大罪ダンジョン教習所の反面教師~外れギフトの【案内人】が実は最強の探索者であることを、生徒たちはまだ知らない~【Web版】

御鷹穂積@書籍7シリーズ&漫画5シリーズ

第一部

第1話◇ダンジョン探索に必要なもの、それは免許




 この世界には一つだけ、ダンジョンと呼ばれる不思議な空間が存在する。


 そこでは、人間の欲望が叶う。

 そんなダンジョンに潜り、様々なものを持ち帰るのが探索者だ。


 そしてダンジョン探索には――『探索免許』の取得が義務付けられていた。


「ダンジョンは層ごとに攻略方法がガラッと変わる。それぞれの特徴をおさえとくのは絶対だ。つーわけで、そこのお前。浅い順に説明してみろ」


 ボサボサの黒髪をした青年が、欠伸を漏らしながら女子生徒を指名する。


 場所は講義室で、青年は教官。

 黒板の前に立つ青年を、扇状に広がった机と椅子が囲んでいる。生徒たちの座るそこは、黒板から遠ざかるほどに位置が高くなっている。


 真剣に授業を受けているかは別として、講義室自体は満員の人気を見せていた。

 この講師が優れているから……ではなく、生徒たちにとって受講が必須だからだ。


「は、はいっ! アレテーです!」


 白銀の長髪に赤い目をした、子うさぎみたいな印象の少女が、勢いよく立ち上がって返事をした。

 講師――ディルは、呆れた目で少女を見た。


「名乗らなくていい」


「あ、す、すみません」


 少女が顔を赤くした。


「あと立たなくていい」


「はっ、お、思わず」


 少女が恥じるように縮こまった。


「もっと言うなら、来なくてもいい」


 講師のあんまりな発言に、他の生徒たちが顔を顰める。

 だが言った本人は気だるげに少女を見るばかり。


 少女の方も傷ついた様子はなく、快活に応じた。


「いいえ、頑張ります!」


 ディルは小さく舌打ちした。

 これで心が折れてくれたら楽なのに、と。


 少女は覚えたての知識を、記憶を探りながら披露するように、口を開く。


「えぇと……第一階層・暴食領域。表現世界テクスチャは森林や草原で、凶暴な動植物が出現し、探索者を発見すると襲いかかってきます」


「そうか、主な獲物は?」


 ダンジョンは危険に満ちている。

 わざわざ潜るのは、リスクに見合うリターンがあるから。


「襲いかかってくるモンスターの、お肉です。植物の場合はとても甘い蜜や、果物が採れます。これらは、えーと、そう、ほっぺたが落ちるくらい、全部おいしいとのことです!」


 説明一つとっても、随分と性格が出るものだ。

 少女の説明は幼さを感じるものだった。


「そうだ。簡単に言うと、凶暴なモンスターを倒すと、そいつらから美味いもんが穫れる。お前らの大半が狙ってるのもこの層だろう。正直、第一階層でモンスター狩ってるだけで、老後も困らねぇだけの金を数年で稼げる」


 ディルの補足に、生徒たちの多くから「おぉっ」と期待の声が漏れた。


 ダンジョンで探索の末に手に入れたものは、ほとんどが高額で売却可能。

 暴食の層で穫れる食物は特に狙い目だ。


 食べ物は、食べたらなくなる。しばらく経つと、腹が減る。

 つまり、需要が絶えるということがない。


 ダンジョン由来の肉は、庶民感覚で言うとたまの贅沢という立ち位置。

 ただ、金のある者は毎日のように食うため、常に高額で取り引きされる。


 暴食領域で手に入る食べ物の恐ろしいところは、飽きが来ないところだ。

 一度口にしたら、死ぬまで三食それでもいい、という感覚が抜けない。


 それだけに、いつ獲っても売れる。


 ――まぁ、うまい話だと飛びついた新人探索者の半分以上は、最初の数ヶ月で逆にモンスターに食われるわけだが。


 ダンジョン探索はハイリスクハイリターンなのだ。


「次、そこのミノ」


 ミノタウロスは、牛を人型にしたような亜人だ。

 屈強な肉体が腰掛けるには、講義室の椅子は強度が足りないかもしれない。


 これが他の講師なら別の椅子を持ってくるなり、当人に座り心地を尋ねるなりするのだろうが、ディルにそんな気遣いはなかった。


「今どき人を種族で呼ぶとは、差別的な講師に当たってしまったようですね」


 ミノタウロスの生徒は、掛けているメガネを中指でくいっと押し上げながら、苦言を呈する。


 かつては争っていた多くの種族が、今は平和に暮らしている。

 共生していく中で、様々な文化が混じり合い、互いに尊重し合う意識が育まれていった。


 ミノタウロスの生徒が言ったように、この時代、面と向かって種族で呼ぶのは好ましくない。

 ディルも他種族に「おい人間」と呼ばれれば若干苛つくので、気持ちは分かった。


「そうか、そうだよな。時代に合わせて価値観も更新していかねぇとな。悪かったよ。じゃあ改めて、第二階層の説明を頼めるか、メガネ」


「…………」


 ミノタウロスの生徒は表情を歪めたが、今度は何も言わなかった。

 この講師がどんな人間か悟り、諦めたようだ。


 溜息一つで不満を示しながら、言われた通りに説明を開始する。


「第二階層・怠惰領域。表現世界テクスチャは石の洞窟。領域内には無数のトラップが仕掛けられており、これを正しい手順で突破することで、通称『宝箱』にたどり着くことが出来る」


 アレテーという少女と違い、彼の説明は教科書的で、無駄がない。

 ディルは小さく頷いた。


「マジで冒険譚とかで描かれるような宝箱が出てくるから、驚くなよ。あと見つけても喜ぶな。宝箱まで含めてトラップってパターンもある」


 一応補足はちゃんとしてくれる講師に、ミノタウロスの生徒は頷きを返し、話を続けた。


「獲得できるのは、様々な行動を『省略』可能なもの、と教本には記されています」


「ダンジョンで手に入るもんは、人の欲望を満たす。第一階層なら食欲、第二回層なら楽がしたいって欲望だな」


「楽がしたい、という欲望?」


「怠惰領域では『常に清潔に保たれる服』『睡眠効率を上げる目隠し』とかが手に入る。超レアなのだと、『瞬間移動できる石』とかもあったな」


 洗濯の手間、一日の中で睡眠が占める時間、移動時間などを、省略することが出来る。

 そこまで言われて、ミノタウロスの生徒は得心がいったようだ。


「なるほど……ものによっては、凄まじい金額になりそうですね」


 たとえば八時間の睡眠時間が効率化されて四時間で充分になったなら。


 一日四時間、活動時間が増えるわけだ。

 一年で千四百六十時間。


 人生の拡張とも言うべき奇跡だ。

 どれだけ金を出してでも欲しいと思う者はいるだろう。


 取得物を自分で使っている探索者も多い。

 なんでもいくらで売れるかで考えてしまうのは、探索者志望にありがちなことだった。


「んじゃ次は――」


 どんどん生徒を指名し、説明させ、足りない部分だけを補足していくディル。

 生徒たちは自分たちの知識を試されているのだと思っていたが、ディルは単に自分で全部説明するのが面倒くさいのだった。


 階層は暴食、怠惰、色欲、憤怒、嫉妬、強欲と続き、傲慢で終わりを見せた。

 階層ごとにガラリと様相を変えるために、各層ごとに対応する探索免許が必要となる。


「あ、あのー……先生」


 最初に指名した白銀の髪の少女が、控えめに手を上げた。


「なんだ子うさぎ」


「こ、子うさぎ? わたし、アレテーです。友達は、レティって呼びます」


 ――しまった。思わず脳内のあだ名で呼んでしまった。


 しかしディルは、それで悪びれたりはしない。


「いいから、質問があるなら言え」


「あ、はい。あの、ダンジョンは、全八層、、、ですよね?」



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