第2話◇嘘か真か第八階層

 



 人が抱える七つの罪に対応したダンジョン。


 そこに幻の八階層目がある、という噂があった。

 そもそも第七階層まで行って帰還できる探索者が稀。


 そんな一部の実力者たちでさえ、行ったことはない場所。

 だが、彼ら彼女らはみな口を揃えてこう言うのだ。


 ――『深淵はある。たどり着けないだけだ』と。


 第八階層・仮称深淵領域。


 いわく、そこで獲得できるのは――失われた命。

 死者を取り戻すことが出来る階層。


 死者蘇生を望む心も、理の側から見れば罪ということなのかもしれない。


 少女の言葉に、教室内が笑いで満たされる。


「ははっ、そんな噂信じてるのかよ」「あんなの作り話だろ」「そうそう、偉大な先輩がたが広めた、存在しない八層目ってやつね」「あってもなくてもいいわ。浅層で充分稼げるってんだから」「つーかそんなこと聞いてどうすんだよ。生き返らせたいやつでもいるとか?」


 周囲の声に、少女は悲しそうに目を伏せたが、すぐにディルへと視線を戻した。

 質問の答えを、待っているみたいに。


「ていうかさ、それセンセーに失礼じゃない?」


 ディルが口を開く前に、他の生徒が声を上げた。

 猫耳と尻尾が生えた、亜人の少女だった。


「え、なになに?」「ほら、センセーの探索者時代の通り名ってさ」「『案内人ディル』じゃないの?」「そうだけど、もういっこ笑えるのがあって」


 ディルは溜息をこぼす。

 声を潜めているつもりらしいが、丸聞こえだった。


「『深淵踏破のディル』ってのがあるらしくて」


 再び、笑いが巻き起こる。


「うわぁ、それ木の棒に聖剣って名前つけるくらいヤバイじゃん」「名前負けの極地っていうか」「そうだよね、だって先生の探索才覚ギフトってほら、サポート特化だし」


 ――サポート特化とは、随分とお優しい表現だ。


 ディルは鼻で笑う。


「え、じゃあアレテーって子は何? ディル教官に遠回しに『ほんとに深淵潜ったんスか?』って聞いたってこと?」


 その言葉に、アレテーが怒ったような顔をして立ち上がった。


「違います! それに、失礼なのは貴方たちです! 先生に謝ってください!」


「謝るも何も、事実だし。なぁ?」「教官ってば若いんだから、もし当たり能力なら引退してこんな仕事してないで現役探索者やってる筈だし」「でかい怪我とかもなさそうだしなぁ。自分の限界に気づいて引退したって感じ?」「うわそれダサ……いや、大人だなぁ」「賢いよね。身の程弁えてて」


 アレテーはまるで我が事のように怒っている。

 体をぷるぷる震わせ、目を潤ませながらも、周囲に立ち向かう。


「わたしたちは先生に教えを請う立場です! 敬いを持つべきではないですか!」


 自分に「来なくていい」と言い放つ教師を、どうしてそんな必死に庇うのか。

 ディルからすれば、少女の態度の方が不思議だった。


「アレテー氏の言う通りだ。人格面はどうあれ、授業の進め方に問題はない。元探索者ならではの知識も非常に興味深い。君たちは教官を嘲って、そこから何を学ぶつもりなのだ?」


 ミノタウロスの生徒は、どうやら公平な性格のようだ。

 教官だろうと生徒だろうと、問題があれば指摘する。


「おい、子うさぎ」


「アレテーです!」


 呼びかけると、大声で返事される。


「授業中に立つな。座れ」


「……! でも!」


 じぃ、と見つめる。

 すると、アレテーはだんだんと困ったような表情になり、やがて力無げに席についた。


 次に、私語で盛り上がっていた生徒たちだ。


「お前らも、陰口は本人のいないところで言ってくれ。こんな聞こえよがしに言われたら、傷ついた俺はお前らの成績を誤ってつけてしまうかもしれない」


 先程までアレテーとディルを笑っていた生徒たちが、途端に黙る。

 探索者になるためには、免許が必要。


 多くは、アドベンチャースクールと呼ばれる教習所に通い、筆記・実技両方の試験を突破することで取得という流れになる。


 この時、試験を受けるに値するかを最終的に判断するのが、ディルを含む教官陣だ。

 バカ高い受講料を払って通っているのに、教官の悪口一つで試験を受けられなくなるのは困る。


 もちろん、ディルは面倒くさいのでそんなことはしないが、脅しとして機能するならそれでいい。

 今まさに、静かになったことだし。


「よし。じゃあ次はー……」


 と、そこで授業終了を知らせる鐘が鳴った。


「お前らがペチャクチャ喋ってた所為で、予定してたところまで進まなかったじゃねぇか。まぁいいや、じゃあこれ宿題な。ダンジョン探索法の基本、これ覚えとくように。んじゃおつかれ」


「ディル教官、質問が」


 ミノタウロスの生徒に声を掛けられると、ディルは心底嫌そうな顔をした。


「俺は、良い教官じゃない」


「は、はぁ」


「休憩時間を生徒のために使うような、良い教官じゃない」


「……自分でなんとかします」


「えらいぞ」


 そう言い残して、ディルは教室をあとにする。

 先程の生徒たちが、またひそひそとディルの話をしているのが聞こえてきた。


「あ、あのっ。タミルさん、ですよね。もしわたしでよければ、お力になりますがっ」


 アレテーがミノタウロスの生徒に声を掛けていた。


 ――タミルっていうのか、あのミノ。


 生徒の情報をまるで確認していないディルだった。


「ふむ。ありがとうアレテー氏。では、探索才覚ギフトの種別とその運用についてだが――」


 噂話に花を咲かせる大多数と、真面目に勉強する二人。

 そんな生徒たちを振り返ることなく、ディルは欠伸混じりに教官室へと向かうのだった。


 その道中、彼は先日の件を思い起こす。


 アレテーとかいう少女を、自分が受け持つことになった日のことを。



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