2-7

「美味いな。やっぱり家で作るカレーとは全然違う」


 カレーを一口食べた大塚が、地味に女子力高そうな感想を口にした。

 続けて俺も、木製のテーブルに置かれたカレーをひとくち口に入れて咀嚼する。辛すぎず、かといって甘すぎず。慣れない作業で疲れた体にスパイスが良い感じに染み渡る。控えめに言ってものすごく美味しい。


「だな。なんか、小学校の給食の味を思い出すというか」


 色々と御託は浮かんだが、料理評論家というわけでもないのでシンプルな相づちを打ってカレーを食べることに集中する。一口食べたが最後、カレーをかきこむ手が止まらなかった。


 キャンプ場に到着して荷物を置くや否や、もはやキャンプの定番となっているカレー作りが始まった。

 固定式のテントが設置してあるタイプのキャンプ場だったため、テントの組み立てとかないし楽勝だなと余裕ぶっこいていたが、これまで家事らしい家事を一切してこなかった俺にとって、この料理こそが最難関の壁だったと具材を前にして気がついた。


 まず、具材の切り方について散々女子勢+大塚にダメ出しされた。「見てるこっちがヒヤヒヤする」とか「猫の手! 猫の手!」とか「不揃いなのが逆にいいね」とか「今の時代、男だからってのは言い訳にならないぞ」とか。いつだったか、「料理しない女子増殖中」というネットのニュース記事を見た気がするけれど、うちの班の女子勢の慣れた手つきと手際の良さは、その記事を真っ向から否定していた。


 そしてここまで来ると逆に笑えてくるのだが、大塚は料理に関しても当たり前のようにスマートにこなしていた。本人曰く部活が休みの休日なんかは三食すべて自分で作っているらしく、偏見かもしれないがその話を聞いたときになぜかオリーブオイルを必要以上にたっぷりと使っている絵面が頭に浮かんだ。……神様、どうやらあなたのスキル配分は随分と偏りがあるようですよ?


 もう一人の男子メンバーである木原も俺と同じく料理があまり得意ではないようで、二人して米の研ぎ方、火のおこし方、具材の炒め方など、あらゆる面でダメ出しを受けたものの、屋外という開放的な空間でワイガヤしながらの作業はとても新鮮で楽しかった。


 そんなこんなで、苦労して作り上げたカレーをすべて食べ尽くす。普段はおかわりなんてしないのに、今回ばかりは二回もおかわりをしてしまった。


「さすが男子、あんなにあったのに全部食べ尽くすとは……」


 空になった鍋を覗きながら、井田原さんは感心した様子で呟いた。

 清藤さんは頷く。


「男の子の食べっぷりって、見ててなんか気持ち良いよね。それにしても関君、見た目に寄らずよく食べるんだね」

「いや、普段はこんなに食べないんだけどね。なんというか、今日のカレーはすごく美味しかったから。おかげで腹が重い……」

「あはは、苦労して作った分美味しく感じるってやつだね」


 ちょうど一杯目のカレーを食べ終えた福原さんも会話に交じる。

 苦労した分美味しい。なるほど。シンプルだけど正にその通りな気がする。


「関もこれを機に料理を始めたらどうよ?」


 大塚はそう言って総合案内所横に設置してある自販機で買ってきた缶コーヒーを飲む。ビジュアル的にはブラックが似合いそうなのに、飲んでいるのはまさかのエメマンだった。


「料理かー」


 これまでは男子厨房に入らずを積極的に実践してきたけど、大塚の言う通りこれを機に始めても良いかもしれない。そう思わせるだけの魔力が、このカレーにはあった。


 それに、料理といえば千波さんに弁当のおかずをご馳走になりっぱなしなのもちょっと気になっていたところだった。本人は何も気にしなくて大丈夫と言っていたけれど、それでも平日毎日となると手間やお金だって馬鹿にならないはずだ。お礼、と言うと大げさな気がするけど、もしも俺が弁当を作ったら千波さんは食べてくれるのだろうか。


「それいいかも! 簡単にできる料理もたくさんあるし、よかったら私が教えるよ!」


 ここに居ない千波さんのことを考えていると、清藤さんがノリノリな様子で口を開いた。


「やっぱり最初は野菜炒めが鉄板かな? 具材を切る練習にもなるしね。失敗して変な形に切っちゃっても、炒めたらよくわからなくなるし。家庭科室って借りれたりするのかなー? 今度田中先生に聞いてみよ」


 唐突な提案に反応する間もなく、清藤さんの中で今後のスケジュールが組み上がっていく。

 ……だめだ、反応するタイミングを完全に失ってしまった。


 楽しそうに一人であーだこーだ言っている清藤さんの様子を見ながら、福吉井田原ペアは悪魔的(?)な笑みを浮かべてニヤニヤしていた。


「ひよりん、ずいぶんと積極的だねー?」

「今のうちから教育しておくとは……さすがひよりん、計画的だね」


 その言葉を聞いた清藤さんの顔が見る見る内に赤くなっていく。


「なっ……べ、別にそんなんじゃないんだからっ!」


 慌てた様子で二人の言葉を否定する。その後も、清藤さんは福吉井田原ペアから何かを言われては必死になって否定するというやり取りを続けていたけど、これが女子トークというやつなのだろうか。全く中身が理解できなかった。


「まぁ、理解していないのはきっとお前だけだろうよ」

「……勝手に人の心を読んで呆れるのやめてくれる?」


 安定の大塚式読心術が発動していた。勝手に心を読まれるだけならまだしも、勝手に呆れられるのは腑に落ちない。


 俺だけ理解してないってなんだよ。女子博士の大塚はともかく、俺と同じくモブキャラ的ポジションの木原だってこの会話の意味を理解してるわけないだろ。


 そう思って木原の方に視線を向けると――奇しくもお互いの視線が交錯した。一瞬、気まずそうな顔をして木原は俺から視線を逸らす。



 あれ……もしかして俺、木原に睨まれてた?



 心当たりは全くといって良いほどなかった。もしかして、木原がおかわりして食べようと思っていた分のカレーまで俺が食べてしまったのだろうか。食べ物の恨みは恐ろしいと聞く。睨まれても文句は言えないかもしれない。

 勝手に感じる気まずさを誤魔化すために、手元の缶コーヒーを一気に飲み干す。


 一抹の不安を抱えたまま、キャンプは続いていく。

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