第5話◇優等生なハーフエルフ
早起きした分の睡眠時間を取り戻すべく、教官たちの机が並ぶ職員室で爆睡を決め込んだディルだったが、授業開始の予鈴に目を覚ます。
長い欠伸を漏らしてから、さて今日はなんの授業だったかと今になって確認すると、ディルは必要な資料を片手に抱えて職員室を出る。
途中で受付を通り過ぎたのだが、そこで「あ!」という声が聞こえてきた。
視線を向けると、見覚えがあるようなないような、白い髪の少女がこちらを見ている。
「さ、先程はありがとうございました!」
「ん……? あぁ、さっきの」
まだ眠気の残る頭で記憶を探ると、すぐに思い出せた。
入り口にいたボロボロの少女だ。
体を洗って汚れが落ちただけで、随分と印象が変わる。いや、衣装の力も大きい。
ディルが紹介した宿の者は、どうやら少女に服も都合してやったらしい。
見た目から受ける印象は、路上生活者から村娘くらいには変化している。
「本当に感謝してます。あ、あのっ、今は持ち合わせがないのですが、か、必ずお金、お返ししますので!」
免許は順番にとらねばならない。
この少女が第八階層を目指しているなら、第一階層探索免許から数えて八つも取得しなければならないわけだ。
第一階層探索免許取得のための受講料だけでも、庶民が目ン玉飛び出るくらいの額が必要になる。
一旦第一階層で稼げるようになれば生活も変わるだろうが、今はまだ無理。
少女に余裕がないのは、説明されるまでもなく分かっていた。
「気にすんなって言ったろ。じゃあまぁ、頑張りな」
「あらディルちゃん、この子と知り合い?」
その場を去ろうとするディルだったが、受付の中年女性に呼び止められてしまう。
オークの主婦だ。講師ではないので、探索免許は持っていない。
「俺のことをディルちゃんとか呼んでいいのは、妖艶なお姉さまだけだ」
「ならあたしは合格でしょ」
ディルは「どこがだよ」という言葉を呑み込んだ。
「訂正するわ。人間基準で妖艶なお姉さま限定なの」
「惜しいわね」
「ほんとにな」
「――ディル……ちゃん?」
少女がうわごとのように呟く。
ディルは少女をじとりと睨んだ。
「お前のどこが妖艶なんだよ、十年早いわ」
「え、あ、す、すみません!」
少女は恐縮したようにぺこぺこと頭を下げる。
ディルは毒気を抜かれて、頭を振った。
「いや、いい。今度こそ行くわ、授業あるし」
「あ、あの!」
こいつ人のこと呼び止めるの好きだな……とディルは若干苛立ちながら立ち止まる。
「なんだ」
「あの、ディルってお名前……もしかして、『深淵踏破のディル』様ですか!?」
ディルはその瞬間、全てを理解した。
というか、薄々そうではないかと思っていたことが確定してしまった。
この少女は第八層を目指している。
深淵に用がある。
本気でその存在を信じている。
だから、ディルのその異名のことも信じているのだろう。
そして、ディルに教えを請うべく遠路はるばるやってきたわけだ。
――ぜ、絶対相手にしたくない……!
「チガウヨ?」
ディルは嘘をついた。
「えっ」
「ヒトチガイダヨ」
「えっ、えっ……? そ、それは失礼しました!」
少女は信じた。
「キニシナイデ。ガンバッテネ」
「は、はい! 頑張ります!」
ふぅ、とディルは額を拭い、授業へ向かう。
そんなディルを、受付の女性は呆れたような目で見ていた。
ディルは、頭の中でどうやって彼女を他の教官に押し付けようかと考えていた。
だから、気づかなかった。
ディルと少女のやりとりを、リギルが聞いていたことに。
◇
その日のディルの授業は、第五階層探索免許取得者向けのものだった。
さすがにそこまで階層が深くなると、受講者もガクッと減っていく。
使用するのも少人数用の教室になるが、それでも空席が目立つ。
現在、生徒はたった二人だった。
「第五階層で一番厄介なのは、バクってモンスターだ。こいつは悪夢を見せてくるんだが、遭遇すると回避不能なんだよ。こっちのトラウマやらコンプレックスをガンガンついてくる悪夢に魘されながら死ぬか、他のモンスターに殺されるか。どっちにしろ負けだな」
ディルは話しながら黒板に絵を描いていた。
ゾウのような鼻をした、二足歩行のモンスターだ。
残念ながら絵心がなく、イメージが生徒に伝わっているかは怪しかった。
だがディルは満足げな顔で頷き、話を続ける。
「対策はもちろんある。一つは遭遇しないこと。基本、向こうがこっちを認識したら悪夢スタートだと思え。こっちが先に相手を捕捉し、バレないように避けて進む。これなら夢は見ずに済む」
「質問があるんですけど」
ピシッと背筋を伸ばして席に座る女子生徒が、これまたピシッと手を挙げている。
ツインテールの少女だ。
一本一本が金糸のように輝く長髪、ハッとするほどの美しい顔、白く弾力に富んだ肌、豊満な胸部、少し尖った耳。
そこに加え、ツリ目がちな瞳、鋭い眼光、近寄りがたい雰囲気、刺々しい口調。
それがディルの担当生徒――モネという少女の特徴だ。
「ん」
ディルが顎だけで頷くと、生徒はその薄い唇を開いた。
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