倒事を抱えている上、仕事で意識の高い後輩に付き纏われるなんて地獄だ。


 ディルはだんだん生きるのが辛くなってきた。


 ――俺はただ、親友の金で好き勝手暮らしていたいだけなのに……。


 何故そんなささやかな願いさえ叶わないのか。

 世界とは残酷なものである。


 なんて身勝手なことを考えている内に、確認作業が終了。

 教官陣は再び生徒を率い、いよいよダンジョンへと足を踏み入れる。


「こ、これがだんじょん!」


 緊張と不安でガチガチのアレテー。


「アレテー氏、まだここは入り口だと思われる」


 冷静に見えるが、メガネをクイッとする手が微かに震えているタミル。


「いよいよってわけ。待ちくたびれたわよ!」


 強がる猫耳娘フィール。

 追従するネズミ耳とサハギン。


 賑やかな生徒を引き連れて、赤茶色の坂道をゆっくりと下っていく。

 そしてある瞬間、まるで水に沈むかのような感覚に包まれ――。


「えっ?」


 気づけば全員、青空の下、輝く太陽に照らされた草原に立っていた。

 困惑した様子の生徒たちに、ディルは言う。


「これがダンジョンだ。んじゃ早速、今日の授業について説明する」



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