第3話◇煤けた白兎


 


 ダンジョン内に足を踏み入れると、ただ一人の例外もなく、特殊能力に目覚める。


 ダンジョンの中でのみ使用可能なそれを、人々は探索才覚ギフトと呼んだ。


 探索才覚ギフトと各層に相性があると判明してからは、八種類の能力はそれぞれの罪の名を冠することになった。


 暴食領域で効果が上がる風属性ならば暴食型、憤怒領域で効果が上がる雷属性ならば憤怒型、といったふうに。


 どの層でも効果が変わらない能力は便宜上、深淵型に分類される。


 ディルの探索才覚ギフトは深淵型だった。


 世間は、ディルの能力をこう認識している。

 『安全なルートが分かる能力』と。


 能力単体で見れば優秀と思えるが、ダンジョンにはモンスターが跋扈しているのだ。


 完璧に安全なルートなどない。比較的安全なルートが分かっても、モンスターと遭遇することはあるだろう。


 その時、戦闘に使えない能力でどう戦う?

 また、その問題を回避出来たとしてだ。


 能力的にモンスター討伐は向いていないため、主な獲物は採取物になるだろう。

 その分、選択肢が狭まる。


 というわけで、ディルの評価は高くない。

 それでも、彼は有名な探索者だ。


 何故か。

 『最も深遠に近い』と言われる探索者パーティーのメンバーだったからだ。


 ディルの能力を上手く使い、そのパーティーは第七層までを攻略した。

 故に『案内人ディル』。


 ダンジョン深層の宝物ほうもつのほとんどは、そのパーティーが最初に持ち帰ったと言われるほどだ。


 その功績たるや凄まじく、パーティーメンバーには国から例外的に『第八階層探索免許』が与えられた。


 仮に第八階層が発見された場合、通常ならば探索は許されず、国への報告が義務つけられる。

 だがそのパーティーだけは、すぐさま探索に移ることが許されるわけだ。


 パーティーリーダーの名はリギル。

 ディルの幼馴染であり、現職場リギル・アドベンチャースクールの所長であり、お金を貸してくれる友達でもある。


 ディルはその日の朝も、給料の前借りを頼むべく職場に向かっていた。


 既に数年先の分まで前借りしているのだが、そんなことは一切気にしていなかった。


 金が必要。手元にない。ならば借りるしかない。簡単な話だ。


 そんなわけで、普段は遅刻常習犯のくせに、こんな日ばかりは一時間前出勤をするディルだったが――。


 職員のために既に解放されている正面入口で、不審者を発見した。


 ボロボロの外套に、すっぽりと覆われた矮躯。

 手に持っているのは麻袋か。


 ちらりと見えた足は、一応靴らしきものに覆われていたが、こちらもまたボロボロで見るに堪えない。


 破けて指や踵が露出しているだけでなく、残った部分も血と泥で汚れている。


 ディルの生活するダンジョン都市・プルガトリウムは、探索者が持ち帰る宝で大いに栄えている。

 だが、光が強くなれば影も濃くなるというもの。


 実際は貧富の差が極端な街であった。

 路上生活者は珍しくない。


「なぁ、あんた」


 ディルは、外套の人物に声を掛けた。


「あと一時間は開かないぞ」


 声を掛けられて、外套の人物がびくりっと震え、こちらに振り返る。


 その拍子にフード部分が落ち、少女の顔が明らかになった。

 そう、女だった。


 体が小さいというだけならドワーフやゴブリンなど、珍しくない。

 だが、小柄な人間族の少女だったようだ。


 顔も髪も煤汚れていている上に、痩せこけている。

 汚れた白銀の髪と、怯えるように震える赤い瞳。


「え、あ、そ、そう、なんですか……」


「それも知らないとか、この街の人間じゃないだろ」


 この街に住んでいれば、一度は探索者が人生の選択肢に上がってくる。


 教習所に関する最低限の情報なら、子供でも知っていた。

 そして、大抵は受講料の額を聞いて幼い内に諦めるわけだ。


「え、えと……その……」


 少女がぼそぼそと口にした地名は、パッと聞いて分からないくらいの田舎だった。

 しばらく掛かって、プルガトリウムから相当の距離がある地域だと思い出す。


 何も徒歩のみで来たわけではないだろうが、靴が壊れて足が傷だらけになるのも頷けるというもの。


「そんなとこまで、うちの名前は届いてるんだな。リギルのやつ、商才もあるとは腹立たしい」


 その商才のある幼馴染に金を借りようとしていることは脇に置いて、彼の才覚を妬むディルだった。


「あの、はい、いえ、その……こ、ここなら、第八階層の、探索免許がとれるって聞いて……それで」


 途端、ディルの顔が険しいものになる。


やめとけ、、、、


「――――ッ!?」


 ディルの圧を受けて、少女が腰を抜かして尻もちをついてしまう。

 怯える少女を見て、ディルは自分の未熟さを呪う。


 ――こんなガキ相手に、何やってんだ俺は……。


「あー、いや、撤回するよ。金があるなら来るもの拒まずだ。試験に落ちても金は返せないが、それでもよければどうぞうちへ」


 手を差し出して少女が立つのを手伝うと、ディルはそのまま入り口へ向かう。


「あ、あの!」


 だが、少女に呼び止められて渋々立ち止まった。


「なんだ?」


「や、やめとけってどういう……」


 リギルアドベンチャースクールが人気なのは、所長であるリギルが最強パーティーのリーダーだから――だけではない。


 アドベンチャースクールの教官資格をとるには、探索者免許が必須。

 つまり探索者経験のある者しか教官にはなれない。


 また、最終試験の監督を務めるのは、該当する層の探索者免許を持っている者に限られる。

 たとえば、第一階層の免許しか持っていない教官は、第二階層の最終試験を監督することが出来ない。


 生徒の立場から考えると分かりやすいか。

 第一階層の免許しか持ってない教官では、自分に第一階層までの免許しか与えられないわけだ。


 今の時代それで充分商売になるのだが、もっと深くへ潜りたいと願う者もいる。

 その点、ディルの所属する教習所は確実だ。


 くだんのパーティーメンバーの内、リギルとディルを含む三人が教官として在籍している。


 リギルアドベンチャースクールでなら、第八階層探索免許を取得できるという理屈になるわけだ。


 実際はそう簡単な話ではないのだが、世間ではそういう認識になっている。

 この少女も、その話を聞いて遠路はるばるやってきたのだろう。


 なんとか受講料を工面して、それ以外は限界まで節約して、ここまでたどり着いたのだ。


 第八階層で、死者を生き返らせるために。



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