2-8

「はぁ? 別の班のフットサルに混ざりたい?」


 カレーの後片付けを終えて、さぁ釣り具をレンタルしに行こうとなったタイミングで大塚が訳のわからないことを言い始めた。


「ああ。成瀬がいる班と中村がいる班が合同でフットサルやるみたいでさ。福原さんと井田原さんがフットサルやったことないからしてみたいって。あと、ついでに俺のプレーも見てみたいって言われてさ」

「なんだよそれ……。一応、タカムーから自由行動は班単位でって言われてるんだけどなぁ」


 おかしいな。確か、井田原さんはスポーツが苦手だと清藤さんは言っていた。つまり、やったことないからしてみたいというのは建前で、メインは後者ということなのだろう。


「まぁ所詮はクラス行事だし、タカムーもそこまで厳しく見ないとは思うけどな」


 あまり深く考えていない様子で大塚は言う。そんな大塚を見て、少しだけ苛立ちを覚える。


 俺にリーダーを押しつけておいて、その態度はないだろう。このことでタカムーに怒られるとすれば俺と清藤さんで、特にリーダーである俺が一番の被害を受けることは目に見えている。俺自身の選択によって怒られるのならまだしも、他人の無責任な選択によって怒られるのなんてごめんだ。


 ……って、いかんいかん。ここで俺が不機嫌な態度を表に出してしまったら、大塚は空気を読んで釣りにすると言うかもしれないが、最終的な空気は間違いなく最悪なものになってしまう。


「……清藤さんはどう思う?」


 俺一人で考えてもどうにもならないような気がして、サブリーダーである清藤さんを頼る。


「えっ……私? 私は……えーと、どうかなー……?」


 清藤さんのことだから、びしっと「別行動は良くないよ!」と言ってくれる事を少し期待していたのだけど、まさかの歯切れの悪い答えが返ってきた。それも、これ以上にないくらいに目を泳がせながら。


 ……ああ、そうか。


 リーダー決めの話し合いの前に、清藤さんが福吉・井田原ペアから大塚の事でからかわれていたことを思い出す。

 清藤さんも大塚のプレーを間近で見てみたいのだ。現に、大塚のプレー見たさにサッカー部の練習や試合を見学している女子は沢山いる。清藤さんは自分の部活で忙しいだろうから、今回のフットサルは大塚のプレーを見ることができる貴重な機会なのかもしれない。


 清藤さんと大塚。学校代表クラスの美少女とイケメン。誰がどう見たってお似合いの二人だ。みんなのアイドルである清藤さんが、大塚だけのアイドルになってしまうのは何か悔しい気もするが、どこの馬の骨ともわからない男とくっつくよりも遙かにマシだ。……それとまぁ、少しだけ……本当にほんの少しだけ、大塚にはお世話になっているという自覚はある。数少ない友人の幸せを願うのは、人間として当たり前のことだろう。


 ――よし。そうとわかれば、俺が一肌脱ぎますか。


「オッケー。じゃあ、うちの班は釣りを辞めてフットサルに合流しようか。人数多い分には困らないだろうし、もしもタカムーに見つかって何か言われたら俺が――」

「そ、それはだめ! 私、釣りしたい!」

「えっ……」

「だって……釣りするの初めてだし、すごく楽しみにしてたんだもん……」


 清藤さんのために一肌脱いだつもりが、清藤さん本人から即座に拒否されてしまった。おかしいな。大塚のプレー姿、間近で見たいはずなのに……。そして清藤さん、そんな悲しそうな目で俺を見つめるのやめてください。心が痛むから。


「関、お前なー……」


 またしても大塚に呆れられる。いや、さっきの提案はお前の幸せを願ったものでもあったんだけどな……。もう二度と願ってやらねえ。

 そして流れる微妙な空気。その空気をかき消すようにして、福吉さんが慌てて口を開く。


「タカムーなら確か、ユリエたちの班と一緒にプチ登山? みたいなのやるみたいだから、見回りとかには来ないと思う。だから、関君とひよりんは予定通り釣りをしてきなよ!」

「俺と清藤さんは、って……木原もフットサルに行くのか?」

「木原君にはまだ確認してなかったけど……木原君も私たちと一緒にフットサルするよね?」


 福吉さんが木原のほうを向いて問いかける。

 するよね? って……なんか違和感のある尋ね方だな。


「え、えっと……僕は、その……」


 そんな福吉さんの問いかけに木原は口ごもる。


「木原、一緒にフットサルやろうぜ。三人でフットサルに移動するってなると奇数になっちゃうからチーム分けするとき微妙なんだよな。関はフットサルよりも釣りのほうが好きだろうし。……な? 頼むよ、木原」


 大塚が畳みかけるようにして木原を誘う。誘う理由は尤もらしいが、あまりにも尤もらしすぎてそれ以外の意図があるように聞こえた。


 別に俺がフットサルに移ってもいいのだけれど、清藤さんに釣りを教えると言った手前、自分から移動するとは言い出しづらい。かといって、木原がフットサルに移動するとなると、釣りをするのは俺と清藤さんの二人だけになってしまう。……いや、別にそれがダメだと言うわけではない。むしろ、端から見れば誰もが羨むシチュエーションに違いない。けれど、昨日言われた「浮気したらダメ」という千波さんの発言が妙に脳裏にちらついて、よくわからない罪悪感を感じてしまう。


「ぼ、僕は……運動苦手だし、釣りに行くことにするよ。……ごめん」


 木原はやんわりと、けれども明確な拒絶を表した。押しに弱いかと思いきや、そうでもないらしい。


「……そっか、りょーかい。じゃあ、俺、福吉さん、井田原さんはフットサルで、関、清藤さん、木原は釣りをするってことで。十七時からBBQの準備開始だから、それまでにはここに戻ってくるようにしよう」

「……おう、わかった」


 誘いを断った木原に対して何か言いたげな大塚だったが、それを堪えるようにしてこの場をスマートにまとめた。福吉さん、井田原さんも心なしか不満げな顔をしているように見えるが、きっと俺の気のせいだろう。


 俺はというと、心の中で「木原GJ、ブラボー」と盛大な賞賛を送っていた。千波さん云々というより、清藤さんと二人きりでの釣りは間が持たないに違いなかった。


 うん、なんやかんやベストな形に落ち着いたんじゃなかろうか。清藤さんが大塚のプレーよりも釣りを優先したことが少し意外だったけれど、それだけ釣りに対する期待が高いということだろう。とても教え甲斐がありそうだ。


 ――少し残念そうな顔をしている清藤さんを見ながら、そんなことを思った。

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