第6話◇珍しくディルを慕う生徒




「バク討伐によるドロップ品を狙いたい場合は、どうすればいいんですか?」


「これは対策ごとに変わる。まずは二つ目の対策からだな。こっちはリスキーだが、敢えて悪夢に飛び込んで、打ち勝つって方法だ。悪夢の中でトラウマやコンプレックスを克服すると、現実に戻ることが出来るんだわ」


 そう簡単に克服できないから、トラウマやコンプレックスとして心に根付いているわけなのだが……。


 ちなみにバクを討伐すると手に入るのは小指の先ほどの丸薬で、呑み込むと自身のコンプレックスを一つ、解消してくれる。


「なるほど……二つ目の方法にはかなりの精神力が求められますね」


「まぁな。対策とは言ったが、負け確ではないってだけの情報だし」


「いえ、充分です。生き残る術があると知っているかいないかで分かれる道もあるでしょうから」


 ちなみにもう一人の生徒は小柄な少女で、クマ耳の亜人なのだが……。

 彼女はひたすら早弁をしている。


 どこからともなく食料を取り出しては頬張っていた。

 実力はあるのだが普通の人間たちに馴染めないということで、他の教官たちからディルに押し付けられた人物でもある。


 ディルは自身がズボラだからか、授業の進行が妨げられない限り何をやっても放置することにしている。


「悪夢に打ち勝った場合は、術を突破された影響でバクに隙が生じるから、そこを突いて倒せ。一つ目の隠密行動を選んだ上でこいつを倒すなら、やり方は暗殺だな」


「……遠距離攻撃ということですか?」


 モネが苦々しげに目許を歪める。

 というのも、彼女の能力は近接特化なのだった。


 探索者用語で暗殺と言えば、敵に気づかれないままに遠方から倒すことを指す。


「背後から忍び寄って首でも背中でも斬ればいいだろ」


 ディルがそう補足すると、彼女は満足げに頷く。


「それなら出来ると思います」


「オススメはしないぞ」


 敵にバレないように探索を進めるという行為からして、難易度が高い。

 基礎能力はもちろん、様々な技能や知識を身に着けている者にだからこそ、ディルの今の説明には意味があった。


 第一階層探索免許も持っていないヒヨっこたちとは違う。

 二人の生徒は現時点で第四階層探索免許までを取得しているのだ。


「問題ありません」


 ふふんっ、と言い出しそうなほどに自信に満ちた表情のモネ。

 ディルは「あぁそう」と適当に返す。


 モネは自信家ではあるが自信過剰ではないので、ディルとしては手間のかからない生徒で助かる。


 能力面とは別に、性格面では困った生徒なのだが。


「嫉妬領域では、嫉妬の元となる感情『羨望』を満たす品が手に入る。コンプレックスを解消し、憧れの自分に近づけるわけだ。使用者基準で『美しくなる』『賢くなる』『強くなる』って具合にな」


「色欲領域での獲得品と一部被っていますね」


 色欲領域は第三階層で、サキュバスなどのモンスターからの魅了攻撃を受ける。

 これは常人にはとても抗えない強力なもの。


 なんとか突破すると、強力な媚薬・精力剤の他、他者から魅力的に見られる薬なども手に入る。

 あまりに効果が強力なので、売り買いに制限が掛かっているほどだ。


「あっちは効果が一時的って共通点がある。嫉妬領域の獲得品なら、効果は永続だ」


 暴食、怠惰、色欲の第一から第三階層で手に入るものは、人の欲を一時的にしか満たせない。


 食い物は食えば終わり。便利な道具には期間や回数制限がある。薬の効果は一時的。


 だからこそ需要が絶えないという部分もあるが、もっともっとと欲を出す者も現れる。


 まるでそんな者たちをより深くへと誘うかのように、ダンジョンの深層には永続効果のアイテムが存在した。


「獲得品に狙いのものでもあるなら別だが、そうでないなら嫉妬領域は極力避けるべき層と言える。つーか第一階層以外は全部そうなんだが……」


 探索才覚ギフトはその大半が、戦闘用だ。

 それが一番活かせて、かつ稼ぎに直結するのは暴食領域なのである。


 第二階層以下を目指す者には、金だけではない目的がある。

 ディルは、人のそういった個人的な部分になるべく関わりたくなかった。


 しかし、第八階層探索免許までを取得しているために、モネのような生徒を担当することがあった。


「でも、先生だってかつては深層を目指していましたよね?」


 その通りだった。


「狙いのものでもあるなら別だって言ったろ?」


 ディルは一瞬だけ眉を揺らしたが、すぐに面倒くさそうな顔で答える。


「それは、手に入りましたか?」


「プライベートな質問は禁止だ」


 モネは不満そうな顔をしたが、食い下がらなかった。

 そこでちょうど、授業終了を知らせる鐘が鳴る。


「お、じゃあ今日はここまで。次はバク以外の出現モンスターについてと、二箇所ある『蜘蛛の垂れ糸』、三箇所ある『黒い丸穴』について教える。以上!」


 ディルは黒板の絵を消さないままに教室を後にする。


「あ、ちょっと!」


 モネの声が聞こえた気がするが、気の所為だろう。

 次の授業までの貴重な休憩時間を無駄にするわけにはいかない。


「待ちなさいってば! ディル!」


「……『先生』とか『教官』とか付けろよ」


 振り返ると、モネが立っていた。

 年頃の割には背が高く、猫背気味なディルと比較すると彼女の方が大きく見える。


 彼女はいかにも『怒ってます』と言わんばかりの顔で、腰に手をあて、若干前かがみになっている。

 手に白い粉がついているのは、ディルに代わって黒板を綺麗にしてから来たからか。


「あら、あなたそういうの気にする人だっけ?」


「いや、周囲に親しいって思われたら嫌だろ?」


 ちなみにだが、モネは授業中は生徒と教師という関係性を考慮してか、敬語を使う。

 だがそれ以外の時間では、素の性格で突っかかってくるのだった。


「な、なによ……。そんなふうに言わなくてもいいじゃない」


 先程までの威勢はどこへやら。

 モネは傷ついたような顔になる。


 どうやらディルの言葉を勘違いしたようだ。

 彼女は人間とエルフの間に生まれた子だ。


 今では異なる種族の間に生まれた子を『運命の愛し子』と呼ぶ向きもあるが、基本的にはかつて使われていた呼称がそのまま使われる。


 エルフで言えば、ハーフエルフだ。

 ハーフエルフは、特にエルフの側から迫害される傾向にある。

 モネは他者に否定されることに、人一倍敏感だった。


「俺がじゃなくて、お前に良くないんじゃないかってことだ」


「……どういうことよ」


「こんなふうに俺にばっか構ってたら、特別親しいって思われるぞ」


「……じ、実際に親しいかは別として、それの何が問題なのよ」


 モネの顔は少し赤い。


「『閃光のモネ』様が、こんなダメ教官と親しくしてたら、評判が落ちるんじゃないか?」


 ディルはとにかく、授業以外で生徒と関わりたくなかった。

 親しくなるほどに、彼ら彼女らが命を落とした時に憂鬱な気分になる。


 かといって、探索者になるような者は、止めてもダンジョンに潜るものだ。

 つまり、知り合ったが最後、そう遠くないうちにそいつは死ぬ。


 ならば、なるべく深く関わらない方がいい。

 だが、それを許してくれないモネのような者が、ディルの周囲には何人かいた。



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